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ムゲン ―the Endless World―

ムゲン ゲームのユメ

作者: 矢崎大輔
掲載日:2016/06/19

 風がなくて、熱くも寒くもない。気候は安定していて、落ち着いている。湿ってもいなくて、乾いてもいない。調度いいくらいの温度は、肌に不快を与えないぶん、心地よさもわけてくれない。

 足元を見ると、そこにはアーモンドグリーンとアイビーグリーンを不完全に混ぜ合わせたような、太いパイプと細いパイプが一直線に走っていて、同じ形の同じ色のパイプがぐるりと周りを囲んでいる。どこを見ても同じ、壁も、天井も、パイプに覆(おお)われて、他には何もない。

 パイプで作られた道の上を、人間が一人で歩いている。やや灰色がかった黒のジーンズをはいていて、トップは清潔感のある白いワイシャツを内側に着て、その上から使い古した黒い袖の長いシャツを身につけている。

 年は十代の前半ほど、色が抜けた金髪はバックが肩の手前で、フロントは目に少しかかるほどに伸びている。肌はあまり濃くなく、瞳は夜で塗りつぶしたように黒い。

 腰のベルトからはチョークバッグを一つと、拳銃(けんじゅう)が入っていると思われるホルスターが吊(つ)るされている。そして首からは枝のように絡(から)まった白銀の金属の真ん中に、濃い紫色を帯びた黒い楕円形の宝石の乗ったペンダントを提(さ)げている。宝石は、見方によっては赤い光を発する、不思議な輝きをもっている。

「何?」

 人間が言った。

 他に人間の姿は見えない。しかし人間は誰かと話しているように、もう一度言った。

「どこ?」

 人間はキョロキョロと辺りを見回して、そしてパイプがたくさん通る大きな道を逸(そ)れて、細い道へと進んでいく。

 人間が進んでいくと、そこはぽっかりと穴が開いたように部屋があった。部屋というのは、その先に道はなくて、行き止まりになっているからだ。

 人間は、部屋の入り口で立ち止まって、そっと中を覗(のぞ)き見する。

 そこは大きな部屋だった。横幅が左右十メートルずつくらいあって、奥行きは横幅よりも大きい。そこに規則的に大きなカプセルが置かれていた。

 カプセルは楕円形の透明な殻(から)のようなものでできていて、一見して巨大な卵を想像させる。カプセルはパイプの一部から作られたような頑丈(がんじょう)なクッションの上に置かれている。

 人間がカプセルの下に取り付けられたスイッチを押すと、カプセルは音もなく開いた。

「慌てるなよ、グナル」

 人間は言いながら、カプセルの中に入る。そのまま入るには少し狭かったので、人間は膝(ひざ)を折って抱え込むような恰好になる。

 膝を曲げた状態で、人間は腰の隣で赤く光っているボタンを押した。

 空気が漏れる乾いた音がして、その後から液体を流し込むような音が聞こえてくる。ボタンを押してしばらくすると、人間の背中から透明な液体が溢れ出した。液体は徐々に量を増して、人間の耳を完全に覆ってしまった。それでも、液体はカプセルの中で満ちていき、勢いは少しも弱まらない。

「じゃ、あとはよろしく」

 それだけ言って、人間は目を閉じた。カプセルの中が完全に液体で埋め尽くされても、人間はピクリとも動かない。まるで眠りについたように、動かない。


「シナ。もうオッケーだよ」

 シナと呼ばれた人間は目を開けた。

 そこは部屋だった。薄暗くて周りがよく見えない。黒い影がそこらへんに立ち上って、とても窮屈(きゅうくつ)な印象がある。

「ここどこ?」

「さあ」

 シナは辺りを窺って、足元に何かが落ちているのを発見した。掌(てのひら)くらいの四角い形、何に使うものなのかシナにはわからない。

 シナは首を傾(かし)げる。

「なにをするところなんだろう?」

「いろんなものがいっぱいだ。何に使うんだろうね」

 シナが辺りを物色していると、突然どこからか声が上がった。

「ああ、もう、うるさい!」

 シナは驚いて声の主を確認する。暗い部屋の中でそこだけぼんやりと明るい。スクリーンから淡い光が放射されて、その前に一人の男が座っている。

 男はなおも叫んだ。

「静かにしろよ。いま大事なところなんだから」

 男は画面を凝視(ぎょうし)したまま振り返らない。シナはそっと男に近づいて、男の肩越しから男の様子を窺(うかが)った。男は発光画面の前に座って、真剣な表情で画面を見つめている。画面では中央で車が左右に激しく揺(ゆ)れている。男の手にはコントローラが握(にぎ)られていた。

 シナは男に向かって声をかける。

「あの……」

「何やって……」

「うるさいな!」

 男は振り向きもしないで叫んだ。

「邪魔(じゃま)するなよ。いま大事なところ、って!」

 男はさらに画面に向かって体を乗り出した。

「ああ、待て待て。そっち行くな。危ない。もっとこっちに。ダメダメ。お前ら邪魔なんだよ。ああ、こら、おい。もっとしっかりしろよ。負けちゃうだろ。折角ここまで来たのに。ああ、そこそこそこ。おい、どけ。ああーっ!」

 画面を見つめながら、男は悲鳴を上げた。画面の中で一台の車が道を逸(そ)れて落下した。車は暗闇の底へ消えて、そのまま見えなくなった。

「くそっ。もう一回」

 男は目の前の機械のボタンを押した。すると画面が一時消えて、しばらくすると車が何台か通り過ぎて、画面にテロップが映し出された。

 シナはしばらく黙って、男が口を利(き)いてくれるのを待った。


 それから一時間以上は過ぎただろう。ようやく男は振り返って初めてシナを見た。男は値踏(ねぶ)みでもするように頭から爪先までシナを鋭い目つきで眺める。

「で」

 男は言った。

「なんだ、あんた。なんか用?」

 シナはようやく男とまともに会話ができた。

「僕はシナ。そしてこっちはグナル」

「どもー」

 シナの首からさがった喋るペンダント、グナルが軽快(けいかい)に挨拶(あいさつ)をした。

 男はつまらないものを見るように鼻を鳴らすと、すぐに画面へと戻った。

「で。二人は何の用?」

 男はシナとグナルには目もくれないで、じっと画面のほうばかりを見ている。

 グナルが男のやっているものに興味を示して訊いた。

「それ、何?」

 男はちらと振り返ってコントローラを上げた。

「ああ、これか。これはゲーム」

「ゲーム?」

 シナが訊き返す。

 男は頷(うなず)いた。

「ああ、そうだ。あんたら知らないの?」

 シナは頷いた。

 シナが見ている前で画面が切り替わった。今度は小さな人が画面の中で動き回る映像が流れた。

 シナとグナルは興味津々だった。

「へえ。何かのモニター?」

「なになに。何が始まるの?」

「ゲームだよ。これは簡単なアクションゲーム。あんたもやってみる?」

 男はシナに向かってコントローラを差し出した。シナはコントローラを受け取って男の隣に座る。

「どうやるの?」

「この十字キーでキャラを動かす。この赤いボタンがジャンプ、緑がダッシュ。特殊アイテム取ると緑ボタンで使えるけど、それは取ってから説明する」

 男はシナの握っているコントローラのボタンを何度か押す。すると画面はゲーム開始を告げていた。

 わけがわからず、シナは男に訊いた。

「どうすればいい?」

「ずっと奥にゴールがあるから、こいつをそこまで操作すればいい。その途中に敵や障害物があるから倒したり、飛び越えて行ったり、って、ジャンプして。敵にやられる」

「え」

 シナが画面のほうを見ると、小さな人間の前に変な恰好をした奇妙なものが寄ってきた。シナが慌てているうちに、そのへんてこなものは人間にぶつかって、すると人間は痛がっているみたいで、画面から消えた。音楽も急に変わって、とても間抜けな音がした。

「あ」

「あ」

 シナとグナルは同時に声を上げた。画面が突然切り替わって暗い映像に変わった。

「あーあ。やられちゃった」

「これで終わり?」

 シナが訊くと、男はコントローラのボタンを押した。

「いーや。もっ回やり直し」

 画面にはさっきと同じ映像が映し出された。どこかの景色が映っていて、その中に人間とへんてこなものの姿があった。

「ふーん」

 シナがぼんやりと見ていると、横から男が色々と指図してくる。

「ほら。その敵をジャンプで避ける。いまの敵は踏みつけると倒せるからな。ほらほら、そのマークの下でジャンプして。そうそう、それアイテム出るから。あ、ほら。敵が来る。って、あーあ、またやられちゃった」

 男は投げやりに両手を頭の後ろに組んだ。

「別にいいでしょ」

 シナは画面を見つめて、コントローラのボタンを押した。

「もう一回やればいいよ」

 画面が切り替わって、ゲームが始まった。数秒後に、また画面の中の人間は敵にぶつかってやられてしまった。シナはもう一度コントローラのボタンを押した。


 数分後には、シナはコントローラを放して男の後ろで膝を抱えていた。

「あんた。下手くそだなぁ」

 男は子馬鹿にしたように言った。

「こんだけ時間かかってるのに、最初のステージもクリアしないなんて」

 シナは小さく呟いた。

「うるさい」

 グナルまでもがシナに向かって言ってきた。

「シナって、案外不器用?」

 シナは黙ってグナルを叩いた。

「いてっ」

 シナは膝を抱えたまま言った。

「ゲームって、つまらない」

 男はカセットの山から別のゲームを探しながらシナに言った。

「何言ってんだ。ゲームは面白いぞ。ただ、あんたは下手過ぎるんだよ」

 シナは無言で膝の中に顔を埋(うず)めた。

 グナルが男に向かって言った。

「そーいえば、まだお兄さんの名前聞いてない。なんて名前?」

 男はカセットの山を漁(あさ)りながら答えた。

「あ?俺の名前か。名前ならいくらでもあるぜ。マイヤとか、リリーとか、ジンとか、ソードとか」

「それで、どれが本当の名前?」

 グナルが訊いた。

 男は面倒くさそうに答えた。

「本当の名前なんてねーよ。親からもらった名前なんて、ダサくて使う気にもなれねーよ」

 男は少し考えてから言った。

「まあ、でも、ゲームで気に入ってる名前が一つある。『ヒーロー』もし呼びたかったら、そう呼べ」

 シナは膝から頭を出してヒーローに訊いた。

「ヒーローさんは、ここでずっとゲームをしているの?」

 ヒーローは不機嫌そうに答えた。

「ヒーロー、だ。ああ、ずっとだ」

 シナとグナルは驚いて声を上げた。

「ずっとかー」

「本当に?」

 ヒーローはしれっと答えた。

「当たり前だろ。ああ、そこの取ってくれ。ああ、違う違う。その隣。そう、それ」

 シナからカセットを受け取って、ヒーローはゲーム機にカセットを差し込んだ。画面が発光してまた別の映像が映し出された。

 グナルが訊いた。

「今度は何をするの?」

「ロールプレイングゲーム。さっきのはとっくの昔にクリアしちゃってるからな。これなら話しかけられててもミスることはないし」

 しばらくしてゲームが始まると、今度はどこかの町のような景色が映し出された。道があって、建物がある。その中に小さな人間の姿がいくつもあった。

「あ、また違う映像だ」

 シナが見ていると、ヒーローはコントローラを操作して画面になにやら映し出した。

「どうだ、見てみろよ」

 画面が切り替わって、四つの長方形が縦に並んだ映像が映し出された。長方形の中にはそれぞれ人の顔が入っていて、そのすぐ横にはレベルだの、ヒットポイントだの、マジックポイントだの、色々と書き込まれていた。

「良く育ってんだろ。この前、大分レベル上げしたからな。そして見ろよ、このアイテムの数々。これなんか手に入れるのに結構かかったんだぜ。それから……」

 ヒーローは次々と画面を切り替えてシナとグナルに見せてきたけど、シナとグナルにはその意味がさっぱりわからなかった。ヒーローは頻(しき)りに自慢しているようだったが、なにがすごいのかシナとグナルには理解できない。

「……」

「よくやってるねー」

 シナは黙って、グナルは適当に相槌(あいづち)を打つ。

 ヒーローは自分勝手に話を続ける。

「ああ、これももうそろそろ全クリかな。そしたら、隠しアイテムやら裏イベントなんかも徹底的に探し回るのさ」

 ヒーローがゲームを始めようとすると、どこかで扉を叩く音が聞こえた。ヒーローはイライラしたように声を上げる。

「うるっせーな。なんだよ、部屋には来んなっつってんだろっ!」

 どこかから人の声が聞こえた。

「ご飯よ」

 ヒーローはその声に向かって怒鳴(どな)り返す。

「いらねっつってんだろ」

 声はなおも心配そうにヒーローに言った。

「ご飯食べないと体壊すわよ」

「うるせーな。いらねーってんだよ」

 ヒーローは怒ったように叫んだ。それ以上声が何も言わなくなると、ヒーローは仏頂面でゲームを続けた。


 ゲームをやりながら、ヒーローはぶつぶつと呟く。

「ったく。お節介(せっかい)な奴だ」

 グナルが訊いた。

「家の人?」

 ヒーローは吐き捨てるように言った。

「ああ。飯食えだ、ちゃんと寝ろだ、うるせーんだよ」

 グナルが心配そうに言った。

「でもさ。ご飯食べてないの?」

「そんなもん。いまの俺には必要ないのさ。見てみろ」

 ヒーローは一本の紐(ひも)を掴んでシナたちに見せた。それはヒーローの背中から伸びていて、そのまま壁にまで繋がっている。

「このケーブルを通して俺はいつでも栄養補給ができてるんだ。こいつがあれば、俺は食事に部屋を抜けることもないし、眠る時間を削(けず)ってゲームをすることができる。いまの俺には、食事も睡眠も必要ないのさ」

 シナは納得したように頷いた。

「カプセルみたいなものだね」

「あ?なんだそりゃ」

 グナルが適当に誤魔化(ごまか)す。

「ううん、こっちの話。それで、ずっとゲームをしてるの?」

「ああ、もちろん」

 シナは不思議そうに訊いた。

「飽きないの?」

 ヒーローは鬱陶(うっとう)しそうに答える。

「はぁ?飽きるわけねーだろ。こんな面白いもの、俺は一生でも続けるぜ」

「ふーん」

「がんばってねー」

 シナとグナルはこれ以上ヒーローと話をするのを止めた。シナが部屋の奥に行こうとすると、ヒーローは強い口調でシナに言った。

「おい。そのケーブルには気をつけろよ。それが切れちまうと栄養補給ができなくて、俺は動かなくなっちまうんだ」

 シナはぽかんとしてケーブルに目をやった。

「あ、そうなんだ」

「ゲームと同じだね」

 グナルが納得したように言った。

「そういうこと」

 ヒーローはもうそれ以上何も言わず、ゲーム画面に夢中になった。

「なんでゲームと同じなの?」

 シナが不思議そうに訊いた。

 グナルが答える。

「ゲームも同じようにケーブルが伸びてて、ほら、あの先から栄養を補給しているんだよ」

 ゲーム機からもコードが伸びていて、画面に繋がっているものと壁に繋がっているものがある。

「これ抜いちゃうと、ゲームは一瞬で消えちゃうんだよ。いままでの努力が全部パーになっちゃうんだ」

 グナルの説明にシナは頷いた。

「ふーん」

 シナは部屋の奥に寝転がって、ヒーローの背中を眺めていた。ヒーローはただ夢中でゲームをやっていて、もうシナとグナルのことなど眼中にない。

「なんか、つまらない」

 シナはぼそりと言った。

 グナルはシナとは対照的に弾んだ声で言った。

「そう?あのお兄さん、見てて面白いよ」

 シナは首を傾げる。

「そうかなあ?」

「うん。面白い。あそこまでゲームに真剣で取り組んでいる人なんて、そうそういないよ」

「僕はゲームを見るの、初めてだけどね」


「暇だなあ」

 もうかれこれ二時間以上もゲームをしているというのに、ヒーローは少しも飽きずにゲームを続けている。一つゲームをクリアするごとに次のゲームをやって、終わったゲームは別のカセットの山に積み上げられる。クリアしたほうのカセットは相当な量に達しているけど、やっていないほうのゲームもかなりあるから、一日では終わりそうにない。

 シナは立ち上がって、さっき声がしたほうへと向かった。そこには扉があって、シナはドアノブをひねってみた。

「開く?シナ」

「ダメだ、グナル。ちっとも開かない」

 シナは何度もドアノブをひねって、押したり引いたりしているけれども、扉は少しも開かない。他の場所を探しても扉は見当たらないから、ここ以外にこの部屋から出られるようなところはないらしい。

「ああ、あの子はまだゲームをしている」

 不意に扉の向こうから人の声が聞こえて、シナとグナルは聞き耳を立てた。

「はあ。もうこんな夜遅くだって言うのに」

 女の人の声だった。疲れ切った声で女は呟いた。

 ドア越しにシナは女に声をかける。

「あの、すいません」

 向こうから女の驚いたような声が返ってきた。

「どちら様ですか?」

 シナは言った。

「僕はシナ。あと、もう一人グナルがいます」

「どもー」

「お邪魔しています」

 扉の向こうからすぐに声が返ってきた。

「あの子の知り合いですか?」

 女は言った。

「ごめんなさいね。あの子、本当は真面目でいい子なんです。ただちょっと、ゲームにのめりこんでしまって」

 シナとグナルが言った。

「ゲーム、好きなんですね」

「うんうん。とっても上手だし」

 女は悲しそうに言った。

「でも、ゲームだけやっていたら誰も相手にしてくれません。あの子にはもっと他のことに興味をもってもらいたいんです。ずっと寝ないで、何も食べないで、毎日毎日ゲームばかりで。そのうち体を壊してしまいます」

 女の心配する声がこちらまで伝わってくる。グナルは話を聞きながら何度も頷いた。一方のシナは、女の話が終わると口を開いた。

「好きなら、いいんじゃないですか」

 シナは言った。

「好きなら、その人の好きなようにやらせればいいじゃないですか。やりたいことをして、それで死んでしまっても、それはその人の責任です。勝手にさせておけばいいんじゃないですか」

 女はしばらく何も言わなかった。シナとグナルは黙って女の返事を待ったけれども、女はシナの言葉には答えなかった。

「おやすみなさい」

 扉から、女の足音が遠ざかって行く。その言葉はシナとグナルに向けられたものなのか、それともゲームをやっているヒーローに向けられたものなのか、わからない。

 シナとグナルは女に言っておいた。

「おやすみなさい」

「すみー」

 シナは扉から離れて部屋へと戻る。

 グナルはシナの顔を見上げた。

「ところでシナ。どこで寝るのさ」

 シナは辺りを見渡した。ヒーローの周りにはゲームカセットが山と積まれていた。床は固そうで寝心地は良くない。

 シナは部屋の奥にベッドを見つけてそこを指差した。

「ヒーローさんのベッドを借りよう」

 シナはゲームに夢中になっているヒーローには許可をもらわず、ベッドに潜(もぐ)り込んだ。部屋は元々暗いので、画面の光さえ気にしなければすぐに眠れそうだ。

「おやすみなさい」

 シナとグナルは一緒に眠った。ヒーローはしばらくゲームを続けているようだった。


 暗い部屋の中でシナは目を覚ました。部屋は薄暗く、明かりは画面から出ている光だけだった。窓がないのか、いや分厚いカーテンで締め切っているせいだ、朝か夜か、はたまた昼なのか、全く時間がわからない。

 シナはベッドの上で軽く伸びをした。きっと朝なのだろうということにして、シナは起きることにした。シナの首元で静かな寝息が聞こえてきたので、シナは首からさがっているペンダントに目を向けた。シナはまだ眠っているグナルを横からつついてやった。ハッとしたようにグナルが目を覚ました。

「マンマミーア」

「なんだそれ」

 寝ぼけたグナルはキョロキョロと辺りを見回して、そして上から見下ろすシナの顔にようやく気が付いた。

「あっ。はよー、シナ」

「おはよう。グナル」

 シナはベッドから抜け出すと画面の前へと向かった。ゲーム機の前には昨日と同じようにヒーローが座っていて、コントローラを握ったまま画面に釘付けだった。

 シナが不思議そうに訊いた。

「ヒーローさん。寝ないでゲームしてたの?」

「ヒーロー、だ。なんだ、もう起きたのかよ。お前ら」

 振り返りもしないで、ヒーローが言った。それ以上話すことがないのか、ヒーローはそれきり喋(しゃべ)らない。

 ヒーローの後ろから、シナは画面を覗き込んだ。昨日のような町並みは消えていて、代わりにブロックのようなものが上から降ってくるゲームが映し出されていた。

 シナはぼそりと呟いた。

「また、違うゲームやってる」

 グナルが興味深そうにヒーローに訊いた。

「ねえ、ヒーローさんはこれからもずっとゲームをやってくつもり?」

「ヒーロー、だ。当たり前だろ。こんな面白いこと止められるかよ」

「でもうちの人、心配してたよー?」

 ヒーローは悪態を吐(つ)いた。

「へっ。あんなお節介の言うことなんざ聞いてられるか。俺は俺の好きなことをやらせてもらう。俺の人生だ。なにをしようと俺の勝手だろ」

 それっきり、ヒーローはゲームに夢中だった。シナとグナルはそれ以上何も言わなかった。グナルがシナに向かって言った。

「ダメだね。これじゃなんど説得しても無駄だ」

「うん。そだね」

 シナは頷いた。

「自分の生きる道は、自分で決めるんだ。誰に指図されることじゃない」

 グナルが溜め息を吐く。

「はー。こっちも説得する気ないし」

 シナが驚いたようにグナルを見た。

「説得するつもりだったの?」

「まっさかー」

 グナルが軽い調子で言った。

「ただ、面白そうだから言ってみただけー」

 シナはベッドのすぐ傍(そば)に座って暇そうに画面を眺めていた。ヒーローは時々歓声(かんせい)を上げたり、文句を言ったりしていたけど、シナにはその意味がわからない。それでもすることがないから、画面のほうばかり見ている。

「ねえ、シナ」

「なに、グナル」

「もうカプセルは終わったよ」

 シナは天上を見上げた。

「そっか。じゃあ出よう」

「よし、決定」

 とても嬉しそうに、グナルが答える。

 シナは立ち上がって、呟いた。

「さようなら。ヒーローさん」

「ヒーロー、だ」

 ヒーローは振り向かずに叫んだ。部屋の中には彼以外、他に人の姿はなかった。ヒーローは構わずゲームを続けている。


 人間は目を開けた。

 目の前に緑色のパイプが見える。細いもの、太いもの、同じようなパイプがいくつも伸びて、目の前を取り囲んでいる。

 人間は足を伸ばして、両手を左右に広げる。人間はカプセルの中にいた。膝を抱えないと入れないような狭い場所なので、そこから出るにはまず足を出さなければいけない。次に両手を腰の辺りにもってきて、体を後ろのほうへとずらす。

 カプセルの中で座った形になって、人間はようやくカプセルから出る。

「どのくらい中にいた?」

 人間が言った。

 けれど、ここには人間以外誰もいない。それでも人間は納得したように頷いた。

「そうか」

 人間は部屋から出た。

 外に出ると、そこにはパイプで囲まれた道が続いている。どこまでも、どこまでも続いていて、その先は暗くて見えない。

「なに?グナル」

 人間は口を開いた。

「うるさい」

 人間は不服そうに下を向く。

 また、しばらくしてから、人間が口を開く。

「そうだね」

 しばらくしてから、また人間が口を開く。

「いいんじゃない。本人がそれでいい、って言うんだから」

 しばらくしてから、また人間が口を開く。

「そう?」

 しばらくしてから、また人間が口を開く。

「僕はもう、二度とゲームなんてやらない」

 そのまま、人間は歩いていった。


 部屋の向こうから扉を叩く音が聞こえた。

「ご飯よ」

 しかしヒーローはゲームに集中していて返事をしない。いや、そもそも聞こえていない。画面の下からケーブルが伸びていて、それはヒーローの耳のイヤホンに繋がっている。ヒーローはもうゲームの音しか聞こえない。

 扉の向こうで女はなお言った。

「ご飯食べないと、体壊すわよ」

 ヒーローは返事をしない。

 女は扉を開けて部屋の中へ入っていった。

「まー。この子ったら」

 女は部屋の中を見て溜め息を吐いた。部屋中にカセットが散らばって、ヒーローは画面の前に座り込んでゲームに夢中だ。

 女は部屋を片付けながら呟いた。

「集中するのはいいんだけどね。もっと他のことにも打ち込まないと」

 女が部屋に入ったことにさえ、ヒーローは気づいていない。それだけ、ゲームに集中していた。

「ほら。いつまでゲームなんてしてるの」

 ヒーローはちっとも返事をしない。女は呆れたように溜め息を吐く。

「仕様のない子ね。いい加減止めなさい」

 女は壁際のコンセントへと向かった。そこにはゲーム機からのケーブルとヒーローからのケーブルが伸びている。

「ほら。切るわよ」

 女はコンセントからケーブルを一気に引き抜いた。ゲームの画面が突然消えて、そして、ヒーローの動きもピタリと止まった。


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