沈黙の前夜
――――ハァーイ………、有難うございましたー‼
――――いやどうもねー…
――――皆さんどうですか!?…
昼の情報番組、とあるロケでの一幕が終わった。
耳に染み付いた、すっかりと板についたこの時間帯での放送で今日、一日の半分が過ぎてしまったことを知る。
空虚な瞳で、時計の時間表記を見た。
今日もまた何事もない一日だ、そうふと思った。
なにかに心踊らせる訳でもない、なんとない一日。
◆
私が冷めてしまっているのも、そのせいだ。
俗に言うインドア派。
一から十まで、私は基本、家に籠る。
そういう生活だから、ワタシが行動するにはいつも不安が付きまとう。
その理由はいくつか、知って得するわけでもないが話しておかねばあなたは、私の事を知りたいだろう。
行動とはリスクだと思う。
リスクとは生きていく上、必ず伴うものである。
上手く生きたい人間ほど、リスクは不思議と大きくある。
私は成功を求めない、後々のいざこざが気になるからだ。
だから私は行動を起こさない、いまの方がリスクが少ないのだから。
人はこれを停滞と呼ぶだろうが、私はそうは思わない。
人はいずれは停滞に及ぶ、そしてそれを回避するよう行動を起こすだろう。
言ってしまうならば、リスクを回避するためにリスクに身を投じてしまうのだ。
先ほども言ったが、リスクとは必ずやってくる、求めずとも。
必ず直面してしまう、人はそれを望まないのだがジワジワと、フワフワ安心しきった顔をしているのなら、それは死神が大鎌を振るうが如くに。
人は平等に与えられるものがある、万物に平等なものがある。
時間と、死だ。
すぐさま過ぎ去るということはない『時』と、必ずやってくる『終わり』がある。
見えない流れに身を任せ、見えない暗がりを恐れ。
人は、やはりその流れに対抗し。
私は、諦めた。
諦めて、終わりから目を離さない。
終わり以外、見ない。
時間はその通りにすぎるのだから、必ず終わりに向かうのだから。
終わりを迎えるときに、できるすべてをすればいい。
考えてほしい、これが私の思い。
生まれ落ちた時点から運命で定められた事を引き延ばそうとするのか、受け入れるのか、たったそれだけ。
私はそれを一部先送りに、一部甘受しているだけ。
見てもらうならわかるだろう。
私のリスクマネジメントはきっちりしていたと。
◆
「ふぅ」
一息つく。
ぼんやりと、窓から外の景色を見やる。
まばらに雲はあるものの、透き通る空。
鳥は空を、羽虫は宙を。
まったく、代わり映えのない景色。
これが、年を取ればとるほど心地よくなってしまった。
「はぁ……」
――――バンッ‼ プーーーー‼
不意に。
窓の外から聞こえた事故の音。
クラクションがここまで聞こえる。
ああ、どうやら今日は。
何もない一日にはならないようだ。
それでも自分に影響は及ばない。
私はテレビ番組を聞きながら昼食の用意をする。
ニュースが流れた。
◆
――――速報です。
――――今日正午ごろから全国で交通事故が多発し、警察庁長官はこの事態に屋外への外出を避けるように…。
――――原因はいまだにわかっておらず、現在も発生する事故に関連した多くの通報が…。
――――偶然その現場に居合わせた番組スタッフから生中継で送りします、どうぞ、そちらは現在…。
「はい!
場所は○○県○○市の国道付近にて、大きな事故が発生しました、状況をお伝えします!
発生からすでに十分ほど経過していますが、現在、いまだに緊急車両等の姿は見えません、
事故の概要ですが恐らく、現場の状況から対向車との正面衝突によるものと思われます。」
「事故車はともに軽自動車、大きく大破しています。
フロント部分が大きくひしゃげ、ガラス部分も大きくひび割れて、一部フロントガラスがありません。
既に発生から二十分ほどたちますが、緊急車両は見えません、
現在事故の起きた二台の軽自動車からはもうもうと煙が立ち上っています、
運転手は今だ車中だと思われ、それ以外に乗っている人数はわかっていません、
いつ爆発の危険があるかわかりません、これから状況はさらに悪化して行くと思われます。
一刻も早い救助と安全の確保が必要になっています、現場からは以上です!」
――――はい、○○県○○市の国道付近で発生した衝突事故、現場からお送りしました。
――――いまだ全国各地で交通事故が多数発生しています、皆さん注意してください。
――――外出する際には十分注意を怠らないでください、又、外出する理由が重要ではない場合は屋内で事態が収束へ向かうまで待機してください。
――――繰り返します、外出は極力控えてください、外出する際は十分注意して長時間の屋外での行動は控えてください。
◆
既に昼食は取り終え、お昼をまったり寛いでいた。
そのときニュースで流れた不穏な空気。
家族はまだ帰っては来なかった。
tv、ラジオ、ネット回線が落ちる。
夜、あたりは当たり前に暗くなった。
外灯に灯りはともらない。
ただ、月光だけが照らしている。
沈黙の夜。
昆虫、動物、車の音、すべての音が聞こえない、全くの静寂になった。
眠りにつく、何の不安も覚えないまま。
まだ、世界に起きたことを、何も気が付いていなかった。