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またもや期間が空きました。
人物紹介
ダラン・ケイリー:主人公。
スワフキー:家政婦長兼料理人。
ヤコブ:庭師。まばらに顎髭が生えている。
リビングではスワフキーがせっせとランチの準備をしていた。
ダランの足音で帰宅に気付いたスワフキーは、ふっくらした胴体を軽やかに反転させるとそのまま優雅にお辞儀をする。
「あら、ぼっちゃん!おかえりなさいませ」
それにダランもにっこり笑い挨拶を返し、そのまま席につく。
スワフキーがてきぱきとランチの準備をするのを眺めながら、ダランは挨拶を返した。
「ただいま、スワフキーさん。パンのいい匂いがするね」
ダランのその言葉に、スワフキーは待っていましたとばかりにバスケットをテーブルへと運んでくる。
なかには溢れそうなほど様々な種類のパンが詰め込まれていた。
そしてダランに対して、
「今日はパン屋が来る日だったんですよ。ついさっき買ったばかりなのでまだ熱々のパンですよ」
「わあ!こびとのパンだ!!」
ダランはくんくんと鼻を動かしパンの匂いを確かめる。
小人のパンとは、王都に本店を構える小人族が売るパンのことだ。
本来、ダラン達のような田舎の方ではパンは高級品でなかなかお目にかかれないのだが、小人族には専属テレポーターがおり、彼らの働きによって出来立てのパンが2ヶ月に一度、街にやってくるようになった。
「相変わらず旨そうさなあ」
そう言ってバターロールを手に取ったのは庭師だ。
艶々と輝くバターロールは、ほんのりゆげが出ており、その見た目だけでも美味しいと断言できた。
「あら、ヤコブさん。お庭の掃除はもういいの?」
スワフキーの問いかけに、ダランの隣で食事を頬一杯に詰め込んでいた庭師のヤコブは、大きく口を開くと、ごっくんとパンを飲み込む。そしてスワフキーのほうを見て美味い!と叫んだ後に大きく頷いてみせた。
「ああ。剪定も終わって、後は明日また新しい苗を植えるだけさ」
「そうかい!そりゃあ良かったね。明日もきっと今日と同じでお天気だろうからね」
「そうさね、雨が降らないようで安心してるよ」
ダランは、大好きなチョコロールに手を伸ばす。パン生地の間からとろりとチョコソースが零れるのに目を細め、思わず笑みが浮かぶ。休みもせず無言で3つの異なるパンを堪能した後、ダランは思い出したようにヤコブに尋ねた。
「あ!ヤコブさん、からのはちうえある?」
「ありやすけど…夏休みの宿題ですかい?」
「そう。“ヤーヤーはな”のえにっきをかきたくて…」
「まあ!ヤーヤー花!実がついたら教えてくださいね。デザートにいたしますから」
二人の会話を聞いていたスワフキーは、ヤーヤー花に反応してぴょんっと跳ねると、嬉しそうにダランに笑いかけてそう言った。
それを見ていたダランは、まだ上手に育つか解らないのになあと思いつつも、スワフキーの楽しみだという表情が可笑しくてつい笑みをこぼすと、再度ヤコブに問いかける。
「ふふ、うまくいったらね。…それで、あまってるのある?」
「ヤーヤー花なら、結構蔓が伸びやすからね…。空きが一つあったはずでさあ。種撒きを明日一緒にしやしょうか?」
「いいの!たすかるよ!ぼく、やったことなかったから…」
ヤコブからの思わぬお誘いに嬉しくなったダランは、椅子の上でスワフキーのようにぴょんっと跳ねると、そのまま二人とヤーヤー花の実を使って作るデザートについて話し合ったのだった。
そして翌日。
所謂黒のニッカポッカを履いたヤコブの横には、ミニサイズの茶色のニッカポッカを履いたダランが立っていた。麦わら帽子をしっかり被り、首もとにタオルを巻いたその姿は一人前の農家のようである。
「ちゃんと日焼け止めを塗って作業をするのよ」
と母のマイヤーから言われたダランは、しぶしぶ日焼け止めを肌に塗った。独特の臭いとベタつきのある日焼け止めは、いくらマイヤーからの言い付けだろうと本当ならばあまり塗りたくなかった。しかし、日焼け止めには虫除け効果もあるため庭作業の必需品なのだ。
「まあ坊っちゃんの嫌がる気持ちもわかりやすがね」
そう言ったヤコブもしっかりと日焼け止めは塗っている。むしろ、ヤコブか塗っていたからダランも日焼け止めを塗ったといってもいいくらいだ。
「まあ、そのうち慣れまさぁ。それより、庭小屋から鉢を持ってきやしたよ。ヤーヤーの花の観察が宿題でしたよね?」
「うん、そうだよ」
「なら玄関横に置きやしょう」
「え?なんで?」
ヤコブは、ダランの腰辺りまである鉢を両腕で抱え、そのまま玄関に向かう。その後を小走りで追いながらダランは首を傾げた。
ヤコブは、玄関横の日当たりのよい場所に植木鉢を置くと、「今度は土を運びやすよ」と先ほど鉢が置いてあった庭小屋まで戻りながら質問に答える。
「ヤーヤー花は、蕾になるまでは育てるのが楽なんですが、花から実になるまでがとにかく面倒なんでさあ」
「え?でもせんせいは、ヤーヤーはなはぼくにぴったりっていってたよ」
「ははッ!そいつは違いねぇでさあ!坊っちゃんには旦那様のおかげで常に綺麗な水が手に入りやすから」
「きれいなみず?」
またもや疑問を浮かべるダラン。しかしその瞳は初めてやって来た庭小屋に興味を示している。
普段、使用人の仕事場に貴族が立ち入ることは許されない。今回はダランの宿題の為に自身で準備をする必要があるという大義名分から入ることが許されているのだ。
埃と土の匂いの入り混じった小屋のなかには、様々な庭仕事に欠かせない道具が所狭しと並んでいた。
ヤコブは、その中からダランの手で持つことが出来る小さなショベルとぴかぴかの水差しをダランに握らせた。そして自分は肥料と土が入った袋を両肩に乗せると庭小屋を後にする。
「水の綺麗さは植物にとって大きな意味がありやす」
「それってどういうこと?」
まだ小等部に入ったばかりのダランには、ヤコブの遠回りな説明では理解が出来ない。そんなダランにヤコブは例えば、と目に入った植物を例に挙げて説明してくれる。
「道路沿い並んでる“フレスカ”は土埃や汚い水でも良く成長して綺麗な空気を生み出しやす。だから、道路沿いの土埃を防ぐように植えてやす。そしてその内側に植えてる“マリアの植木”は綺麗な空気を好み美しい花を咲かせやす。…といった具合で植物にも好みってもんがありまさあ」
「へえ、そうなんだ」
ダランは庭の木々や花々がどういった意味で植えられているかなんて気にしたことがなかった。しかし、ヤコブの説明を聞き、他の植物が植えられている意味があることを知り、同じ庭の景色が少し違うように見え始める。
「それと同じでヤーヤー花にも好みがありやす。それが綺麗な水でさあ」
「なあんだ、そういうことだったんだ!でも、きれいなみずをあげるだけでいいならかんたんなんじゃないの?」
「まあ坊っちゃんの場合は旦那様のお力のお陰で綺麗な水が手に入り放題ですからねえ…よっと!」
遠い目でそう言ったヤコブは、両肩の荷物を玄関にある階段に降ろすと、首を回しながら「花までは楽なんでさあ」と話を続ける。その横にダランもショベルと水差しをそっと置いた。
「花を咲かせるまで、ヤーヤー花は毎日朝に一回朝日が昇る前に綺麗な水をあげるだけでいいんでさあ。ここまでは昨日、坊っちゃんも夜に勉強しやしたよね?」
「うん。でも“み”ができたらたくさんのみずをあげるんでしょ?」
いよいよヤーヤー花の育成方法を話し出したヤコブに、ダランはポケットに入れていたメモ帳とペンを取り出し頷く。そのメモにはつたない文字で【ヤーヤーはなのかんさつ】と書かれていた。
「その沢山が問題なんでさあ。ヤーヤー花は花が枯れ始めるとこまめに水をやる必要がありやす」
「こまめ?」
「朝日が昇る前、十の刻になる時、昼時、おやつ時、十八の刻になる時、二十一の刻の6回でさあ」
「そんなにあげないといけないの?!」
あまりの回数の多さに、ダランは思わず手に持っていたメモ帳とペンを落として驚いた声をあげた。