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外伝 覇道皇帝アレクシスの憂鬱 2


 大きくなったら何になりたい?


 多くの者は幼少期に両親を代表とする大人達にそう問われることだろう。

 ある者は立派な騎士に、ある者は物語に出てくる英雄に、ある者は武勲を挙げて貴族に、ある者は大好きな幼馴染みのお嫁さんになりたいと、未来に思いを馳せて希望に満ちた夢を語る。

 例えそれが叶う可能性の低い──お嫁さんは例外かも知れないが──儚き願いだとしても、世界を知らない無垢な子供故に。


 一方、アレクシスにも幼き日に両親から同様の質問を投げ掛けられた記憶があった。

 その質問に対して、彼はこう答えている。


「え? 父さんが農民なんだから、俺もその跡を継いで畑を耕すに決まってるじゃん」


 そんな息子の言葉に、母親は夢がないと呆れ果て、父親は流石は自分の息子だと褒めながらも、言い表すことの難しい微妙な表情を浮かべた。

 その反応に彼は釈然としない感情を抱いたことを覚えている。


 夢がない。

 確かにそうなのかも知れない。

 だけどそれは自分が生きる世界をきちんと理解した現実主義だと言える。

 アレクシスは心の中で反論する。

 夢は寝ている間に見られるだけで十分だと。


 事実この世界の現実・実情といったものに当てはめれば、彼の言い分は至極真っ当なものであった。

 本来なら辺境の村に住まう農民の息子として生を受けた彼の未来は、両親が耕した畑を引き継ぎ、同じ村に生まれた女性と結婚して家庭を築き、子供を育てて畑を譲る。

 そんな誰にも語り継がれる要素など何一つない、ありきたりで波瀾万丈とは縁もない人生を送ったはずなのだ。


 農民の子供は農民として生涯を終える。

 騎士になることも、英雄になる事も、ましてや貴族になる事など有り得ない。

 何故ならその生涯は生まれた村の周辺──せいぜいが隣の村や一番近くに存在する町まで──という極めて狭い世界の中で完結しているのだから。

 もし商家に生まれていたならば、少しは違った未来の可能性もあった。

 学を身に付ける事を求められ、商品を求めて大きな街に赴く機会だって得る事ができる。

 そうなれば新たな発見や出会いがあったかも知れない。


 だったら戦場で敵将の首級を挙げ、その功績を以て成り上がればいいという思いを抱くだろう。

 確かにそう言った描写のある英雄譚は少なくない。

 しかし現実的には不可能だと言える。

 徴兵した農民が日頃から戦うために鍛えている兵士と肩を並べられるはずもなく、実際に与えられる任務は後方支援ばかり。

 仮に前線に出ようものなら敵兵に撫で斬りにされるのが落ちであり、その事は軍も理解しているはずだ。

 それでも前線に立つ機会があるとすれば、それは国の存亡を懸けた殲滅戦か、はたまた正規の兵士や貴族である将校が逃げる時間を稼ぐために囮や肉壁となる負け戦か。

 何れにしろ、未来など思い描くことの出来ない死地である事は間違いない。


 生まれが一生を左右する不平等。

 王族の子供は産まれた時から王族で、貴族の子供もまた貴族。

 騎士の子供は戦い方を身に付け、商家の子供は算術を学び、農家の子供は畑を耕し、奴隷の子供は虐げられる。

 それが抗いようのない世界の理であり、有無も言わさず押し付けられる常識。

 神の気まぐれ、あるいは悪魔の悪戯により、幸か不幸かその理から外れた者を英雄と呼んでいるにすぎない。


 アレクシスは幼くして、世界の在り方を理解していた。

 それは彼が生まれ持った特異性なのだろう。

 理解した上で抗うことなく、悲観することもなく、ただ現実として受け入れている。

 できることなら貴族の三男あたりに生まれ、だらだらと適当に暮らしたかった、というのが本音ではあったが、嘆いたところでどうにかなる話ではないと。

 それどころか、決められたレールの上を進む方が楽だとさえ考えていた。


 そう、彼の本来あるべき姿は父親の跡を継いだ農夫であった。

 決して竜殺しの英雄でもなければ、味方に勝利を約束する戦神でも、傾国の美女を侍らせたハーレムの主でもない。

 ましてや虐げられた民や種族を救い、統べ、導く王であるはずがないのだ。

 そしてその事は彼自身が最も理解していた。






     ▼






 何故なんだ、どうしてこうなった……。


 もう一度心の中で呟き、溜息混じりに大きく息を吐く。

 否応なく耳に届くのは興奮して自分の名を叫ぶ歓喜の声。

 仕方なく視線を戻せば、視界を埋め尽くすのは人、人、人。見渡す限りの人の群れ。

 容赦なく突き刺さる無数の視線に胃が痛み、自然と表情は強ばり、顔付きは険しいもので固定される。


 お前も笑顔で手を振り返せって?


 え、むりむり。俺はそんな器じゃない。

 むしろ良いの? 視線恐怖症になっちゃうよ、俺?


 ま、そんな弱音を吐いたところで悲しいかな、いい加減慣れろと一蹴されるだけなんだけどさ……くそっ。

 つらい、つらすぎる。胃薬どこ?


『覇道皇帝、万歳!』


『アレクシス様、万歳!』


 いや、覇道皇帝って何それ?

 一度も名乗ったことないんだけど。

 勇猛果敢・常勝無敗の戦の申し子であり、冷酷無比な戦場の覇者にして、民を愛する慈悲深き王ね。

 誰だよ、それ?

 っていうか恥ずかしいから止めろ!


『きゃー、アレクシス様! 抱いてぇ!』


 え、本気で?

 仕方ねぇな、そこまで言われた一晩ぐらい──嘘です、冗談です、はい。

 だから背後から高濃度の殺気をピンポイントで向けるのは止めて下さいお願いします本当に胃に穴が空いてしまいます。

 ってか、何で俺の考えが読めるんだよ、ほんと。

 はぁ……ちょっとぐらい現実逃避したって良いじゃねぇか。


 分かってるさ、どうせそれもアイツが広めたことなんだろう?

 戦場帰りの身体に鞭打つ今回の凱旋パレードだってアイツが言い出したことだ。

 俺としてはこっそり地下通路を通って城に帰り、ひとっ風呂浴びて酒飲んで眠りたかったってのにさ。

 軍師気取りのアイツときたら、何が「民衆の前に無事な姿を晒して安心させ、勝利を喧伝するのも王の義務だよ。それにそろそろ……ね?」なんて言いやがる。 


 王の義務かぁ、それなら仕方がない────なんて納得するとでも思ったか。

 確かにその言葉に一理あることは間違いないが、ひと言で言えばめんどくさい。

 だがアイツ等は俺が抗議の声を上げる前に、身に付けていた──ただただ動きやすさを重視した──皮の鎧を剥ぎ取り、あまつさえ物語の中に登場する英雄様や勇者様が身に付けているような真っ白の全身甲冑を着せやがった。

 重い上に動きにくいし、何より恥ずかしい。

 アイツに言わせるとコスプレってヤツだろ、絶対これは。


 似合う似合う、格好いい格好いい。

 へへっ、そうか?

 べ、別に褒められても嬉しくねぇからな!


 それより「ね?」ってなんだよ?

 すぐに分かるからってはぐらかすんじゃねぇ。

 あ、こら、どこからともなく召喚した魔獣に乗せようとするな。  

 草食? 噛まない? キミは座っているだけで良い?

 いや、そういう問題じゃねぇから、人の話を聞けえええぇぇぇぇ!


 そうこうしている間につつがなく始まった凱旋パレード。

 結局俺は馬型魔獣に跨り、借りてきた猫の如く流れに身を任せた。

 武力でも知略でもアイツに敵わないことは理解している以上、どれだけ抵抗したところで最後には諦めるしかない。

 それが最も労力を使うことなく、被害も少ない事は実体験として嫌と言うほど知っているのだから。


 そしてアイツが含みを持たせた言葉の意味を知ったのは、パレードが予定の半分を過ぎ、中央の広場に差し掛かった時のことだった。


「邪魔だ、退けぇッ!」


 歓声とは異なる叫び声と共に爆発音が響き、呼応して悲鳴が上がる。

 人垣を押し分け、警備を振り切り、沿道よりこっちに向かって来る複数の黒き影。

 放たれる殺意や害意が熱狂的なファンではないことを教えてくれた。


「なるほどね、これが狙いか」


 人は争いに勝利した直後に気が弛み、隙が生まれることが多い。

 俺達やこの国に対して、その隙を突いて動く者達が多いこともまた事実だ。

 アイツはそれを逆手に取り、機会を与え、誘い出したのだろう。

 沿道に集まった民衆なんて人質にするにはもってこいだしな。

 しかし守るべき民衆をエサにするなんて怖い怖い。

 なら、取り返しがつかなくなる前に、いっちょ片付けるとしようか。

 俺は携えた剣へと手を伸ばした。


 ……うん。

 手を伸ばした、伸ばしたんだけどさ。

 俺は座っているだけでいい、そうアイツは言っていたっけ。

 ほんとそうだわ、これ。

 

 この後、俺の目の前で繰り広げられたのは戦闘なんて生易しいモノではなく、絶対的強者の一方的な蹂躙でしかなかった。



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