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第62話 顕現せし星の意思



 気付けば何故か髪がアフロヘアーになっていた。それはそれは立派なカリフラワーの如く、ボンバヘッ!

 こういうネタはギャグ時空に生きるディアーナの担当だと思うんだ。まったく、ひどい嫌がらせだよ。


 そして今現在、何故か地べたに正座させられた状態で説教を受けている。

 もちろん理由は理解しているが若干納得がいかない。

 星を貫かんがばかりの暴挙。星存続の危機を感知したからこそ星の守護者たるゼオラが派遣されたわけだし、その主犯格だと思われたのだろう。それに関してはその通りだから反論できないし、する気もないよ。

 だけど何故実行犯が野放しにされ、私だけが説教されているんだろうね?

 そこは連帯責任が適応される場面じゃないだろうか。いや、むしろ自らの意思で実行したディアーナの方が罪が深い気がする。私は装備を供与して指示を出しただけで、最終的に実行したのはディアーナだよ? ……うん、さすがにこの自己弁護は無理があるね。


 さらに隣に正座するエルルゥが何故か私の腕を自らの胸に抱き、怯えたような表情を浮かべ、縋り付くようにこちらへと寄りかかってくる。

 いや、その理由も分かるよ。

 目の前には開幕ぶっぱした超巨大竜が大地に伏せるように鎮座し、その鋭い眼光で睨みを利かせているからね。

 しかも何故かエルルゥに対してのみことさら強烈に。初対面の相手を警戒しているのかな、ゼオラも。

 相手がただ単に巨大なだけでない事実は、放たれる重圧から推し量ることができるだろう。

 けどエルルゥだってゼオラと同じぐらい規格外の存在のはずだよね。

 もっともそれだけが理由ではないけどさ。

 ああ、それと一つだけ良いかな?

 エルルゥ、キミは何故アフロじゃないんだい? 同時にブレスに呑まれたはずなのに解せぬ。


 何故何故言い過ぎて何故が少しゲシュタルト崩壊を起こしそうだ、などと割とどうでも良いことを考えていた矢先。


「傾聴せよ」


 尊大にして不遜、威厳があるのに幼い、そんな何とも矛盾を孕んだ声が降ってくる。

 その直後、私の頬を激しい衝撃が襲い、無理矢理首が横へと向けさせられた。

 痛ッ!

 バグっている私の防御力、そして自動防御オートガードを貫通する攻撃に痛み以上の衝撃を受ける。

 一目見た時から当然その可能性には思い至っていたが、こうして実際に現実の物となるとやはり浮き足立ってしまうのは仕方がない。


「いきなりだね、まったく酷いじゃ────へぶうっ!?」


 抗議の声を上げるも束の間、再び頬に衝撃が走り、首が真逆の方向へと強制移動。

 止ッ、ちょっ、マジで痛いから! 首がぐぎって、ぐぎって言ったからね!?

 むち打ちになったらどうしてくれる! いや、実際にはならないけども。


 若干涙目になりながら睨み上げた視線の先、問答無用の往復ビンタを食らわせやがった存在は巨大なゼオラの鼻先に、腕を振り抜いた姿勢のまま立っていた。

 腰まで伸びた曇り一つ無い純白の髪。剣呑な刀身を思わせる冷たく鋭い銀の瞳。恐ろしく整った顔立ちに、不気味なまでに感情の見えない表情。

 まるで精巧なビスクドールのような、どこか作り物めいた感のある幼い少女。

 どことは明言しないが、一部を除けば──何故だッ!?──完全に私の2Pカラーとでも言える存在であった。

 生態系の頂点に君臨する神竜種の上に立つ点や、相対距離を無視し──最大値でないとは言え──私の防御力を貫通する攻撃など、強ち間違った表現ではないだろう。

 私の不満の籠もった視線を受け、彼女は徐ろに口を開く。


「右の頬をぶったら左の頬もぶつ」


 無表情かつ抑揚のない声音だが、多分きっと目の前の幼女はドヤ顔を浮かべている気がする。

 どうしよう、どこから突っ込めばいい?

 前世の頃から似た感じの言葉は知っているけど、それはぶたれた側に対する言葉であり、身分や階級差のある相手に暴力を伴わない無言の抵抗を意味していたはずだ。

 決して両頬を殴らせろなどという理不尽な言葉ではない。

 結構長い期間この世界に暮らしているけど聞いたことないし、この世界特有の表現というわけでもないだろう。


 つまりだ、目の前の幼女自身の言葉であり、端的に言えばこの人(?)はドSだね。

 基本的に私に対してM傾向の人が多いこの世界において、何とも新鮮な感覚がするよ。思わず心がときめく────わけがない。ディアーナとは違うんだよ、ディアーナとは。

 相手が誰だが知らない──もっともゼオラと共に現れた時点で予想はついている──けど、生憎と私は無抵抗主義者じゃない。

 非を認めているが故に説教は甘んじて受けるつもりだけど、理不尽な暴力まで受けるつもりはない。

 だったらどうするのかって?

 そんなの決まっているよね。


 私はエルルゥの束縛を振り払って立ち上がると同時に地面を蹴り、瞬時に白い幼女との距離を詰める。

 そして遠慮無く彼女の左頬へと右の掌を叩き付けた。

 目には目を、歯には歯をってね。


 会心の一撃。パシンッ、と乾いた音が響き渡る。


 私の一撃を受けた白い幼女は何が起こったのか理解できなかった様子で呆然としていた。

 だがそれも僅かな間、彼女は口端から零れた血液を舐めとり、その瞳を輝かせる。それは注意深く観察していても気付けるかどうかの変化。

 だけど私は気付き、また理解した。ドSにして多分戦闘狂の気がある、とても面倒な奴だと。

 本来関わるべきではなく、先人の教えどおり右の頬をぶたれたら左の頬を差し出し、過ぎ去るのを待つべきだったようだ。


 それ、もう少し早く教えてくれないかな!

 突き出された拳を見ながら私はそう切に思った。

 この後、繰り広げられるであろう戦いに辟易しながら。






 うん、熾烈な戦いだった。

 何度か手足が千切れたり吹き飛んだりしたけど、ペインキラーを自分に刺してリカバリー。持ってて良かったペインキラー、ほんと頼りになるよ。

 でもその度に相手が興奮するから質が悪く、最終的には首ばっか狙ってくるから躱すのが大変だった。狙いが分かっている分、ある意味楽ではあるんだけど、その速度と不可視の攻撃の脅威は変わらないからね。

 さすがに試した事はないけど、たぶん首を飛ばされたら私だって厳しいはずだ。例え首だけになっても、リアルデュラハンのコスプレが出来そうな気もしないでもないが。

 取り敢えず事の発端であるエルルゥを巻き込──間違った、エルルゥに協力してもらった。幾つかの戦闘用アーティファクトを奪──借り受け、女神なエルルゥを肉壁もとい盾、いや遮蔽物にしつつ立ち回り、少しずつ削っていく。

 この辺りはかつて前世のオンラインゲームでエリアボスソロ撃破を目指し、丸一日以上モニターと向かい合っていた経験が生かされたね。最後の数ミリ削るのに、どれだけの時間とアイテムを消費したことか。

 互いに痺れを切らし、大技を放とうとした瞬間、ゼオラが放った高密度収束ブレス(本日二度目)に薙ぎ払われて撃墜。

 そして今現在、凄く機嫌の悪そうなゼオラの前で仲良く正座しているとさ、まる。

 あ、ちなみに完全に巻き込まれた形のエルルゥも何故か私の隣で正座させられているよ。


「何をやっておるんじゃ、お主らは」


 直接思念を飛ばすゼオラの呆れたような声が頭の中に響く。

 こいつ直接脳内に……!

 なんてネタが脳裏を過ぎったが特に口外することなく、私は素直に頭を下げた。

 日本の古き伝統技DOGEZAの発動である。何せ古墳時代から受け継がれてきているって話だからね。


「申し訳ございませんでした。ほら、エルルゥも早く謝って」


「エェ……私もするの、それ」


 エルルゥが不満の声を上げるが無視だ。

 実際問題ゼオラが閉鎖空間=隔離世を展開していなければ、多分七日七晩の死闘を待たずして、この星は終了していたに違いない。

 辺りを見渡してみれば、もはや地形が変わり過ぎていて最初の面影は皆無。ディアーナの超絶魔法とゼオラのブレス二発、さらには純戦闘用アーティファクトを用いた戦闘の余波を受けたのだから仕方のないことだね。

 ちゃんと反省はしているし、これ以上大事になる前に止めてくれたゼオラには感謝もしているよ。


「それに主様よ。妾も一度アイナと拳交え、闘争に興じたがゆえに言えた義理ではないが、お主がそんな有様でどうするのじゃ」


 やれやれと言いたげにゼオラの視線が隣の白い幼女へと向けられる。

 簡単に紹介されたが、やはり予想していた通り、彼女はゼオラの上司というか創造主であるこの星の意思の具現化した姿らしい。

 名はレティレンティス・(略)・フィールディア。本当は寿限無並に長い上に、早口言葉かと言わんばかりに言い辛い名前なんだけど、多分正式名称で呼ぶこともないだろうし、そもそも一回で憶えられそうもなかったから早々に諦めることにした。

 もし必要になった時にはゼオラに聞けば良いからね。


「我は悪くない」


 レティレンティス、通称レティはゼオラの咎めに対して、外見年齢相応に口を尖らせてそっぽを向く。

 何ともワザとらしい態度に、見ていて苦笑するしかない。


「アイナ、なれが悪いのだ。汝が我の言の葉を真摯に聞かぬから」


「う~ん、まあそれは一理あるかもね」


 こちらに矛先を向けようとするレティだったが、私に非があるのは事実なので否定はしない。

 彼女が先に手を出したのは確かだが、私が真面目に説教を受けなかったからであり、この星を危機にさらした相手わたしに対して何とも優しい対応だと言える。星の管理者として本来なら説教なんて行わず、即時排除に動くべき事態であっただろうからね。


「という事だからゼオラ、今回の事は全面的に私が悪かったって事にしておいてよ。罰なら後でちゃんと受けるし、私に出来ることならなんでもするからさ」


「ん? 今何でもするって言ったよのう?」


「あ、やっぱ今のなしで」


「むぅ、残念じゃ」


 ゼオラの瞳が妖しく光った気がして即座に前言撤回する。

 ふぅ~危ない危ない、言質を取られるところだった。

 しかしまさかゼオラがディアーナみたいな反応するとは思わなかったよ。もしかして僅かな接触で駄エルフに毒されたとでもいうのか。

 恐るべし、ディアーナ。


「ねぇ、アイナん? 話の流れを切るみたいで言い辛いいんだけど、さっきから思っていたことがあるんだ。言っても良い?」


「何かな、エルルゥ」


「怒らない?」


「内容によるよ」


「いや、そこは怒らないって言おうよぉ~」


「じゃあ、取り敢えず怒らないように前向きに善処します。これならどう?」


「まあ、それなら」


 政治家の答弁レベルで信用できないけど良いんだ。

 何だろう、エルルゥが悪い大人に騙されないか心配になるんだけど。

 キミ、本当に堕ちた女神なのかい?

 ただ単に堕落した生活を送るニートじゃないっていってよ、エルルゥ!


「あのね、アイナん。お腹空いた」


「うん、そうだね」


 自由すぎだよ、エルルゥ。


「我も空腹だ、馳走を用意せよ」


 そして反対側、袖を引っ張りながらレティが告げる。

 お前もかッ!


「はぁ……仕方ない。取り敢えず家に来なよ、夕飯ぐらい用意するからさ」


「すまないのじゃ、アイナ」


「キミが謝ることじゃないよ、ゼオラ。ほら、キミも早く人化して。さすがに私一人じゃ手に余りそうだから手伝ってもらうよ」

 

 終始ぐだぐだで、どうにも締まらない展開だけど、その方が私達らしい気がするのは何故なのか。

 ほんと何の為に来て、何の為に戦ったんだろうね。

 偶にはそういう日があっても良いかな。

 

「ほら、アイナん! 早く早く! おいてっちゃうよぉ~!」


「はいはい、急かさないでよ。あと先に行っても許可がないと入れないからね」


 そう言えば何かを忘れている気がするんだけど……。

 う~ん、何だろう。

 ま、そのうち思い出すか。



???「何を忘れているのか、私気になりますニャッ!」(耳ピコ

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