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 地中海に面したこの小さな街は漁業が盛んで男たちは小さな船で漁に出る。海老や烏賊、少し沖に出ると多様な魚が獲れ、漁港の近くには市場もあり活気に溢れている。露店ではやはり半分ほどが魚介を扱い日々の食事もシーフードが中心だ。

街全体が軽い傾斜に建ち低い山に囲まれている。頂からこの街の全体を俯瞰で臨む事ができ、恋人たちの定番デートコースとなっている。

 そんな情緒に溢れた穏やかな街、そう見えるのは表の顔だ。この街を牛耳っているのはボルケーゼファミリーと言うマフィアで政治も警察もその支配下にある。ここに住む者は誰一人としてドン・ボルケーゼに逆らう事など出来ない。裏ではファミリーが全てを執り仕切り、意に沿わない者は早晩姿を消す事になる。勿論穏やかでは無い方法で。

港の外れ、フェンスに囲まれた倉庫街が有る。ここは常にファミリーの監視下に置かれ近づく者は居ない。もしそこで人影を見たならそれはファミリーの一員か自殺志願者くらいのものだろう。

その煉瓦造りの倉庫の一つに灯りが燈っている。高い天井から吊るされた小さな裸電球がゆらゆらと揺れながら頼りなく辺りを照らしている。スーツ姿の男達が光に群れる蛾の如く電球の傍で煙草を燻らせていた。

「ああ、カルロ。お前がこんなに馬鹿だったとはな」

カルロ。そう呼ばれた男はびくりと身動ぎした。だが、そう大して動けた訳ではない。せいぜい怯えた子猫と変わらない程度だ。

このカルロ、この街でしてはならない事をしでかした。ファミリーに断り無く商売をしてしまった。当然、人に誉められる様な商売ではない。上納金を納める事を嫌い売り上げ全てをポケットに入れるために秘密裏に行動した、そこそこの金額を手にしただろう。だからこんな事になる、こんな様になる。

首元を飾っていた洒落たネクタイは目に巻かれ、今朝シャワーを浴びた後暫く悩んで選んだトランクスは口にねじ込まれ、ゴツいバックルの付いたお気に入りのベルトは腕にきつく食い込んでいる。彼は今全裸で椅子に括り付けられていた。

倉庫の壁の向こう側、護岸に打ちつける波の音が聞こえている、この音が彼の生涯で耳にした最後から2番目の音になる。その小波が痛めつけられた身体に痛覚を蘇らせる、もう涙もうめき声すらも出せない。

妻と娘を思い出していた。明日は3人でピクニックをしよう。あの山の中腹の開けた野原で、娘と飼い犬のペーターが楽しそうに走り回るのを、妻の作ったサンドウィッチを白ワインで流し込みながら、笑って眺めるんだ。そして・・・。

こめかみにごり、と硬い感触。

「さよならだぜカルロ。お前は良い奴だったよ。変な気さえ起こさなけりゃな」

ざざ、ざざ。波の音が耳を撫でる。まるで聖歌のようだ。その天使の歌声の中に一瞬だけ、ぱん。という乾いた音が響いた。



 ロミオはバンを走らせていた、仕事の依頼だ。Campo di fiori清掃社これが彼の勤め先。犬小屋から教会までを合言葉に活動する町の掃除屋だ。とは言え仕事の依頼はそう多くない、彼らに仕事を任せるのは最近越して来た新参者か或いはオツムの螺子の取れかかった呆け老人くらいなものだろう。かつての客だった者から言わせれば、そこいらを走り回ってるガキにチョコをちらつかせて掃除させた方が幾らかマシ。そんな低評価を頂戴した。

それも無理は無い。彼らはこの街同様に裏の顔を持つ。表向きは掃除屋の看板を掲げているから稀に表の依頼も来てしまうが、その実裏では掃除屋をしている・・・当然ただの掃除屋では無い、特殊清掃の方の掃除屋だ。主に死体の処理と痕跡の隠滅を生業としている。それこそが本業で、犬小屋やトイレやキッチン等の清掃はあくまでも彼らの本分ではないのだから。

隠滅。そう言うからには公的な企業などでは決して無い。ファミリーの一部門として存在し、しかし正規の構成員ではないので民間企業のフリをしている。要するに体の良い小間遣いの様な物だが真面目に働くよりは身入りが良い。

ファミリーの一員として従事することも出来ず、かと言って勉学に勤しんだ訳でもないロミオにとっては真面目に働く事も出来ずにこのチンピラ稼業位しか就く事が出来なかった。初めて現場に赴いた時は腰を抜かして胃の中身が空になっても裏返るまで吐いたものだが、今ではこんな事にでも慣れてしまうものなのか少なからず戻してしまうことは無くなった。

それは彼の同僚による影響が大きい。

ケイ。

初めて会ったときそう名乗っただけで軽く握手を交わした。

お面が張り付いたような無表情、心の読めない静かな眼差しで、冷静で無口。そして多分東洋人。

仕事が無い日は事務所のソファで物音も立てず文庫本を読んでいる様な者静かな男だ。ロミオから話しかけない限り殆ど会話は発生しない。が、受け答えが出来ない訳ではなく質問には簡潔な答えが返ってくるし、取るに足らない世間話もする。ただ会話の発生源が常にロミオ側からというだけの事だ。

ケイはロミオより何年も先にこの仕事を始めたようで、どんなに凄惨な現場であろうとも顔色一つ変えず黙々と処理していった。ロミオが昼飯と再開して突っ伏している時も、腰を抜かしてパンツに新しい染みを作っている時も、何も言わず粛々と片付け洗い流していった。

そんなケイを見ていたからロミオも少しづつではあるがこなせるようになれたのだろう。


 信号が赤に変わりロミオはバンを停止させる。付けっぱなしのカーラジオからロックバンドの曲が流れる。

「お、懐かしいな。ケイ、この曲知ってるか?」

サイドシートでひじを衝き流れる町並みを眺めていたケイは音割れのひどいスピーカーに耳を傾ける。

「・・・ああ、何年か前に流行ってたな」

カーラジオのボリュームノブを捻り音量を上げながらロミオは言う。

「これさ、俺がまだ童貞だった時に流行ったんだよ。そん時好きな女が居てさ、これ歌って一発キメてやろうって思ったんだけど、はは・・・見事にフラレちまったんだよ」

ケイはロミオの話を聞き少し微笑んでみせる。

「卒業したのはまだ随分後さ。あー、あの子なんて名前だったかな・・・?リタ?いや違うな・・・」

信号は青になりバンは乱暴に加速していく。この日の依頼は特殊清掃の方だ、港の倉庫。通いなれた現場である。

この噛み合っている様なそうでも無い様な二人は夜の街を駆け抜けていく。これから行う作業の事を頭から追い出すようにロミオは喋り続けた。ケイは相槌を打つ。バンの揺れに合わせて荷台のデッキブラシがかたりかたりと音をたてていた。

ハロワ行かなきゃ・・・。

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