第一章 第一話
第一話
《平均的な存在》
ダラン・ケイリー。
それがこの物語の主人公の名前だ。
ウィズナー国の外れにある町―カントラスト―に住む貴族ケイリー家の四男として、対して突出したこともないまま幼児を終えた少年である。
ショートカットの灰色かかった髪色は、貴族の子供に多い色だ。
ちなみに平民は茶色、貧民は黒髪が多い。
貴族にとって髪色という容姿はそれだけで己のステータスを表すことになる。
何故なら、髪色は己の能力を示す色へと変化していくからだ。
貴族は最初、白髪で生まれてくる。そして能力の欠片があった場合、幼少期に掛けて能力の持つ色へと染まっていくのだ。
例えば、炎を操る力があれば、燃え上がる火の色。水を操る力があれば、澄んだ清き水の色。
それぞれの髪色には必ず意味がある。それが貴族の考え方だ。
ケイリー家は貴族であったが、別に偉い存在や優れた家系という訳ではなかった。
貴族という決められた枠のなかで、受動的に生きてきたのである。
ダランの父親は、町役場の職員でウィル・ケイリーといった。水を操る力を持つウィルの仕事は、毎朝、昼、晩と町の中央にある噴水の水を清めること。
ウィルの能力は、簡単な水の浄化が出来ることだった。
ウィルの仕事はとても地味なものだったが、彼がいなければ「喉が乾いたなら噴水のところにいけばよい」という言葉は生まれなかっただろう。事実、ウィルが町役場で働くまで、噴水の水は定期的に入れ替えをしていたものの、人間の飲める状態ではなかった。
そんなウィルの髪色は、頭の中心から腰まで伸びる毛先に向かって、薄い蒼のグラデーションになっている。
ダランは、父親の綺麗な髪色をこの世で最も美しいものだと考えていた。
ダランの母親は、マイヤー・ケイリーという癒しの力を持った女性だった。
癒しの力を持つものは、総じて、教会や病院の職員となるよう国の法で決まっていた為、マイヤーも等しく町に一つだけある教会で働いていた。
マイヤーは、光属性の特徴である金の髪を綺麗なお団子にまとめ、優しい性格から町の人々に慕われていた。
ダランも町の人々と同じように、母はこの世で一番優しい人物ではないかと思っていた。ある時、それは間違っていたと気付いたのだが。
ダランは四男の為、貴族のなかで跡継ぎの地位にはいない。
ケイリー家の跡継ぎは、一番目に生まれた子が担うと家訓で決まっており、今回もそれの通り、一番目に生まれた男児が跡目としての教育を受けていた。
跡継ぎといっても、先の記載で述べたように、ケイリー家は領主のような地位のある家系ではない。
町で三番目の規模のマイホームをもっているが、そもそもこの町に貴族は4組しかいないため、平均的な広さの家と言ったところだろう。
そのため、跡目の教育というのも名ばかりのものだと、ダランはよく長男から話を聞いていた。
さて、家族のはなしはここまでにして、次にダランについて話をしよう。
ダランは、町の子供の中心から少し離れたところに立っているような少年だった。
幼いころから絵本を読むのが好きで、町の小等部に入学し、文字を習うと、さらに読書にのめり込んでいった。
かといって全く外で遊ばないのか、といわれればそうではなかった。
カントラストの町には、同い年の子供はそう多いわけではない。
ダランの学年も20にも届かない程度しかおらず、且つ、男女で分けると、遊び手も半分になる。
その為、必然的にダランも外遊びのメンバーになるのだ。さらに学校側も、『遊ぶということは学ぶということだ』という認識を持っており、子供のうちは存分に遊ぶように指導していた。
ダランは、まだ自分の能力が目覚めていなかった。能力の目覚めは、平均的には小等部三回生で多いとされていた。
能力が芽生える兆しが見えると、貴族の子供たちは、国の最高機関の学園いくつかに編入することになる。
それまで―…つまり能力が目覚めるまでは、貴族も平民も貧民も変わらない。
その為、能力覚醒後は身体的ハンデが大きくなる鬼ごっこやかくれんぼも、皆が等しく楽しむことができていた。
『等しく楽しむ』とはいっても、ダランが鬼になることは少なかった。
「ダランは、足がはやいけど、すぐつかれるから、おにはかわいそうだよ」
平民の少年─スティが、ダランが鬼のときに三人も捕まえられない様子を見てそう言ったのだ。
スティは学年一頭がよく、クラス委員長のような存在だった。
といっても、まだ6歳のクラスメイトでは、喧嘩の仲裁や、遊びのルール決めが主な仕事ではあるのだが、それでも委員長として立派に男子をまとめていた。
「おれはおにがいいな!」
町で一番大きい貴族の少年─ナルマは、ダランと同じような灰色の髪を尖らせながら言った。
ナルマは、身体も二回生のように大きく、足も一番速かった。
「ナルマがおになら、みぃんな、すぐにつかまっちゃうよぉ!」
貧民の少年─マルクは、太った身体を揺らしながら悲鳴をあげた。マルクはハンデルールがなければ、真っ先に鬼に捕まってしまう少年だ。
その為、マルクも、ダランと同じく鬼免除の許された存在であった。
「マルクにはまたハンデをあげるよ。ハンデがあったら一番には捕まらないから…」
ダランは、顔を真っ青にして揺れるマルクを宥めつつ言った。
ハンデルールとは、鬼はまず三人捕まえなければ、ハンデの相手を捕まえることが出来ないというものだ。
しかしこれでは、ハンデの相手に有利なため、ハンデの相手は、四人目を捕まえるまでに三人のうち1人を助けなければならないというルールがある。
ちなみに鬼は二人おり、1人は逃げる者を追いかけ、もう1人は捕まった者の見張りをする。
そして残りのメンバーは逃げつつ、捕まったメンバーを解放する役目がある。
さらに、四人目にハンデの相手を捕まえることも卑怯なため、暗黙のルールとして禁止されていた。
「えー!でもぼく、おにごっこにがてなんだよなあ」
それでもなお、マルクは不服そうに口を尖らす。元々インドア派のマルクは、そもそも外遊びが嫌いなのだ。
マルクの言うことも理解できた。しかし、マルクがいなくなれば逃げる生徒の数が一人減ることになる。それでは鬼ごっこはすぐに終わってしまう。
嫌がる子供を無理やり遊びに参加させるのは非道徳的だとダラン達も子供心に理解していた。
だが、今日は、昼休みの時間帯では久しぶりの晴天。周囲は「今日は鬼ごっこをしよう!」と朝から盛り上がっていたのだ。
「うーん、そうだな…。…なら、つぎはマルクのすきなあそびにしようよ」
マルクの不満も理解できる。しかし今日は鬼ごっこをしたい。互いの要求を満たすにはどうすればよいか。ナルマは困った顔をして右手を顎に当て少し考えた。そして人差し指を天へと突き上げ、高らかに言った。
そんなナマルの言葉に、マルクはほほ肉で瞑れた目を、精一杯見開いて驚く。
今日、鬼ごっこをすることになるのはマルクも朝からわかっていた。男子は晴れた日はだいたい外遊びをするのだ。そして明日も天気予報は晴れだと先生が話していた。
マルクは明日も、鬼ごっこかかくれんぼをすることになるのだろうと思っていたからだ。
それでも嫌がる態度を見せたのは、精一杯の外遊びがしたくないという主張だった。
「え?いいの?」
「もちろん!きょうは、そとでおにごっこをするから、あしたはなかであそぼう。みんなもいいよね?」
ナルマがぐるりと周囲を見渡し、ナルマや他の男子は大きく頷いた。ダランも他の男子と同じくそのことに賛同を示す。
正直なところ、ダランもマルクと同じくインドア派なので、部屋遊びのほうが有り難かった。
(これで明日はゆっくり遊べる…)
その事実にほっとしながら、ダランはその日の鬼ごっこを、二番目に捕まるという形で終えた。