第59話 デート、それは恋の戦場である
諸君、私は別に戦争が好きというわけではない。
諸君、どちらかと言えば嫌いだ、面倒だし。
諸君、だけど私は戦闘行為自体を否定しない。それが必要な行為だというのなら剣を手に、また銃を手に立ち上がろうではないか。
人は私の行いを悪だと規定し、批判するかもしれない。
理解されず、時に罵倒され、石を投げられ、刃を、銃口を向けられる可能性もあるだろう。
ああ、それでも構わない。
私の心に怒りの炎を灯した愚かなるモノに恐怖を刻みつけてやろう。
さあ、戦争の幕開けを告げる号砲を奏でようじゃないか。
己が蛮行を後悔すると良い。
フハハハハハ────
「長く生きていますが、こんな綺麗な場所がこの世界に存在していただなんて知らなかったのニャー。この花だって初めて目にするものなのニャー」
草原の上にビニールシートを敷き、さらにその上に広げられた──朝早くから気合いを込めて作られた──昼食を挟んだ対面。
近くに生えた色とりどりの花々の一つに手を伸ばしながらディアーナが告げる。
「まあ、そうだろうね。私じゃないと簡単に辿り着ける場所じゃないから、キミが知らないのも無理はないよ」
「さすがはアイナ様なのニャー」
そう言いながら手折った一輪の花を私の髪に飾る。
「お似合いですニャ」
キザっぽい行為だけど美形がやると絵になるからズルイよね。
あとこの綺麗な花には毒があるんだけど……。
いや、私は空気が読めるから抗議の声を上げるなんて不粋なことはしないよ?
「ありがとう、ディアーナ」
エルルゥに喧嘩を売られ、ディアーナをデートに誘ってから数日後の週末。
こうして私達はデートをしていた。恋人でもない同性で出掛けること──しかもやってることはピクニックだし──を果たしてデートと呼べる行為なのかは甚だ疑問だけど。
まあ、ディアーナが喜んでいるから問題ないし、それをとやかく言うことこそ不粋というものだね。
さて、そんな私達が訪れのは何を隠そう堕ちた女神の眠る地だ。
常に穏やかで温かな光が降り注いでいるため天候を気にする必要は無く、ここでしか見る事のできない花々が咲き誇る草原や、逆流する大瀑布という物理法則を無視した光景が目を楽しませてくれる。
人気の飲食店や賑やかな娯楽施設なんかは存在しないけど、週末の行楽やレジャーを恋人、友人、家族で過ごすには打って付けの場所だね。
もっともディアーナでさえこの場所が実在すると知らない今現在、訪れる者は私達以外には居ないけど。
「そうだ、お礼じゃないけど私からもキミに渡したいものがあるんだよ」
「署名と捺印済みの結婚届ですかニャ?」
「うん、違うよ」
ディアーナの戯れ言を華麗にスルーし、私は空間収納からこの日のために準備した贈り物を取り出す。
私の身の丈を越える大きさの細長い箱。
それをディアーナへと差し出した。
「ここで開けても良いのニャ?」
「もちろん」
私の許しを得たディアーナが丁寧にラッピングを解いて箱を開け、中に入っていた物を取り出しての第一声は────
「あの……アイナ様? さすがにこれは受け取れません」
だった。
居住まいを正し、真剣な表情を浮かべ、アイデンティティを自負する語尾を付ける事もない。
緊張からか微かに震える両手の上にある代物には、彼女にそれを強いるだけの価値がある。
ぱっと見は何の変哲もない杖。
古ぼけた木製の本体の先端に宝珠が埋め込まれたシンプルなデザイン。
だけど優れた能力を持つ者が触れれば否応なくその真価に気付かされる。
その名は叡智の杖。
かつて神々によりこの世界で最初に魔法を授けられた魔法使いが手にしていた杖らしい。
私が保有する数少ない最高位のアーティファクトの一つであり、この世に二つとして存在しない伝説級のアイテムである。
アレだよ、隠しダンジョンで手に入るラスボスを瞬殺できる装備の類。
とは言っても基本的に攻撃魔法とか使用しない私には縁がなく、空間収納の片隅に死蔵されていたんだけど。
「いやそんなを言わずに。ほら、日ごろの感謝を込めてね。今日だって美味しいお弁当を用意してもらったし」
「それは私が作りたかっただけですし、普段の行いも対価を望んでの事ではありません。もちろん微塵の下心がないと言えば嘘になりますが、それとこれとは話が違います」
ううっ、何でこういう時は常識的なんだろうね。普段からそうだったら良いのに。
そりゃあ感謝の印に値が付けられないような国宝を渡されるようなものだし、私が同じ立場でも受け取りを拒否すると思うけどさ。
あと敢えてつっこむけど下心はあり余ってるよね? 微塵とかいうレベルじゃないよね?
はぁ……仕方がない。こういう言い方はあまり好きじゃないんだけどね。
「そうなんだ……。ディアーナ、キミは私からの贈り物なんて受け取れないって言うんだね。きっとキミなら喜んでくれるって思っていたのに……。ごめん、それも私の勝手な思い込みだったね。何も考えずにこんもの押し付けられても迷惑だったよね? 魔王の片腕にして真の四天王のキミになら似合うと思ったんだけど……。ふふっ、私って馬鹿だね」
そう言って俯き、瞳を潤ませ、耐えるように唇を噛み締める。
ああ、もちろん演技だよ?
名付けて幼女の涙は武器作戦。
理由は何であれ、例え自分に非がなくとも幼女が目の前でなく姿に罪悪感を覚えるだろう。
自らの外見を利用した性格の悪い作戦だ。
「ち、違います、アイナ様は何も悪くありませんよ!?」
落ち込む私の姿にアタフタするディアーナを見て、作戦の成功を確信する。
計画通り、ニヤリ。
「あ~、何だか今急に杖が欲しくなってきたニャー。あのアイナ様、虫のいい話ですが前言を撤回しても良いかニャ?」
「それは受け取ってくれるってこと?」
ここで縋るような上目遣いで追い打ちを掛ける。
自分にも精神的ダメージが跳ね返ってくるが気にしてはいけない。
「もちろんですニャ」
「本当に? 嘘じゃない?」
「本当ですニャ、嘘じゃありませんニャー」
「ふふっ、ありがとう、ディアーナ」
そして満面の笑みでフィニッシュ!
「こちらこそありがとうございますニャ。大切にしますニャ」
くっ、ディアーナさんを萌え殺す気ですニャ……なんて小さく呟いているがまあいいや。
というかそうしてくれないと、わざわざラッピングまでして用意した意味がない。
もう、本当は物怖じすることなく、最初から素直に受け取って欲しかったけど結果的に良しとしよう。
「それともう一つ受け取って欲しいものがあるんだ。これなんだけど」
私は更に贈り物として一つの指輪を取り出して告げる。
宝石代わりに魔法の効果を増幅するタリスマンが組み込まれた魔導具。
こちらは叡智の杖ほど価値はないが、それでも世に出回っているものよりも格段に増幅効果が優れている。
多分魔導開発局局長の肩書きを持つディアーナなら、同レベルの魔導具を制作することは可能だし、既に保有しているだろうけど。
「まさか婚約指輪ですかニャ!?」
言うと思った。
「うん、違うよ。ほら、手を出して」
「では薬指にお願いするのニャ」
「はいはい」
何の躊躇いもなく左手を伸ばしてくるがスルーだ。
異世界であるこの世界に婚約指輪や結婚指輪を左手の薬指にはめる習慣はないはずなんだけどね。
アレか、一緒に映画やドラマを見ている時に覚えたのか。
「ふふっ、ふふふふふっ」
左手の指輪を見ながらニヨニヨするディアーナ。
なんだろう、気持ちが悪い。
だが我慢だ。
というか叡智の杖より喜んでいる様子。
ディアーナのレベルを踏まえ、これなら全ての指にはまるだけ指輪を装備させた方が良かったかも知れない。
いや、万全を期すには叡智の杖は必要なはずだ。
うん? 好感度がカンストしているような相手にこれ以上貢いでお前は何がしたいんだって?
何って、決まっているじゃないか。
戦争だよ。
そう、ここまで前座にも満たない。
「ねぇ、ディアーナ。折角だからプレゼントを使ってみてよ。久しぶりにキミが魔法を使う姿が見てみたいんだ。ほら、あんな所に丁度良い的があるじゃないか」
私が指さした先には当然のように神殿風の建造物と邪神像が存在していた。
「あのアイナ様? 視界の端に入ってきて薄々気にはなってたんですが、あの見ただけで澱んだ気分になる石像はなんなのですかニャ?」
「ん、何を言っているんだい? あれは的だよ」
「いえ、ですが────」
「あれは的だよ。それ以上でも以下でもない。いいね?」
「……はい」
「じゃああの的を起点に地下深くまで、それこそ星を貫くイメージでお願い」
「良いのですか、本当に?」
「大丈夫大丈夫、むしろそれでも足りないぐらいだと思うから全力で」
「そうですか、では」
何か言いたそうなディアーナだったが、それ以上の追求はなかった。
決して諦めたわけじゃなくて深い信頼があってのことだからね。
立ち上がったディアーナが叡智の杖を掲げて詠唱に入る。
それをトリガーとして彼女の足下から複雑で高密度の巨大な魔法陣が広がり、幾重にも重なり合ってさらに巨大な魔法陣を構築していく。
そして叡智の杖とタリスマンによって可視化できるまでに増幅された魔力のうねりが、彼女の前でただ一点へと収束する。
そこへ手を翳し、ディアーナが告げる。
「我が愛の炎をとくと見よ、ファイヤーボール!」
うん?
我が愛とかはこの際無視するとしてファイヤーボール?
初歩的な攻撃魔法で有名なファイヤーボール?
あの火の玉を飛ばすやつだよね?
いやいや、最高位のアーティファクトを使ってファイヤーボールって……。
そう思っていた時期もありました。
だけどハイエルフであり、遺跡守護者の天敵、迷宮崩し、魔王軍が誇る決戦兵器などの異名を持つディアーナの全力全開のファイヤーボールがただの初級魔法であるはずが無かった。
収束された魔力の塊が弾けたその瞬間、世界が光に包まれた。
まるで大地を照らす太陽の如き火の玉が出現したのだと、そう悟るに十分な程に膨大な光量と膨大な熱量に曝される。
多分、私じゃなかったら瞬時に蒸発していたかも知れない。
これはアレだ。「今のはメ○ゾーマではない、メ○だ」ってやつなのだろう。
光量と熱量が消えた時、視界に映る世界は大きく姿を変えていた。
どこまでも広がっていた草原は焦土と化し、神殿風の建造物と邪神像が存在していたはずの場所には巨大な穴が口を開けていた。
深く深くどこまでも、それこそ本当に星を貫いてしまったのではと心配になるほどの穴が。
うん、黒歴史──魔王城を消し飛ばす暴挙──を思い起こさせる光景だね。少しだけ何とも言えない気分になるよ。
「どうですかニャ、アイナ様? ディアーナさんの愛の炎は」
ディアーナはやりきったと言わんばかりに誇らしげに胸を張る。
しかしその表情には疲労の色が隠せていなかった。
「うん、なんだろう。想像以上だったよ」
「ふふっ、期待に応えられたようで安心しましたニャ。ですが今の一撃でほぼ全ての魔力を持って行かれたのニャ。やはりアーティファクトの扱いは難しいニャ」
「ッ!?」
ふらりとバランスを崩し、倒れ込むディアーナを咄嗟に抱き止める。
どうやら想像以上に無理をさせてしまったようだ。
これは後でお礼をしなきゃいけないね。
無茶な要求をされないと良いけど、多少は大目に見ないといけないかな。
「ありがとう、ディアーナ。少し休んでいて」
「はい……そうする……の……ニャ」
意識を手放したディアーナを横たえ、彼女を守るように多重障壁を展開し、私はポッカリと空いた穴へと歩みを進める。
ここからが本当のメインイベント。
きっとディアーナの一撃は彼女に届いたはずだから。
刹那、大地が、いや世界が揺れる。
穴の奥底から聞こえてくるのは、煉獄を彷徨う亡者の呻きにも似た叫び声。
「むあああああぁぁぁぁぁ、なあああにするかあああああぁぁぁぁぁー!」
無数の触手が絡み合い構築された巨大な手が、まるで穴から這い出すかのように縁を掴む。
そしてその触手が伸びる先、幾対もの大翼を広げ、煌びやかな幾千もの宝具を展開し、闇色の光輪を背負いながら、相対する全てを呑み込む重圧を纏い堕ちた女神エルルニュクシスは降臨する。
さあ、ボス戦を始めようか。




