第64話 ハイパーヒーロー
「何で居るの?」
「ッ、今さらそれは酷いよぉ~!」
朝起きてリビングへ向かい、そこに居た駄女神ことエルルゥに対し、抱いた疑問を素直に口にしたら何故か怒鳴られた。
いや、寝起きで低下中の思考故の疑問であり、時間の経過と共に正常な稼働を始めれば、自ずと答えは出てくるよ?
別に健忘症だか認知症だかを患ったわけではなく、単に寝ぼけていただけだと釈明しておこう。ほら、私が朝弱いのは前にも言ったはずだしさ。
「まさかアイナん、一週間前のこと忘れたなんて言わないよねッ!? あんな激しい……にゅふふ。……あぁ、でももし忘れたなんて言われたら……」
怒気を露わにしたと思ったら照れ笑いを浮かべて、さらには愕然とした様子でオロオロする情緒不安なエルルゥ。何だろう、大丈夫かな? 体調が悪いのはエルルゥの方なんじゃ……。
「いやいや、もちろん憶えているよ。忘れるはずがないじゃないか」
その気になれば三年前の今日の晩ごはんだって思い出せる私が、たかだか一週間前の出来事を忘れるわけがない。当然忘れたい過去は二度と浮かび上がってこないように速攻で厳重に封印して、記憶の奥底に沈めるけどね。
え、だからお前は反省することなく同じ過ちを繰り返すんだろうって?
失敬だね、私だってちゃんと反省ぐらいするに決まっているじゃないか、まったく。
私は──というか実行犯はディアーナだけど──エルルゥの家を消し飛ばした。それはもう物の見事に跡形もなく、星をも砕かんがばかりに綺麗さっぱりと。
結果、住処を失ったエルルゥは晴れて住所不定の無職へとランクアップを果たしたのでしたとさ、めでたしめでたし。
……うん、分かっているよ。自分で言っておいてなんだけど全然めでたくはないね。
結局その場は突如として顕現した星の意思と、その使徒である巨竜ゼオラの介入もあり、事態はうやむやのまま我が家で開催されたお疲れ様会なる食事会をもって無事に収束。その過程でエルルゥが一時我が家で暮らすことが正式に決定された。
それが一週間前の話である。
まあ、エルルゥの次の住処が見付かるまで──私としては四天王の一人として魔王城を強く推すところだけど──我が家に滞在する事は私自身が認めたことだ。
最大の懸念材料であったディアーナだが、何故かその時席を外していた為、これと言った混乱もなくスムーズに話すが進んだよ。一体彼女の身に何があったんだろうか? 本当に不思議だね。私には思い当たる節がまるでないけど……ホントダヨ?
自分の居ないところで既に話が纏まっていることを知ったディアーナは、仕方なく渋々といった感じに受け入れた。
いろんな意味で規格外に定評のあるディアーナも、さすがに相手が格上の存在だと理解し、渋々でも折れざるを得なかったのだろう。派閥案件だとか何だとかよく分からない事を呟いていたけど。
いや、もしかしたら私の意を察し、即座に魔王城内での派閥争いにまで考えを巡らせたのかも知れない。外ではできる女、魔王の優秀な副官ポジを演じているだけのことはある。出来れば私の前でもそうあって欲しいんだけどね。
「うんうん、だよね、だよね!」
私の言葉にエルルゥはどこかホッとした様子で、パアァッと効果音が付きそうなほどの笑みを浮かべる。
まさか私が本当に忘れていて、すぐに追い出されるとでも考えたのだろうか。私だってそこまで薄情じゃないよ。
「ところでエルルゥ、アレはちゃんと処分したのかい?」
少々メタい話だが一つの区切りが付いた場合、いつもならコタツでだらける私と駄エルフモード全開のディアーナがくだらない会話をしている場面から始まるはず。
しかし今回は魔王への就職イベントの発端となった忌々しきラトゼリカパターンであることを考慮し、杞憂を取り除くためにエルルゥへと問い掛ける。
もちろんアレとはエルルゥの家が消滅する切っ掛けとなったアーティファクト、悪神の心臓のことだよ。
魔王就任以上の厄介事を引き起こすことが確実なため、その所在はどうしても気になるというもの。けど魔王就任以上ってなんだろうね、新世界の神になるとかそんなレベルなのだろうか?
もしエルルゥが今も不埒な考えを抱いているなら、今度こそエルルゥとは雌雄を決する事になるだろう。
「ん、アレって悪神の心臓のこと? もちもち処分したよぉ~。あ、もしかしてやっぱり欲しかったの?」
「いや、全然そんな事はないよ。あるはずがないとも」
「良かった、欲しいって言われたらどうしようかと思ったよぉ~。アイナんを不幸にするアーティファクトを送るなんて、昔の私は何を考えて居たんだろうね」
ほんとそうだよ。
「……もうアイナん一人の身体じゃないんだから」
うん? エルルゥさんや、今なんかボソッと気になる言葉を口にしませんでしたか?
「どったの、アイナん? 変な顔して」
「いや、気のせいなら良いんだけど……。そうだ、エルルゥ。コーヒー淹れるけどキミも飲むかい?」
取り敢えず気にしたら負けだ精神を発揮しつつ目覚めの一杯を用意しよう。
「飲むー! あ、お砂糖いっぱい入れてね!」
「ああ、それならカフェオレにしようか?」
「え、ほんと。優しいアイナん大好きだよぉ~!」
「はいはい、私も好きだよ~っと」
「…………ッ」
エルルゥの戯れ言に適当に応えながらコーヒーを用意する。
そんな私に対して届く声が一つ。
「我もコーヒーを所望する」
「はいはい、二杯も三杯もたいして手間は変わらないからね。砂糖は?」
「二つ」
「りょ~かい」
程なくして用意を終えた私はキッチンスペースからエルルゥ達が待つコタツへと向かう。
「はい、エルルゥ。気を付けてね」
「あ、ありがと、アイナん」
「どう致しまして」
「か、勘違いしないでよ! 別に嬉しくなんてないこともないんだからね!」
どっちだよ。というか何でツンデレ風? 意味が分からない。
安心してエルルゥ、キミは既に十分キャラが濃いから迷走する必要なんてない、今の自分を信じて。
などと私自身も意味不明な応援を心の中で送りながら、ソーサーに乗せたカップをコタツの天板の上に置く。
天板の上に蜜柑の皮がうずたかく山になっていたが、ここは敢えて突っ込まない。ただ蜜柑がではなく、皮がというのがポイントだ。一体どれだけの量を消費したのか。いや、まあ良いんだけどさ。手足の皮膚が黄色くなってない?
「はい、お待たせ」
「ふむ、くるしゅうない。褒めてつかわす」
「ははぁ、ありがたき幸せ」
ひどく尊大な声が返って来るが目くじらを立てるほどでもないので、ノリに合わせつつ自分用に淹れたコーヒーに口を付ける。
「ふー、ふー、にがぁ」
うん、当然分かっていたことだけど、やっぱり苦いね。
さてと一息吐いたところだし、あまり気は乗らないがそろそろ話を進めるとしようか。
「ところでさ。つかぬ事をお聞きしますが、何で貴女までまだ居るんですか?」
「ぬ?」
私の問い掛けに対し、カップを両手で持った私の2Pカラー(一部を除く)な幼女が、あざとく小首を傾げた。
そう、そのコタツで寛いでいた幼女こそ、私とエルルゥの戦闘に介入してきた星の使徒たる巨竜ゼオラの創造主にして、この星の意思が具現化した存在=レティレンティス・(略)・フィールディアである。
ちなみにだが一週間前の食事会の席で、今回の顕現に関して何故私の2Pカラー風の姿なのかと訊いたところ、創竜であるゼオラから私の話題を耳にして興味を持っていたとのこと。
規格外なゼオラと対等に戦える存在に興味を持つなと言うほうが無理だろう。
さらに余談だが、だったら何故──敢えて明言はしない……したくないが──ある一部が私とは異なり実りが豊かなのかと尋ねたところ、
「我にも矜恃がある」
などという言葉が返ってきた。
おい、ちょっと待て。それは一体どういう意味かな、かな?
若干憐れみを含んだ視線まで向けられた気がするのは私の思い過ごし、延いては被害妄想だったとでも?
くそっ、真似るなら細部まで徹底しろよ!
「あ、アイナん、またカップが……」
ふぅー、ふぅー、落ち着け私。閑話休題としようじゃないか。
「暇、だから?」
何で疑問系?
いや、それが事実であり、あれから我が家に入り浸っている理由なのだろう。
ゼオラが愚痴っていたが、基本的に働かないどころか姿を見せることもなく、指示する声だけが頭の中に響くらしい。
顕現するだけでいろいろと大変なのはある程度想像が付くが、ほんとラグナくんの爪の垢を煎じて飲めば良いと思う。
だけど逆に彼女が働かないからこそ、この世界に一定の平和が齎されている可能性がなきにしもあらず。
だってドSっぽいし、この星に住まう生命のことなんて何とも思っていない気がするからね。
しかしエルルゥといい、このレティといい、何故私が求めて止まない自堕落なニート生活を送ることが許されているのか。
規格外な能力を保持し、それにより周囲に多大な影響力を齎すという点に置いては、私と同じはずだというのに。
何故だ。彼女ら裏ボス達と私では何が違う?
慢心……いや違う、周辺環境、他者との繋がり、配下、交友関係───ハッ、そうか、そうだったのか!
謎は全て解けた。分かったぞ、悪いのは全てディアーナだったんだ!
やはり私にとってのラスボスはディアーナ、キミのようだね。
え、もう一度よく考えろ? むしろちゃんと反省しろって?
ふふっ、もはやそんな言葉に惑わされはしないよ。
さあ、どうしてくれようか。
ディアーナの弱点と言えばあの長耳だ。
くくっ、目にもの見せてやろうじゃないか!
「で、何を見てたんだい?」
ディアーナへ対する若干逆恨み的な報復を心に決めた私は、コタツで寛ぎながらテレビを見ていたらしい二人に問い掛けた。
我が家のテレビは艦のデータベース、アーカイブやライブラリに直結し、無数の映像記録を見ることが可能だ。それこそ多くの老若男女が暮らしていたため、幼児教育からアダルティなものまで幅広く存在している。
堕ちた女神と星の意思という普通なら邂逅するはずのない異色の組み合わせは、一体どんな番組に興味を抱いたのだろうか。
そんな好奇心と共に視線をテレビの画面へ向けると、ちょうどオープニングが始まったのか、色とりどりのスーツを身に纏い、主題歌をバックにポーズを決める変身ヒーローの姿が映し出されていた。
朝から裸の男女が組んず解れつしている光景を見せられたらどうしようかと思ったが、意外な結果にほっと胸を撫で下ろす。
純粋に楽しんでいるのか、二人はまるで子供のように瞳を輝かせて画面に見入っている。
少し微笑ましくなるね。
いや、馬鹿にしているわけではない。
前世で私はマンガ、アニメ、ゲームだけでなく特撮も愛していた。ただしマンガやアニメの実写化、てめえはダメだ。三次は大惨事になると何故学ばない。やはり芸能事務所の影響力が成せる業なのか。
という不満は置いておくとして、私も日曜朝だけは早起きしてハイパーヒーロータイムを見ていたよ。
子供向けと侮る事なかれ。決して子供騙しではないので、大人が見ても楽しめる。ただ近年のデザインの悪化や、玩具を売ろうとする魂胆が明け透けのアイテムに関しては苦言を呈したいところではあったが。
まあ、それを補って余りある魅力があったのは事実。外宇宙へと飛び出したこの世界の人類にも特撮の文化は受け継がれていたらしく、映像記録が残っていたことに胸をときめかせたね。
と、そこまで考えたところでオープニングが終わりに近付き、画面に番組タイトルが表示される。
それを見て、私は微笑ましいなどという前言を撤回した。
よりにもよって何故それを選んだのかな?
そのタイトルは長く続いたシリーズの中で異質というか、異端というか、とにかく常軌を逸した作品だった。
長く続ければ、やはりどうしてもマンネリ化は避けられないもので、それ打開するためにスタッフは悩みに悩み、試行錯誤を繰り返し、紆余曲折の果てに目指すべき場所を見失ってしまったに違いない。
精神が病んでしまったのか、徹夜明けの妙なテンションのまま進めてしまった結果なのか、何故企画が通ったのか不思議に思わずには居られない。誰か一人ぐらい反対しなかったのだろうか?
第666作品目のハイパーヒーロー、その名は特務戦隊デスレンジャー。
まず何が酷いって、それまで培ってきたお約束の数々やご都合主義を切り捨てた事だろう。
どうせ、変身中に敵が待たずに攻撃するんだろうって?
残念、まず敵の前で変身なんてしないんだよ。安全第一のデスレンジャーは基本的にスーツを脱がない。それどころか個人情報保護を徹底している為、仲間内でも一切の素性を明かさない。故に仲間内で友情や愛といった感情が芽生えることもなく、ビジネスとしての付き合いになっている。
確かに敵に基地の場所や素性がバレたなら、暗殺や身内を人質に取られるなんていう危険があるのは分かるけどさ。
というか敵の前で変身しないどころか、そもそも敵の前に現れることが滅多にないんだよ。
そう、最大の問題点はそこだね。
安全第一のデスレンジャーは直接敵と戦う事はない。
じゃあどうするのかって?
もちろんそれは長距離からの狙撃だ。場合によっては航空戦力による空爆、艦船からの巡航ミサイル、果ては大陸間弾道ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイルまで使用した徹底的な遠距離戦術。
まれに市街地を舞台にしたトラップ多用のゲリラ戦や、敵が巨大化する前から合体済みの巨大ロボに乗り込んで開幕必殺技ぶっぱなんてパターンもある。
しかも例え人質を取られても、例え民間人が取り残されていてもお構いなしだったりする。
彼等の安全第一というスタンスは自分達にしか適用されないんだよ、これが。
確かに悪の組織や怪人、敵性宇宙人や怪獣には屈しない。また相手が常識の範疇に留まらない存在であり、被害を最小限に抑えるためにも、やられる前にやれという考えは個人的に理解できない事もない。百人中九十九人を助けるために一人を犠牲にする事も、現実的に見ればある種の英断だろう。
だがどう考えてもヒーローとしては完全にアウトだ。ダークヒーローどころの話じゃないからね。
当然、各方面からの批難や苦情が相次ぎ、僅か数話で打ち切りとなり歴史から抹消。
その結果、ある意味伝説と化し、一部でカルト的な人気となったとか。
「おおっ、そこでそのトラップを使うんだ」
「なんとえげつない。だが素晴らしい」
「だよねぇ~、今度のダンジョン作る時の参考にしよう!」
「ほお、ならばこんなのはどうだ?」
つまり何が言いたいのかと言えば……やっぱりダメだ、この二人の感性は。
さすがは裏ボス達といったところか。
うん、早く帰ってきて、ディアーナ。




