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 それは、もう殆ど薄れてきた頭の片隅にかすかに残るだけの、遠い、遠い昔の記憶だ。


「スヴェン、何の本を読んでいるんだ?」


「これですか、兄上? 内容はそうですね、かいつまんで説明すると英雄が悪い竜を討ち倒す冒険譚です。道中に立ち塞がる困難を乗り越えながら、竜にさらわれた姫を命を省みず騎士が助けに行くそんな話ですよ。それがどうかしましたか?」


「そうか。いや何、お前がそんなにも熱心に読みふけっていたから気になってしまっただけだ。それで、その本は面白かったか?」


「はい、この物語はとても面白いものでした。僕も、いつかこの本に登場する英雄に――騎士のようになりたいと思ったほどです」


「そうか、スヴェン。お前は冒険がしたいのか?」


「冒険、ですか? うーん、そうですね……確かに読んでいて心躍る冒険もしてみたいとは思いましたけど、僕が憧れたのは、彼の生き方です」


「生き方? ほう、それはどのようなものだ? 是非聞かせてくれ」


「はい。彼は、何があろうと絶対に諦めようとはしないのです。誰もが、竜を倒すのは一人では無謀だと止めるのですが、彼は絶対に諦めませんでした。必ずや、悪竜を倒し、そして竜にさらわれた囚われの姫を救ってみせると、自分は姫を護る騎士なのだから、と。そう言って、遂に彼は見事成し遂げてみせたのです。――格好良かった。思わず、夢中になって読み耽ってしまうほどに、憧れた。――僕も、出来るなら彼のように生きて死にたい」


「……出来ないこともないさ。スヴェン、お前なら」


「本当ですか? 本当に僕は騎士のような英雄になれるでしょうか?」


「ああ。お前には物凄い才能がある。いいか、スヴェン。お前は、自分の主を護る騎士になるんだ。諦めるな。お前は、俺には無いものを沢山持っている。羨ましいほどにだ。だから、いつか必ず、お前の夢を果たせ」


「はい、ありがとうございます兄上!」



 そして、すぐに夢は砕かれた。



「どうして……どうしてこのようなことをするのですか……兄上!?」


「黙れ、スヴェン」


 いつも――いつも心優しかった人が向けてくる氷のような冷めた瞳が目に焼き付いて離れない。


「嫌です、僕は……!」


 一体どうしてしまったというのだ。あなたは絶えず笑っていて、そんなあなたの笑う顔は見ていて、とても安心できた。

 なのに、その顔には今、感情らしきものは何も浮かんでいない。冷たい。ただ冷たかった。


「黙れと言っているッ!! これは命令だ!」


 張り裂けんばかりの怒号。あなたは一度として声を荒げて怒鳴ったことはなかった。いつも優しく諭してくれた。歳が同じなのに、そんな大人のような振る舞いが出来るところを尊敬していた。なのに、


 あなたの怒鳴り声が耳から離れない。嘘だ。止めてくれ。こんなこと……あなたらしくない。そんな言葉、あなたの口から聞きたくない。いつもように、微笑んでいてくれ。今のあなたは、まるであなたの顔の皮を被っただけの別人のようではないか。


「――お前はただ言われた通り従っていればいい! 下らんことにかまけている暇はお前にはないんだ!」


 ……ああ、そうか。あなたはもう兄ではないのだ。あの人は、何処かへ行ってしまった。悲しいが、きっとそうに違いなのだろう。それならば──


「いいか、スヴェン。黙って従え。お前は人形だ。お前の存在意義はそれだけだ。それ以外の道を歩めると思うなよ。理解できたなら――」


 ──この目の前にいるあなたは誰だ?


「――絶対に俺を裏切るな」

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