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 スヴェンの剣は、鋼以上の硬度である魔術で出来た鎖を易々と切断した。切り裂かれた光の鎖は、粒子状となって消えていく。それに伴い拘束状態から解かれたメルシアは地面に落下した。


 しかし、そのまま地面に倒れることはなかった。なぜなら、スヴェンが途中で受け止めたからだ。片手に剣を携え、もう片方の腕は彼女を体に回し、肩の上で担ぐようにして抱き留めているところであった。


「ちょっ、え……何これ」


 メルシアは理解が追いつかなかった。


 スヴェンは何も言わず、ただ抱き留めた彼女を地面にそっと降ろす。そして、呆然とする彼女の眼前でひざまずき、頭を垂れた。


「申し訳ございません。少々、手荒い真似となってしまいました。――我が主よ」


「えっ」


 次にスヴェンは顔を上げ、メルシアの手をとった。


「――あなたの剣となり、この命尽きるまで護り抜くことをここに誓います」


 その手の甲に口づけを落とす。


 ――主従の誓い。それは、騎士が己の主を見定めた時に行われるものだ。騎士はその者を主君として仰ぎ、絶対の忠誠を誓う。そう、この瞬間、スヴェンはメルシアの騎士となったのだ。


 メルシアは固まった。訳がわからない。自分は、今殺されるはずだったのに。彼女を囲む周囲の者達も、唖然とした表情をしていた。彼女は死なず、突然、彼女を殺そうとしていた者が、彼女の眼前でかしずいたのだ。


 スヴェンは立ち上がり、レオンに視線を向ける。


「レオン様……やはり、私はどうしてもあなたのやり方に納得がいきません。私は騎士として、あなたのこの暴挙を見過ごすことは出来ない」


「スヴェン……貴様、やってくれたな……!」


 レオンは拳をわなめかせ、怒りの形相を浮かべる。


「この者は反逆者だ! 捕らえろ!」


 そう、配下の騎士たちに命令する。しかし、スヴェンはその言葉が発するよりも、先に動いていた。


「──我が主の物だ。返して貰うぞ」


 素早い動きで、メルシアの指輪を奪った騎士に駆け寄ると、剣の柄頭で腹を痛打する。


「ぐっ、ふ……」


 その騎士の体が九の字に折れ曲がり、怯んだところですかさず、その手の中にある指輪を掠め取った。


「くたばれ、反逆者がッ!」


 間髪おかずに横腹から、魔術で形作られた氷の球が幾つも飛来した。それは、メルシアを拘束していた魔術師が放ったものだ。


 スヴェンは騎士を突き飛ばし、無数の氷の球を剣で弾いた。その直後、悲鳴が上がった。


「何をする、味方ごと狙う気か!」


 放たれた魔術は、スヴェンが咄嗟に反応しなければスヴェンの目の前の騎士にも当たっていた。それに、氷の破片が周囲の生徒まで巻き込んだようだ。


「黙れ黙れ! 反逆者は俺が仕留めるのだ!」


 魔術師の目は血走っていた。頭に血が上ってまわりが見えていないようだった。自身の魔術で作った鎖を破壊されたせいだろう。スヴェンによって彼の自尊心は傷つけられたのだ。ゆえに、人が密集した状態の中であっても、彼はかまわずスヴェンを自慢の魔術で執拗に狙う。


 激しい攻撃にさらされながらも、スヴェンは剣一本で身を守る。他の者は、魔術に巻き込まれないようスヴェンに近寄ることは出来なかった。


「ぐっ……!」


 しかし何度か凌ぐも、全ての魔術を防ぐことは難しい。スヴェンの額を氷球が掠める。血が顎を伝い、滴り落ちる。


 魔術師は勝ち誇った顔をした。しかし、そこで攻撃の手が緩んだことがいけなかった。


「はああああっ!」


 一気呵成にスヴェンは魔術師目掛けて走った。魔術師は油断したと後悔する。すぐに攻撃の手を強めるが、しかしスヴェンの足は止まらない。急所をかばいながら魔術師に突進する。スヴェンの姿はもうそこまで迫っていた。そして──


「ぎゃああああああっ!」


 スヴェンの剣が魔術師の肩を貫いた。剣を勢いよく引き抜き、血に濡れた顔で、地面に倒れて痛みに呻く魔術師を見下ろす。


「その傷は古の聖女様にでも治してもらうといい。彼女の回復魔法なら傷も一切残らないだろう」


「っ、おのれ反逆者風情が……許さん、許さんぞおおォ!」


 彼の言葉はそれまでだった。スヴェンは魔術師の顔を蹴り飛ばして昏倒させる。


 魔術師が沈黙したのを確認すると、スヴェンは奪還した契約の指輪をメルシアに向かって放り投げた。


「主、これを!」


「えっ、えっ、ちょっ」


 ちょうど、メルシアの胸元あたりに指輪は飛んできて、慌てふためきながらも構えた彼女の手の中に転がり込んだ。


「奴に召喚術を使わせるな!」


 レオンは叫ぶ。しかし、もう遅い。


「来て、マリリンちゃん!」


 メルシアが言葉を発した瞬間、彼女の指輪が淡い光を放つ。


 突如、地鳴りが空気ごと揺らすかのように轟いた。あまりの揺れに、何人かの生徒がしりもちをついて転ぶ。


 地鳴りは何度も起こり、そしてそのたびに激しさを増していく。まるで、地中深くから、何かが這い上がってきて地上に近付いているかのような錯覚に陥る。いや、事実、そうであった。


 地面に亀裂が走り、激しく隆起する。


『グルガウルルルゥゥゥウウウ!!』


 地面を突き破って地中から現れたのは、小山ほどの大きさはあろうかというほどの黒い鱗に覆われた竜であった。


「きゃあああああ! ど、ドラゴンよっ!」


「なっ、最深部の門番がどうしてここに!?」


「きっと、ここまで迷宮を真っすぐ上に向かって掘り進んできたんだ!」


 周囲の生徒や来賓達は、異変を感じて出来るだけ遠くに避難しようとすでに逃げていたため、被害はほとんどなかったが、降り注いだ土砂や砂礫でレオンの配下の騎士や魔術師達はもろに巻き添えを喰らう。


 それで、何人か戦闘不能となった。


 黒竜は天高く飛翔し、そしてメルシアを守護するかのように彼女の傍らに降り立った。


『ギャオルルガオオゥゥ!!』


 竜はこの場全ての者を威圧するかのように、再度咆哮した。


 現場は阿鼻叫喚の嵐である。皆、パニックに陥っていた。当たり前だ、教師ですら相手にならない凶暴なドラゴンが地上に現れたのだ。戸惑い、狼狽えるなと言うほうが無理だろう。


 そして、その機を逃すつもりは元よりない。


「スヴェン! 早く、こっちに!」


 周囲の騒音に掻き消されないようにメルシアの大声が飛ぶ。


 騎士が数人、メルシアに近寄ろうとして、竜の尾に打たれて吹き飛んでいくのが見えた。騎士達は生きているか怪しいが、おそらく加減はしているだろうから、大丈夫だろう。


 スヴェンは走った。見れば、メルシアが竜の背に乗っている。あれにスヴェンも乗って逃げるのだろう。


「させるか、反逆者め!」


「逃がさんぞ!」


「貴様だけでも捕まえてやる!」


 それに気づいたように、まだ動ける者達が、道を塞ぐかのようにしてスヴェンに殺到する。


「ッ! 邪、魔、だぁぁぁああああッ!!」


 しかし、スヴェンは、立ちふさがるその全てを剣で切り払って、無理矢理に押し通ろうとする。


 喰らいつく相手を振り払い、目をぎらつかせ、歯をむき出しにして、ひたすらに突き進む。血に塗れたそのスヴェンの姿はまさに獣のようだった。彼は決して足を、止めることはない。


「──スヴェェェェェェェンッ!!」


 あと少しというところで、一振りの剣撃がスヴェンを襲った。その重く鋭い斬撃に、思わず、スヴェンはその一撃をいなすことができずに受け止める。


 ギィン、と刃と刃がぶつかり、鍔迫り合いとなる。


 相手は──レオンだ。


「何故だ……何故なんだ、スヴェン」


 彼の口から漏れる言葉からは、いつものような無機質な声音ではなかった。そこには深い悲しみが滲んでいる。


「──お前は、俺を裏切るというのか……!」


 レオンは泣き顔のように顔を歪めていた。彼の瞳にはかつて幼い頃に見ていたあの時の──兄であったレオンの姿が垣間見えた。


「っ! 兄上……! 僕は……」


 スヴェンの視線がレオンと交差する。しかし、それも束の間、スヴェンは慌てたように横に身を投げるような勢いで大きく飛んだ。


『ギィヤルルルガアアゥ!!』


 軽く飛び跳ねた竜が、スヴェンとレオンの間に割って入るかのようにして降り立ったのだ。


 レオンは反応が遅れて、竜の着地の衝撃に吹き飛ばされる。


 周囲に砂塵が舞い上がり、視界がほとんど塞がれる。


 レオンはどこかに消え、見えるのは、黒い巨体とその上に乗る少女だけだ。


「大丈夫!? 無事よね!?」


「ああ、大丈夫だ。急いでここから離れよう」


 スヴェンは頷くと、すぐさま竜に駆け寄った。


「スヴェン! どこだ!? 出てこい!!」


 どこからか、レオンが癇癪を起したかのように何度も叫び立てる声が聞こえる。まだ生きている。しぶとくこちらを探しているようだ。


「兄上……」


 ぽつりと、スヴェンは言葉を漏らした。しかし、すぐに頭を振った。


「スヴェン、何してるの!? 早く乗って!」


 メルシアが焦れったそうに急かす。


「ああ、分かっている」


 その言葉を心に刻み付けるように、スヴェンは呟いた。



「……兄上。僕はもう、迷いません。人形としてただ従うのではなく、僕は……僕自身が決めた道を歩みます」



 スヴェンが竜に乗ると、竜は待っていたと言わんばかりに、翼を広げた。


 そして、竜は力強く羽ばたき、助走をつけてから一気に飛ぶ。


 激しい風が巻き上がり、辺り一帯の砂塵を吹き飛ばす。


 スヴェンは振り落とされないよう、しっかりと竜の背にしがみつく。


 砂塵が晴れたことで、少し離れたところにレオンの姿が見つかった。


 大事には至っていないようだが、どうやら右腕を負傷したらしい。片腕をだらんと下げ、剣を杖のようしてぎこちなく立っていた。レオンの顔は見えない。彼はこちらに背を向けている。


 竜が飛ぶ方向に彼はいた。


 一瞬の出来事だ。竜に乗るスヴェンは、レオンの背中とすれ違う。


 彼の表情が気になったが、スヴェンは振り返らなかった。


 ただ、前を見つめるのみ。



 もう、二人とも変わってしまった。


 ──あの頃には戻れないのだ。







 レオンは、青空の中に吸い込まれていく黒い影の姿をいつまでも見つめていた。



「許さない……どうあっても俺は許さない……スヴェン、お前が俺を裏切ったことを……」



 氷の仮面のような顔に、無表情な瞳。ただ、目からは涙を流してレオンは呪詛のような言葉を吐きながら、拳を強く握りしめ、唇を噛み締める。


 爪が手のひらに食い込み、唇から血を滲ませながら、彼はこの胸から際限なく溢れる憎しみを心に刻み付けるのだった。


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