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「あ。お疲れさまでーっす」
倉庫前に見張り役の男が二人立っていた。バンの荷台から道具を降ろし出来るだけ愛想を振りまきながら声をかけた。ファミリーの人間には波風を立てないように下手に出て接する、これがこの仕事に就いてからの経験に基づく処世術だ。
男は煙草を指ではじきニヤついた笑みを浮かべロミオに話しかける。
「よお、ロミオ。待ってたぜ。」
見知っている顔だ。この仕事をやり始めたばかりの頃、態度が気に入らないと締め上げられた事がある。その事を思い出しながら極力意識して口角を持ち上げ笑っている顔を作り上げる、またいらぬ難癖を付けられてはたまった物じゃない。
「あー、はは・・・。すんませんお待たせしちまって。すぐ始めます」
下手に出るといってもこの程度だ、ロミオには丁寧な言葉遣いなど出来やしない。その代わりにと言ってはなんだが、眉根を下げたり首を傾げる等して精一杯「申し訳ないと思っている」ポーズをとる事で悪印象を与えないようには努力している。
それに到着するまでに特段時間が掛かった訳でもない。法定速度など無視してアクセルを踏み込んで飛ばしてきたのだから、時間的には早い方だろう。
そうやってご機嫌とりをしている横をブラシとバケツを携えたケイが一人すたすたと倉庫の中に入って行ってしまう。ファミリーに関わって永いのか挨拶も無しに素通りしても誰もとがめる者はいない。何故自分ばかりちょこちょこ小突かれなければならないのか納得のいかないロミオだが、この時ばかりは感謝する。この見張りの男に尻尾を振り続けるのも楽しんでやっているわけでもない、チャンスとばかりにケイの後についてゆき「あ、コッチですか?失礼しますね」と嘘で貼り付けた笑顔でやりすごす。
倉庫の中には何に使われていたのかわからないが古い据付の機械が鎮座していたり、当時工員達が手にしていたと思われる道具類がそこかしこに点在していた。もう今では埃を被り久しく使用されたそぶりは無さそうだ。
その一角に対象は有った。全裸で椅子に座りうなだれている。
もちろんそれはさっきまでは生きていた人間なのだから「有った」というよりは「居た」と言うのが正しいだろう。しかし、ロミオにとって掃除の対象である彼は元々人間だったと接するより、片付けなくてはならないゴミとして扱ったほうが良い、物として扱った方が良い。何故ならソレに特別な感情をいちいち抱いていてはとてもこの仕事を続けられないからだ。例えこの仕事に嫌気が差してどこかへ逃げ出したとしても、一度ファミリーの傘下に入った者がまともに生きていけるものじゃない。すぐに見つかりあの彼と同じ運命を辿ることは間違いない。ファミリーと関わるという事はそういう事だ。
それに、この後の事を考えるとやはりソレはゴミとして捉えるべきだろう。余計な事を思うとまた胃がひっくり返る事になる。
ケイはソレを軽く見やるとすぐ目隠しを外し、腕を拘束しているベルトを外した。支えを失いそのまま床に崩れ落ちる、まだ死後硬直も始まっていない程新鮮なようだった。
「ロミオ」
ケイはロミオを呼び、自らはバケツの中に入れておいた黒い袋を取り出しそれを死体の横に敷いた。
ロミオが近づき袋のファスナーを下げると、傍らに眠る男の顔が目に入る。眉間に黒い穴が空いている。見なければ良かった。
「この人何やったらこんな事になっちゃうんだよ・・・」
思わず声にしてしまったが、その理由なんて知りたくも無かった。聞けば、必ず後悔する。少し離れた柱に寄りかかり煙草をくわえていた見張りの男が耳聡く聞きつけ楽しそうに返す。
「そいつはな、少しオイタが過ぎちまったんだよ」
「お前も気をつけな。そうなりたくなけりゃな」
へらへら笑いながら言うが、ロミオだって人生の幕引きをこのような形で締めたくは無い。「ははは・・・」なんて愛想笑いをしてみるが、もし何かの拍子に自分がこうなってしまったとしてもこの男達は同じようにへらへら笑っているんだろうな。そう思うと寒気がした。
「せーの」
ケイが頭側ロミオが足側を抱え袋の中に詰める。ファスナーを閉めるともう一度二人で抱え上げ、隅の方に一旦運び降ろす。
倉庫に備え付けられた水道からホースを引っ張り飛び散った色々なものを洗い流し、道具と死体袋をバンに積み込む。
証拠隠滅とは言ってもこの程度のことだ。だが例えばもし近所の怖いもの知らずの悪ガキが入り込み、肉片や血痕を見て騒ぎになってしまっては面倒だ。火消しをするのは簡単だが、ファミリーとしても無駄な労力を費やすのは避けたい。むしろ現場の清掃はこの程度で済むので楽な方だ、問題はバンに積まれたあの大きな袋の中身の方に有る。下手に処理すると問題になってしまいかねない。それこそ徹底的に隠滅を謀らねばならない。
バンのリアハッチを閉め見張りの男たちに作業の終了を告げる。
「おう、ご苦労だったな」
男は財布から紙幣を取り出しそれをロミオに渡す。これは給料とは別の言わば小遣いのような物だが、ロミオにとっては有難いような迷惑なような複雑な収入だ。実際所持金が増えるのは嬉しいが、口封じの為の金銭でありこの金で今見たことは忘れろと脅されているのと変わらない。脅されなくても誰かに言うつもりは毛頭無いが、犯罪に加担しているという事が否が応にも突きつけられる。
「ああ、いつもすんません」
結局受け取るのだが。
バンに乗り込み帰途に着く。事務所の方へ頭を向ける。荷物はそこで処理するのだ。
途中でケイに小遣いを半分渡そうとするが「いや、要らない。お前が貰ったんだ、好きに使えばいい」といつも断られる。
ロミオからすればこの言いがたい罪悪感のようなものを、共有するというか半分に減らしたいというか、そういう心算で出来れば受け取って欲しいのだがケイは頑なに受け取らない。だからいつもその金で泥酔するまで呑み、ぱっと使い切るようにしている。
「はぁ・・・」
軽くため息をつくが、重苦しい気分は少しも晴れない。
一人分の荷物が増えたバンはそれでも軽快にタイヤを軋ませながら走って行った。
次は軽めのグロ注意で。