表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

旅立

「お父さん。今日は卒業式だよ。行ってくるね。」


椎名沙也加(シイナサヤカ)はロウソクの火を消し玄関へ向かった。


「行ってきまぁす!」


ローファーに足を突っ込み、踵を踏まないようつま先をトントンとしながらドアの取手に手をかける。


「あぁほら!待ちなさい。」


そう言いながら祖母は沙也加の髪を指で梳いた。


「卒業式くらい身だしなみはちゃんとしなさいな。」


襟を直し、リボンをキッチリ結び直すと祖母は「よし!」と言ってポンポンっと頭に手を置いた。


「いってらっしゃい。おばあちゃん達は後から行くからね。」


「うん。行ってきます!」



 卒業式は思いの他あっさりと終わった。何人か泣いている者もいたが、沙也加は泣けなかった。

そのあとみんなで打ち上げがある様だったが、参加はしなかった。参加する気もなかったし、誘われることもなかった。友達がいない訳ではない。むしろクラスメイトとは仲良くやれていた方だと思う。きっと気を使われたのだ。



 去年の十一月十六日。もう四ヶ月も前のことになるが、今でもはっきりと覚えている。

 静かな夜だった。一階の電話口で話す祖父の声が二階の沙也加の部屋にまで微かに聞こえてきていた。

 祖父の声が聞こえなくなる。電話を終えたのだろう。今は受験の追い込みの時期だ。勉強に集中しなくてはならないのになぜか電話の内容が気になった。

 疲れているのだろう。甘いものでも食べれば少しは集中力も戻る筈だ。そう思って一階の台所へお菓子を漁りに行こうとしたとき、祖父が階段を登ってきた。


 「あぁ沙也加。ちょっと来なさい。」


 普段から不機嫌そうな顔をしている祖父だったが、今日は声に覇気がなかった。何故だかわからないが鼓動が早まり、先程の電話の内容がまた気になりだした。

 リビングで祖母が泣いていた。声は出ていないが押し殺しているのがわかる。


「さっき、国際かいじょう……?」


「国際海上安全管理局?」


「そうそこだ。そこから電話があってな。」


 自分の心臓の音が聞こえる。国際海上安全管理局(IMSS)などという今まで関わったこともない組織からの電話、泣いている祖母、覇気のない祖父。嫌な予感しかしなかった。


雅彦(マサヒコ)が死んだ。」


 祖父の口から出た『父の名』と、『死』という言葉が、とっさに繋がらず、何を言っているのかわからなかった。その後も祖父は何か言っていたが、記憶が曖昧だ。


 翌朝には、事件についての報道がされていた。

 六年半前に現れたあの怪物が、父の働く石油プラントを攻撃したという。十九名が亡くなり現在も三名が行方不明だそうだ。


 四歳のときに母を事故で失ってからは父の実家で祖父母と共に暮らしてきた。仕事柄、月に一度しか帰らない父だったが、毎月父の帰る日を楽しみにして、目一杯遊んでもらった。遊園地に行ったりもした。仕事で疲れていても、学校の行事には必ず参加してくれた。


 その日、沙也加は学校を休んだ。仲の良い友人からはメッセージが飛んできたが、返す気力もなかった。



 それから一ヶ月経った頃だ。

 その頃にはある程度元気も取り戻し、これまで通りとはいかなくても、ほぼ普通の生活に戻っていた。

 『国際海軍の設立』

 そんな文言を目にしたのは、民放の情報番組だった。

 あの怪物を討伐するための軍。父を奪った『あれ』に仇討ちをするための軍。沙也加は食い入るようにテレビを見続けた。『自衛隊が参加しない』という発表がされていたが、含みのある言い方だった。ネットでも情報を集めた。


 父がいない今、学費のあてはなく、大学には行けない。祖父母は気にせずに行って良いと言ってくれたが、行く気は無かった。勉強などそっちのけでネットを探し回った沙也加は『特殊害獣駆除隊』という組織の募集を見つけていた。二月十五日設立予定のその組織はその約一ヶ月前から募集を開始し、設立の翌日に試験があるらしい。幹部の多くは自衛隊からの転属で、純粋な駆除隊としての隊員は、沙也加の世代が一期生になる。

 募集にはもう申し込んだ。祖父母にはまだ言っていない。


 沙也加が駆除隊の試験に申し込んだという事実はすぐにばれた。必要書類などが入った郵便物を祖父に見られたからである。

 今まで沙也加のやりたいようにやらせてくれていた祖父が初めて沙也加のやることを否定した瞬間だった。そして、今まで手のかからない良い子として反抗したことがなかった沙也加にも、祖父との衝突は初めてのものだった。


「ふざけるな!お前を海には行かせん!息子だけならず孫までもあんなもんに奪われてたまるものか。」


声を荒げ血圧が不安定になったのか、言い終わるかどうかの内にフラフラと椅子に座ってしまったが、認める気は無いようだった。


「だって!だってあいつのせいでパパが!……パパはあいつのせいで死んじゃったんだよ!絶対に許さない。私のこの手で、仇を討ちたい!」


「そうだ、雅彦が死んだのは奴のせいだ。でも、だからこそ、沙也加、お前は陸に居てくれ。わざわざ危険なところに行く必要はない。俺だってできればこの手で雅彦の仇を討ってやりたいものだが、そんなことは無理なんだ。あれが来たときに人類はさんざん戦って勝てなかったんだ。ほら、笹野(ササノ)さん、お向かいの笹野さんとこの旦那さんも、6年前の戦いで亡くなったんだ。……ダメなんだ。勝てないんだよ。だから沙也加、お前まで行かないでくれ。雅彦の分まで生きて幸せになってくれ。」


 祖父の言うことはわかっていたが、それでも沙也加の決意は揺るがなかった。



 試験の二日後、合格通知が郵送されてきた。祖父は何も言わなかった。




「ただいまぁ。」


玄関のドアを開けると祖父が立っていた。


「おかえり。」


「うん。」


「卒業おめでとう。」


そう言いながら、祖父が渡してきたのは、羽田行き七時三十分発、九時十分着、全日空の航空券だった。


明々後日(シアサッテ)の朝一の便だ。間に合うだろう。」


 特殊害獣駆除隊の本拠地は横須賀の海自の基地に併設されており、そこに専用の寮もある。自衛隊と違って寮は強制ではなかったが、北海道に住む沙也加は入寮を余儀なくされた。

 入寮は十三時だが、迷うことも考えると、朝一の便が適当だろう。

 本当なら明日出発して、鈍行列車を乗り継ぎながら行くつもりだったが、航空券を用意してくれていたようだった。


「ありがと。」


「あぁ。朝は車で送ってやるからな。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ