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閑話 召喚勇者とあんだーどっぐ



「えっと……ここは?」


 思わず戸惑いの声が零れてしまうのも無理はないだろう。

 落ち着いた色調の店内を見渡すと、女子グループやカップルを始め、ママ友だと思われる子供を抱いたグループや家族連れなどで賑わいを見せていた。

 そして目の前では普段よりも装飾の抑えられた衣服を身に纏った姫様が、年相応に嬉しそうな表情を浮かべ、ケーキを口へと運んでいる。

 時刻は午後のティータイム。

 場所はそれなりに繁盛しているであろうカフェの店内。

 そう、何もおかしい光景ではない。


 夜に俺の部屋を訪れ、お忍びで城を抜け出したいなどと言い出すあたり、ちょっと背伸びしてナイトクラブや小洒落たバーにでも行きたいのかと思った。

 厄介な連中に絡まれるのは勘弁だが、どうもそうではなかったようだ。

 意外と可愛いところがあるじゃないかと微笑ましく思う。

 そう、ここが姫様──いやもう小娘でいいか──の国=エルドラード王国と、長年敵対関係にあるというヴァレンティア帝国。その帝都に存在する店舗でなければ。


 昨夜、保身のため嫌々だが小娘に同行する事となった俺は、早く休ませろよと内心悪態を吐きながらも城を抜け出した。

 高い城壁も小娘が使用する身体強化の魔法でひとっ飛びなのはいいが、何故この俺がわざわざ小娘を抱き抱えてやらなきゃならない。

 これが本当のリアルお姫様だっこだと?

 うっせぇぞ。

 で、小娘の指示されるままに向かった先に存在していたのが竜籠。ほら、アレだ。竜に運ばせる馬車みたいな乗り物。ザ・ファンタジーな乗り物を目にしてテンション上がるどころか、長距離移動が確定したようなものなので激萎え。

 この時、すでに嫌な予感はしていたが、今さら引き返すわけにもいかず、空の旅へとテイクオフ。

 明け方には敵国領内へと入り、貿易品の集積所のような施設で協力者──どう見ても駒の一つに過ぎないであろう──と対面した後、昼には晴れて敵国の中心である帝都クルキセスへと辿り着いたのだった。


 いやいや、護衛もないどころか誰に告げることなく、まるで親に内緒で遠出する子供のような感覚で、敵国の中心を訪れる大国のナンバー2。

 その身に何かあれば国家を揺るがす外交問題に発展する事は火を見るよりも明らか。だというに面倒事に巻き込まれる可能性は場末のナイトクラブどころの比ではないだろう。


「このお店、喫茶フェアリーテールは最近クルキセスで人気急上昇のスイーツショップなんですよ。リーズナブルな価格設定でありながら、舌の肥えた貴族をも唸らせると大評判。本日の本命ではありませんが、ヴァレンティアを訪れた際には一度来店してみたいと思っていたんです。

 ただ凄く可愛いと聞いた看板娘さんにもお会いしてみたかったのですけど、どうやら既に辞めてしまっているようですね、残念。

 ですが本当に美味しい。できればエルドラードにもぜひ出店して欲しいぐらいです。

 ほら、セイト様も召し上がって下さい」


 ああ、はしゃぐ小娘の顔面に拳を叩き付けたい。俺は男女平等主義者だからな。自分以外の有象無象など家畜も同然。

 しかしこの小娘、現状を正しく理解できているのか?

 今俺がピリついているのは何もここが敵国だからという理由だけではなかった。


 脇を通り過ぎていくウエイトレス。セルフではない飲食店で店員が料理を運ぶ姿は、例え異世界と言えど当たり前のように見受けられる光景だ。

 ただしそこには普通の店員であればという文言がプラスされる。

 ファンタジー系異世界の代名詞である魔法、そして冒険者を束ねるギルドもまた存在している以上、飲食店の店員が多かれ少なかれ戦闘能力を保有していても珍しくはないだろう。

 国によっては一般家庭にまで魔法技術は浸透し、また生活費を稼ぐために冒険者がアルバイトをすることだって考えられる。


 だがこの店の店員達はそんなレベルの話ではなく、店内に足を踏み入れた瞬間から生存本能が警鐘を鳴らし、背筋に冷たいものを感じていた。

 一人一人が王国最強の近衛騎士(笑)と呼ばれているあの女騎士に匹敵する戦闘能力を保持しているように感じる。

 何故そんな事が分かる理由は知らない、大方勇者召喚かなにかのチート特典なのだろう。

 さらに最もヤバイのが、カウンターの奥に見える厨房で腕を振るう強面の男。たぶん店主だと思うが、アレは桁が違う。強いとか弱いとかの問題じゃなく、ヤバイとしか言えない存在だ。


 どうして他の連中はこんな魔境のような店で平然としていられる?

 おい、小娘。お前は気付いているのか?

 気付いた上で強者の余裕を見せているんだよな?


「セイト様、どうかしましたか? そのような怖い顔をして」


「いえ、あまりの美味しさに考え事を。どうすればこの味を再現できるかと」


「まあ、素晴らしいです」


 お前、まさか頭パーリーピーポーなの? え、死ぬの?

 いやここは下手に動くと藪蛇の可能性が高い。

 君子危うきに近付かず、触らぬ神に祟りなしだ。

 最悪の場合、この小娘を生贄に捧げよう。

 血筋を重んじる典型的な貴族国家の王族なんだから多少の価値があるだろう。

 取り敢えず早く店から出たいんだけど、まだかよ?






 日が傾き、夜の帳が降りようとしている時間帯。

 無事に魔境から脱した俺は街の外れ、スラムに程近い場所にある、如何にも胡散臭い酒場に居た。

 店内には既に安酒を求めてゴロツキ達が集まってきている。

 どうもこの場所が小娘の本命らしい。

 治安が悪く、薄汚れた掃き溜めのような店だが、さっきまで居た魔境と比べたら天国。

 酒注文していい?


 近寄ってきた店員の一人が小娘に何やら耳打ちすると店の奥へと通される。

 汚い店だが個室スペースも完備しているようだ。

 さらにその奥にあった隠し扉の先、まるで貴族屋敷の一室を移築しましたと言わんばかりの部屋が現れる。


「やあ、よく来てくれたね────」


 そこで待っていたのは鎧姿の護衛達を従えた貴族風の優男。

 柔らかそうな金髪に、人当たりの良さそうな──それなりに──整った顔立ち。身に纏うのは当然豪奢な貴族服。しかもマントまで決めている。

 一目みて「うわぁキザっぽい、吐きそう」と思った優男が、芝居がかった動きで腕を大きく広げながら小娘を出迎える。

 そして次の瞬間には全身を無数の氷槍に貫かれて絶命した。出オチ乙。


「下種が、誰に口を利いているのか理解していますか?」


 周囲が凍えつくほど冷たい眼差しと声音。

 例えドMでも漏らすほどにガチな殺意。

 主人が殺されたっていうのに護衛は誰も動けない。

 ひゅー、やってくれるね。

 で、ここからどうすんのさ?


 僅かな静寂の後、室内にパチパチと手を叩く男が響く。


「無詠唱、即時発動でこれほどの威力とは。さすがは魔導王と同じ血を引くリュドミラ・アルカディオス王妹殿下にあらせられる」


 そう言って護衛と思われていた騎士の一人がフルフェイスの兜を脱ぎ捨てる。

 当然のように兜の下から現れたのは、今まさに絶命したばかりの優男の顔だった。


「不躾な真似をしてすまないね。残念な事に君とは違い暗殺者の影に怯える非才の身、許してくれると助かるよ」


 乱れた髪を整えながら、悪びれた様子もなく宣う優男。

 あ~あ、これはミラちゃん激おこだね。


「こうして直接会うのは初めてだね。改めて自己紹介しよう。私はヴァレンティア帝国第三皇子=キリア・ゼオニス・ヴァレンティア。共に兄妹殺しを企む者同士、仲良くしようじゃないか」


 下卑た笑みを微笑みで覆い隠し、優男は手を差し出してくる。

 対する小娘もまた微笑みで本心を隠して手を取った。

 めっちゃ我慢している事だろう。帰ったら手を殺菌消毒するどころか、一度切り落として生やすぐらいする勢いで。だって気持ち悪いし。もし可能なら俺はそうするね。

 今にもその小さな背中から「下等存在と同士だとか冗談でも笑えない。反吐が出ます」なんて心の声が聞こえてきそうだ。

 敵国の皇子じゃなかったら絶対綺麗な死に方は出来なかったに違いない。


「ええ、よろしくお願いしました、キリア殿下」


 ん? 小娘の言葉に違和感を感じたのが早いか、部屋中が氷の世界に閉ざされる。

 うん、あれだ。前言撤回。相手が敵国の皇子だとか関係なかったな、うん。

 って、おい。良いのかよ?


「あの……これ、良いんですか?」


 いや、優男が死んだ事はどうでも良いが、さすがにこの状況はまずいんじゃないか?

 もちろん俺の身に降りかかるであろう厄介的に。


「構いません。少しは駒として使えるかと接触に応じてみたのですが時間の無駄だったようです。

 何やらすでに動いていたようですし、どのみち私が手を下さなくとも遅かれ早かれ死は免れなかったでしょうから」


 取り出したハンカチで手を拭いながら、特に気にも留めることなく平然と告げてくる。

 何というか、さすが貴族国家のナンバー2。人を人として見ていない。

 まったく恐れ入るね。少しは見直したぞ、僅かながら評価を上方修正してやろうじゃないか。


 ま、俺から見ても、この優男は絶対に噛ませ犬だと思ったけどさ。

 実際は噛ませ犬にすらならなかったけど。

 ほんと何しにここまでやって来たんだか。


「さぁ、セイト様。せっかくこんな場所まで来たのですから、ディナーぐらい豪勢にしましょう。もちろんリクエストがあれば遠慮無く仰って下さいね」


 はいはい、家に帰るまでが遠足だ。ちゃんとお供しますよ。

 取り敢えず肉だ、肉を食わせろ。あんな胃に悪い茶店のケーキじゃ腹なんて膨れないかたな。

 に~く、にくっと!






     ◇






「ふっふふん、ふっふん~♪」


 黒き森の奥、上機嫌に尻尾を揺らしながら歩む巨大な白き獣。

 そう、アタイのことさ。

 あたいの名前は使い魔序列七位のリル。ご主人が付けてくれた大切な名前だ。

 アタイがご主人と出会ったのは、まだ産まれて間もない頃でさ。ご主人がいうには育児放棄だかねぐれくとだかで、親からも一族からも捨てられていたらしい。

 ま、自分が他の一族と違うってことは気付いていたさ。

 アタイの一族は黒の森に住むシャドウウルフって呼ばれている。暗い森の中で生き抜くために──保護色って言ったか──その名の通り全身を黒い毛で覆っているからね。

 ところどっこい、見ても分かる通り、アタイの毛は真っ白け。あるびのってのらしいんだけど、それが原因で捨てられたらしい。

 白くちゃ目立って碌に狩りもできないから当然と言えば当然だな、うん。アタイとしても一族のみんなの足枷になりたくないし、文句はないよ。自然ってのはそういうもんだし仕方が無い。

 でもアタイは運が良かったんだ。むしろ捨てられたことに感謝すらしている。

 なんたってそのおかげご主人に拾ってもらえたし、さらには使い魔契約まで結んで貰えた。

 野垂れ死ぬしかなかったアタイが、今じゃ黒の森の支配者側に立ってんだからさ。もう大出世だよ。


 っと、随分と話が逸れたね。

 何がそんなに嬉しいのかって?

 そりゃアンタ、散歩を兼ねて森の中を見回ってたら、久しぶりに人間オモチャが沢山入って来てるじゃないさ。ご主人が定めたせーふてぃえりあを抜けた人間で遊ぶのは許可され、むしろアタイ達使い魔の間じゃ推奨されている。

 なら遊ぶのは必然じゃないか。狩猟本能を呼び起こし、すぐに殺さない程度に追いかけっこさ。

 たまにじゃれついて手足を千切っちゃうのはご愛嬌。体格差があるから仕方ない。

 ああ、でも人間を食べたりなんかしないよ?

 落ちてるモノを拾い食いなんかしたら、行儀が悪いってご主人に怒られちまう。


 でもさ、今回の人間はたいしたことなかったね。

 すぐに逃げるのを諦めちゃう。もっとも最後まで抗おうとする人間なんて本当に稀有なんだけど。

 せーふてぃえりあまで逃げられたら、アタイとしては逃がしてやるつもりなんだけどさ。もちろん他の連中が見逃すかどうかなんて知らないけどね。


 丁度最後に残った人間がナイフで自分の喉を掻き切った直後のことさ。

 今までのとは比べられない強者の気配が近くに現れたから、さあ大変だ。本能的に唸ちゃう。これはアタイも本気出さなきゃならないと思ったのさ。

 だけどその必要はなかった。

 だってこの匂いは知っている匂いだからさ。


「わんころ、無事かえ」


「ギチギチ」


 警戒を解いたアタイにそう声を掛けてくるのは、同じく強者の気配を感じ取った僚友が二人。


 九本も尻尾を生やした化け狐、使い魔序列二位のよーこさん。

 序列と言っても強さや寵愛の深さによって決められたモノではなく、単にご主人の使い魔となった順番なだけさ。なのにこの化け狐、アタイに対してやたら上から目線で接してくる嫌なやつだ。

 アタイがご主人にもうふもふされていたら、その無駄に数ある尻尾でご主人を誘惑しやがる。おかげでアタイのもふられタイムが短くなる。ああ、もっともふられたい、もふられ倒されたい。ああ、考えただけでもおしっこ漏れそうさね。


 そしてもう一人が人型甲殻生命体、ご主人風に言うならリアル変身仮面ヒーローな使い魔序列六位のクレス。

 こいつは悪い奴じゃない。意外と礼儀正しいし、普段は穏やかな性格をしている。目が紅くなったやたら攻撃的になるけど。

 ただいつもギチギチ言ってて正直気持ち悪い。近くで見るのも厳しい。ご主人曰く「リアルにし過ぎた、子供が泣く」らしい。


 そんなアタイ達の前で空間が裂け、その隙間から一人の人間が歩みでる。

 咄嗟に身構えるよーこさんとクレス。

 いや、大丈夫さ。アンタ達も知ってるやつさね。


「ご無沙汰しております、よーこさんさん、クレスさん、リルさん」


 蒼銀の髪が特徴的な男が恭しく頭を下げる。


「なんや、あんさんかいな、カイン坊。いややわぁ、そない畏まらんでもええ。うち等の仲やろ」


「ギチギチ」


「ありがとうございます」


「それで今日はどないしたん?」


「少しばかりやんちゃな今生の妹が反抗期でして、善からぬ輩と連み、もしかしたら皆さんにご迷惑をおかけしてないかと心配になった次第です」


 どこか申し訳なさそうに告げるカイン。


「大変やなぁ、カイン坊も。せやけどかまへんかまへん。そん時はただこの森のルール、延いては主様のご意思に沿ってのみ動くだけのことや。なぁ、クレスにわんころ?」


「ギチギチ」


「わん!」


「ふふっ、ほらな。それよりせっかく来たんや、今日は主様に顔見せていくかえ?」


「いえ、突然訪問してはそれこそ迷惑になりかねません。日を改めて出直します、では」


 黒き森の奥深く、光学迷彩と認識阻害結界によって姿を隠した白き巨塔が聳える方角を一瞥し、カインは空間の裂け目へと戻っていった。


「せて、うち等も帰りましょか。わんころ、あんさはあんじょうかたしぃや」


「ぐるるっ」


 だからアンタはひと言余計なのさ、いつも。






     ◇






 一方その頃、彼等の契約者というと────


「神はサイコロを振らない」


 張り詰めた空気に支配された空間に放たれる幼い声。


「だから代わりに私が振ろう。この一撃をもって全て終わらせる」


 賽は投げられた。

 放たれた一撃。

 その瞬間、運命のサイコロが回り始める。

 もう後に引くことはできない。

 終幕の刻。

 果たして勝利の女神は彼女に微笑みかけてくれるのか?


 静寂に包まれ、訪れる沈黙。

 誰もが固唾を飲んでサイコロの行方を目で追った。

 そして────


「ふふっ」


 零れ落ちた笑い声。


「フハハハッ! どうだい、見たか、これが私の力だ。チェックメイト!」


 彼女は高らかに自らの勝利を宣言する。


 交差する感情。

 放たれる叫び。

 流される涙。


 だが無情にも世界は彼女の勝利を祝福する。




【おめでとう! アイナ提督! 惑星民たちは大歓迎ですぞ!】




 えっと……何やってるの?



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