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破砕機という工業機械がある。
それは廃棄する金属や木材等を粉々に砕く為の装置だ、何本もの頑丈な歯のついたローラーが回転し挟み込み千切りとり、錆びて使えなくなったドラム缶や岩を砂利に加工する時等に使われる、大きな物では自動車を1台丸々破砕出来る物もある。
件の倉庫から離れた処に港がありそこに漁船や遊覧船等が停泊している。
海岸はきれいに整備されフラットな護岸が築かれている。海との境界から5メートル程離れた岸にずらりと建物が並んでいて、主に漁師達が道具を置いたり整備用の工具なんかを置いているが、その外れの方にロミオ達のCampo di fiori清掃社の事務所はあった。
2階がロミオ達従業員の待機する詰所になるが、ケイはそこで暮らしている。
1階にはバンを止めるスペースと洗剤等掃除用具を置くスチール棚が据えられていて、全体の面積から見るとその3分の1程を占めている。
ロミオとケイは一先ずシャッター降ろし掃除用具を棚に並べた。
夜の港は静かな物で、灯りにも乏しいからこんな所をうろついてる者も滅多に居ない。
だが、暗い中夜釣りを楽しむような者も居ないでも無いので用心に越したことは無い。いくらファミリーの子飼いとは言えトカゲの尻尾のようなものだ、死体を見られてしまっては手が後ろに回る事になるだろう。
二人は死体袋を担ぎ上げ慎重に運ぶ、ケイが前ロミオが後ろになりスチール棚を迂回し反対側へ、1階の残り3分の2の方に進んでいく。金属で出来た細い階段を苦労して登り最上段に辿り着く、そこに一度死体袋を置いた。
最上段を囲う柵は一部が開くように出来ており、それを開くと安全装置が働きこの下に見える機械を動かすことは出来ない。動かないと解っていても恐怖心は拭えない、何時見ても何度見ても凶悪な姿をしていた。ロミオはごくりと喉を鳴らす。まるで腹を空かせた悪魔が大口を開けて早く早くと餌を待ち構えているかのようだった。
ファスナーを下ろし中の荷物を引きずり出す。冷たくてぶよぶよとしたソレを二人は両側から抱え悪魔の口に放り込んだ。
「・・・ふう」
ロミオが額を濡らす汗を拭うとケイは開いた柵を閉め言った。
「後は俺がやるよ」
いつもこの仕事の最後はケイが買って出てくれる。正直この作業は何時まで経っても慣れることが出来ない。
「悪いな・・・じゃ、外見張ってるから・・・」
「ああ」
空になった死体袋を拾い上げよろよろと階段を下りる、途中のゴミ箱にそれを投げ入れシャッターの横の通用口から外に出た。なるべくなら出来るだけ遠くへ離れたいが見張りというのも実際必要な仕事なので、あまり離れるわけにもいかない。扉を潜りそのまま真っ直ぐ護岸と海との境界まで進み潮騒をバックにしゃがみこむ。
なるべく何も聞こえないように、聞かないで済むように頭の中でどうでも良いような事を考える、何でも良い、とにかく何か考える事に集中して聴覚を忘れてしまえればそれで良い。
ああ、そうだ今夜は久しぶりにマリアの店にでも行こうか。たまにはあの二重顎を拝んどかないと、忘れた頃にあれを見ちまうと脇腹痛くなって息も出来ないほど笑っちまうもんな。そうなったら焼きごてみたいにカンカンに怒っちまうしな。
ケイが起動電源を入れた。地の底から響くような悪魔の唸り声が聞こえた。少しずつ回転を上げまるで地獄の蓋が開いたかのようだ。
こないだ呑んだアレ、なんて言ったっけな?オークの香りが鼻に抜けて旨かったな。まあ、マリアに聞きゃあすぐわかるか・・・。どのみち呑んでる内に味なんてわかんなくなるけどな。
誤作動防止用のカバーを開け始動ボタンを押した。
悪魔の口が動き全てを咀嚼し飲み込んでいく。
ばきばき。ごりごり。
聞きたくない。聞きたくない。
聞こえたら想像してしまう。
ものの数秒で平らげてしまい、悪魔は真っ赤なよだれを流しながらその動きを止めた。
知らずに耳を塞いでいた、涙も流れていた。逃げ出してしまいたかった。でもそれは出来ない、腰も砕けているし何より逃げ出してしまえば遠からず自分もあの悪魔に食われて粉々になってしまう。
シャッターの向こうの大人しくなった悪魔を見つめた。
ロミオが死体を投げ落としたその先には、破砕機が据えられていた。
30分程経っただろうか、ケイがバケツを2つ携えてロミオの元にやってきた。
その頃には涙も鼻水も拭い少しは落ち着いていた。
一人の人間がたったこれだけになっちまうのか。そう思いながらバケツを見るが中身は視界に入らないように努める。
一つを受け取り海に向けて撒いた。夜で良かった、太陽の下ではとても出来たものじゃない。
破砕機により砕かれた死体の血や体液はそのまま下水道に流され今頃ねずみの餌になっているだろう、残ったミンチは今こうして海に投棄しこれも魚や海老の餌となるだろう。これで人ひとりがこの世から完全に消え去った。
それを、自分の手でやり遂げたのだ。
これが自分の仕事なのだと、どう言い聞かせても割り切ることなど到底出来ない。
空になったバケツを手にケイは事務所に戻っていく。
「ロミオ。今日はもういいよ。所長には言っとくから」
その言葉を聞きふらりと街へ向かう、とにかくここから離れたかった。離れて人ごみと喧騒に紛れ生きている人間の傍で過ごしたかった。
マリアでも良い、店の子でも良い。その温もりに触れたかった。
港から立ち去るロミオを惜しむように、小魚達がぱしゃぱしゃと跳ね回っていた。