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 栄えある学園の卒業式当日。突然、式典の最中に響きわたった声は、卒業生に対する祝辞や卒業する者たちからの謝辞の言葉でもない。誰もが息を止めるほどに沈黙し、行く末を見守っていた。波を打つような静けさの中、


「メルシア・オルトレット! 私は貴様との婚約を破棄し、今この場で貴様を死刑に処する!」


 一人の青年が声を張り上げ、眼前に佇む一人の少女に対して、断罪の旨を示して宣言したのであった。


「これが正式な書状だ! 見よ! これまで数々の不当な行為を働いてきた証拠の全てが、ここに記載されている! この書状の通りであれば、メルシア・オルトレットはローナ・ブラッシュに、幾度と無く誹謗中傷や悪質な嫌がらせを用いて、彼女に退学を迫ってきた! のみならず、あろうことか権力を笠に着て迷宮内や学園内で、彼女の殺害を企てた疑いも多数あった! しかし、用意周到で確かな証拠は見つからず、我々は行われた悪行の数々を今まで指をくわえて見ているだけしか出来なかった! だが、草の根を分けて進むがごとく地道に調査を進め、今ようやく、この罪深き悪女を裁くに値する全ての証拠が揃った! この罪人の罪状には死罪が適応される! 再度言おう! これは、国王直々の印である! 文面に従い、今ここにレオン・アルズ・グルハプスが、メルシア・オルトレットの刑執行を取り仕切ることとする!」


 異論は認めない。認めさせない。逆らう者には容赦はしないのだと彼の声の端から、そう感じ取ることが出来た。ゆえに、彼女を庇うものは誰もいない。もし、いたとしたら、その者は現在糾弾されている彼女よりも真っ先に潰される(・・・・)であろう。


「罪人メルシア・オルトレット、申し開きは悪いが受け入れることはできない。貴様とは今日、この場で決着をつけさせてもらう。今まで、巧みに証拠を隠して上手く逃げてきた貴様のことだ。この機会を逃せば、うやむやにしてまた上手く逃げ果すのだろう。だが、今までの悪行の全てが明るみに出たのだ。もう逃げられないと知れ」


 メルシアに書状を突きつけ、レオンは言う。それに対して、メルシアは肩を落としてため息を吐いた。


「あなた、どうせ私が何言っても勝手に話進めるつもりでしょうが……ええ、と何、『こんなはずじゃなかった!』って地団駄踏んで泣いて悔しがればいいの? それとも『命だけは助けて、お願いよ!』って泣いてひざまずいて懇願すればいいの? あなたは、私にどんな反応を期待しているわけ? もし良かったらご教授願えるかしら、レオン殿下?」


「罪人風情が、気安く私の名を口にするな! この女が抵抗しないよう拘束しろ!」


 すかさずレオンの後ろに控えていた騎士数名が、メルシアに近寄り、地面に乱暴に引き倒して力尽くで組伏し、彼女の指から指輪を奪いとった。


「っ! 痛いんだけど、あまり乱暴にしないでくれる? 私、これでも花の乙女なのよ」


「黙れ、罪人。大人しくしていろ。口を利けなくするぞ」


 服や体のどこかに武器らしき物が無いかあらかた調べ終わると、騎士達は、彼女から離れる。次に、一人の魔術師が前に歩み出て、魔術を発動した。


 光の鎖が虚空から現れ、彼女の手足を縛ると、その体を宙に吊し上げた。


 重力に従い、鎖が肌や肉に食い込む痛みに、メルシアは小さくうめき声を上げる。


「これより、メルシア・オルトレットに対して死刑を執行する!」


 レオンは剣を抜き放ち、天に掲げてみせた。刀身が日の光を反射し、きらりと白銀の光を放つ。柄には王家の紋章が象られている。


「皆の者よ、篤と見よ! これが、罪深き悪女の末路である!」


 誰も、その異常とも呼べる光景に異議を唱えるものはいない。むしろ、その光景を見て、笑みをこぼしながら楽しんですらいたのだった。異様である。だが、ある意味当然のことだった。この場にいる者は全て、処刑される哀れな小娘の姿を見ているのではないのだから。


 彼らは、無料で公開されている演劇を見ているのだ。目の前で公開されている劇――舞台は閉鎖的な学園。その演目は『薄幸の少女を虐げた悪女を成敗する善良な王子』。国王から、直々に許しを得て公開されているのだから、面白くないはずがない。稀に見るせっかくの催し物なのだ。観客席から野次を飛ばすような無粋な真似はしないし、そんな野蛮人はこの会場にはいてはならないのである。


 皆、薄い笑みを張り付けていた。教師や来賓者ですら、沈黙を守り、せせら笑いながら成り行きを見守っていた。生徒達に至っては、レオンの言葉に何の疑いも抱かずに、便乗して石を投げ、罵り、煽り立てて、彼に次の言行を促していた。彼らはメルシアとレオン達がこのあと一体どのような展開を辿るのかと心躍らせて、見入っているのだ。その一体感は、狂気のそれだった。だが、その狂気が、紛れもなくこの場では正常なのだ。


「――待ってくださいレオン様」


 だが、その熱狂的な雰囲気に水を差す者がいた。毒気を抜かれたかのように、一瞬、場が静まりかえる。見れば、人垣から――観客席から舞台上に割って入るかのように歩み出てきたのは、レオンと大して背格好の変わらぬ一人の青年だった。学園の制服に身をまとい、腰に一振りの剣を帯びている。彼の胸には徽章が飾られていた。それは、グルハプス王国騎士の身分を示しすものだ。


「スヴェン・ハイリエン……貴様、何用だ」


 レオンは忌々しげにその乱入者を睨みつけた。スヴェンは、怯まかった。ただ、ごくりと生唾を呑み込む。


「……レオン様にひとつだけお願いがあります」


 そして意を決したスヴェンは苛立つレオンに向かって、重々しくもゆっくりと口を開いて言ったのだった。


「この私めに、彼女の――メルシア・オルトレットの処刑を任せて頂けないでしょうか――」

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