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第53話 ブラックボックス


「ねぇ、アイナ様。そろそろ魔王のお仕事してもいいんじゃないかニヤー」


 コタツに入り、携帯ゲームに興じる私に対して、頭のおかしな内容の声が掛けられる。

 何だろう、一字一句違える事のない既視感デジャヴを感じるんだけど。具体的には五話ほど前に遡って。

 ハッ、まさか時空の檻たるループ現象に囚われてしまったとでも言うのか!? それともここに来て、私が秘めていた新たな能力が開花したとでも!?

 などと戯れ言を心の中で叫びながら、私はコタツの上に置かれたミカンに手を伸ばす。


 コタツといえばミカン。

 それは絶対的な世界の理である。

 その為、我が家の食料プラントにはミカン専用の製造ラインが存在し、春夏秋冬二十四時間いつでもミカンを供給してくれる。

 もちろんプラントの機能が故障したり、破壊されたりする緊急事態を想定し、収納空間には大量のミカンが貯蔵されていたりするよ。

 行くぞ、冬将軍。ミカンの貯蔵は十分だ。


 しかし、喫茶店の看板ウェイトレスという肉体労働をやり遂げたばかりだというに、さらなる労働を課そうとは非道い話だよ、まったく。

 ディアーナの鬼、悪魔、メロン!

 あの後、私の辞職宣言はちゃんと受理され、帝都を離れたナイア・ファルドゼーベンは生まれ故郷へと戻るというカバーストーリーとなった。

 常連客の中にはナイアの辞職を惜しむ声も少なくはなかったが、さすがに私の存在を知られた以上、あのままナイアを演じてはいろいろと余計な面倒事を呼び込んでしまうだろうからね。お店に迷惑は掛けられない。


 まあ、私が教育した後輩ウェイトレス三人衆がいれば問題なく店は回るだろうし、次に入ってくる新人達に対する教育も身に染みて覚えているに違いない。着実にホールを舞う戦乙女を量産してくれるはずさ。

 もっともアドバイザーとして運営には参加を続けるつもりだし、場合によっては一時的にナイアが戻ってくる日があるかもしれないけどね。

 こうして私は晴れて自称ニートへと返り咲いたのだけど、それを邪魔する駄エルフが一人。


「ねぇ聞いてる? 聞いてるのかニャー? おーい」


 はいはい、もちろん聞こえてますよ。

 だからミカンを指に刺して、マジックで顔を描いてミカン星人を生み出すのは止めなさい。無駄に絵が上手いところがまたむかつくから。

 食べ物で遊ぶのは悪い事だって教わらなかったのかい?

 あとでスタッフが美味しくいただきましたとか現実的に有り得ないからね。


「聞いてるよ。はぁ、そこまで言うなら仕方ない。私だって自分の立場ぐらい理解しているからね。ラグナくんも最近忙しいようだし、重い腰を上げるとしようか」


 そう、ここ最近のラグナくんは『ザ・喫茶店~あの街を独占せよ!~』のプレイにのめり込んでいる様子。

 話によれば既に二号店三号店の出店計画もあるようだ。多分人員が増員され、新人教育が終われば、いずれ本格的に動き出すことだろう。

 一体どこを目指しているんだろうね? 帝都でシェア一位のエンジェルクラウンの打倒? それとも一国家だけに飽きたらず大陸全土へのチェーン展開かな?


 今までプライベートな時間を削ってまで魔王の責務を果たしてきたんだから、少しぐらい趣味に没頭したとしても誰も文句は言わないに違いない。

 その結果、私の胃袋も満たされることだし、出来る範囲で協力はしていくつもりだよ。


「え?」


「え?」


 一方、名残惜しくもコタツから立ち上がった私に対して、まるで信じられない物を見たと言わんばかりに驚愕の表情を浮かべるディアーナ。

 何その反応?


「いつもは無視する、焦点をずらす、話題を変える、駄々を捏ねる、逆ギレするあのアイナ様が御自分から仕事をする?

 ……あり得ません。ハッ、まさか偽物!? そんな……私の目を誤魔化せるなんて……アイナ様を返しなさいッ!」


「怒るよッ!?」


 確かにディアーナの言い分も理解できないこともない。

 でも理解して納得するかどうかは別問題だから。

 日頃の行いが悪い?

 ハハッ、何を馬鹿なことを言っているんだい。私ほど清廉潔白な決戦幼女は他にいないよ?






 という事でやって来ました魔王城は魔王の執務室。

 私はペッタンペッタンと書類に判子を押していく。

 はい、ペッタンなのはお前の胸だろとか思った人は手を挙げて。素直でよろしい、二度目はないと魂に刻むように。


 ラグナくん配下の文官は優秀なようで、彼が魔王城を留守にしている間も滞りなく業務は行われているようだ。

 重要度別や決裁待ちに分類された書類の束を見てそう思う。

 ただ私に出来る事は意外と少ない。

 最重要とされた書類に目を通してディアーナと相談し、必要な部署に指示を出してもらい、決裁待ちの書類に王印を押す、以上。


 ただ毎回それだけでは芸がない。


「という事で私は考えた。その結果がこれだ!」


 じゃじゃーんと取り出した箱を執務机へ上に置く。


「何なのニャ、その箱?」


「何って目安箱だよ、知らないのかい?」


 怪訝そうな表情を浮かべたディアーナに私は目安箱について説明する。

 みんなは社会科の授業で習ったよね?


 目安箱というと一般的には江戸時代、享保の改革や米将軍なんかで有名な八代将軍徳川吉宗が設置した物を連想するだろう。

 政治経済や日常生活で起こった問題を含め、要望や不満を民衆に直訴させる為に置かれた、つまるところのアンケート回収ボックスだね。

 しかしその歴史は意外と古く、同様の制度は戦国時代から存在していたらしい。

 また目安箱と呼称されるようになったのは明治時代に入ってからで、それまでは単に箱と呼ばれていたようだよ。


「一体いつの間に用意していたのニャ」


 ディアーナは若干呆れ気味だけど、そんな目安箱を私は魔王城の正面ホールに設置しておいた。

 もっとも本来は投書の必須事項だった住所や氏名の明記は求めず、匿名希望を許可している。

 それにより魔王城に務める多くの者が、面と向かっては言えない日頃の鬱憤や悩み、解決しなければ問題を気軽に吐露しやすくなっているはずだ。

 一応魔王である私が目を通すことは注意書きしているので、あまりおかしな内容の投書はない……と良いな。

 そう考えながら箱の鍵を解錠し、ひっくり返して中身を取り出すのだった。






 ということで今夜も始まりました、魔王アイナのお悩み相談レディオ!

 この番組はいつもあなたに美味しさと安らぎの空間を、喫茶フェアリーテールの提供でお送り致します。


 はい、というわけで改めましてこんばんは、司会のアイナ・ベルンゼファードだよ。

 もうすっかり冬めいてきてコタツが手放せないよね?

 え、お前は一年中だろうって?

 それは言わないお約束だよ、いいね?


 それではさっそく今日も皆さんからいただいたお便りに目を通していきたいと思います。

 じゃんじゃんお悩みを解決していくよー!


 まず最初は匿名希望さんからだね。

 なになに『先生、バスケがしたいです』と。

 うん、すれば良いと思うよ。

 もし異能者持ちが集まった世代と遭遇したら素直に諦めようね。

 っていうか私は魔王で先生ではないから。

 いや、もしかして魔王も政治家みたいに先生って呼ぶ可能性が微レ存?


 よし、気を取り直して次にいこう。

 マダムモスさんからお悩みは『今日の献立は何が良いかしら?』と。

 そうだね、取り敢えず無難にカレーにでもしたらハズレが少ないんじゃないかな?

 けど一体いつの献立の話をしているんだろうか。

 タイムラグとか気にしたら負けだね。


 次のお悩みはイケメンゴブリンさんから『先生、彼女が欲しいです』……。

 うん、頑張れ。キミが本当にイケメンならきっと彼女ができるはずだよ。

 しかしこのネタ流行ってるの? それとも実は同一人物なのかな?

 あと先生は万能の願望機じゃないんだから、例え祈っても願いは叶わないと思うんだけど。

 ただここまでの内容を読む限り、フレンドリー過ぎやしないかな?

 一概に悪い事ではないんだけど、仮にも魔王宛なんだけどね。


 はぁ、さくさく行くよ。

 ベテランハーピー(40)さんのお悩みは『結婚を前提にお付き合いできる彼氏が欲しいです』だって。

 だ・か・ら!

 いや待てよ、これはイケメンゴブリンさんを紹介すれば解決するんじゃないか?

 あれ、続きがある。『出来れば身長が高くて無駄な贅肉が付いていない細マッチョ。年収二千万以上で安定していてマイホームを所有。両親との同居を求めず、ギャンブルに手を出さず、優しくて子供好きで、他の女に目を向けず私一筋で、記念日を忘れない人を希望─────


「現実を見ろおおおぉぉぉぉぉッ!」


「ニャッ!?」


 思わず私は叫び、手にしていた投書を破り捨てる。

 いきなりの大声にディアーナが驚いていたが知った事じゃない。


 はぁはぁ……ふぅ、危ない危ない放送事故になるところだったね。

 今さら取り繕っても遅い?

 わたしアイナ、こどもだからわからない。


 よし、アイナがんばるー。

 続いてやっぱりロリ魔王は最高だぜさんから……これ読まないでもいい?

 全ての投書に目を通すことが設置者の義務だろうって?

 正論だね!

 ああ、もう読んでやろうじゃないか。えっと『はぁはぁ、アイナたん今何色のパンツをはいて────


「ディアーナ、これ」


「何かニャ、アイナ様からラブレターなら大歓迎ですニャ」


 私が差し出した投書を受け取り、目を通した瞬間、ディアーナから殺気が溢れ出す。

 そして彼女は取り出した通信用の魔導具へと何やら囁いた。

 筆跡鑑定という単語は問題ない。たぶんお披露目の時に拘束したヤツだとは思うけど、冤罪は良くないからね。身に染みて知っているよ。

 だけど次に公開処刑って聞こえた気がするんだけど、きっと気のせいに違いないね、うん。


 あ、次はちゃんと氏名が書いてある。

 という事はまともな内容を期待しても良いのかな?

 えっと、マリー・ローズさんからだね。


『拝啓アイナ様。晩秋の候、魔王様におかれましては、ますますのご活躍のこととお喜び申しあげます』


 おおっ、今度はまともだ!


『早速ではございますが、結婚してください』


 まともじゃなかったッ!?

 何この高低差、最初にまともだと油断を解いた分だけショックが大きいんだけど。


「ねぇ、ディアーナ、ちょっと良い?」


「何ですかニャ?」


 私が声を掛けると、ディアーナはその身から放出する殺気を止めて応えた。


「ちょっと聞きたいんだけど、マリー・ローズっていう名前知ってる?」


 あ、ディアーナの表情が物凄く嫌そうなものに変わった。


「知らないですニャ」


「ふ~ん、私に嘘を吐くんだ?」


「うぐっ……、アイナ様も知っている相手ニャ。魔王就任のお披露目の事前会議にも参加していたウサビッチだニャ」


「ああ、あの人か」


 ディアーナの策略にまんまと嵌り、デモンストレーション会場と化した会議室。

 ガブリンとライオン丸さんに怯え、彼等亡き後、あの場で唯一キラキラとした好意的な視線を向けてきたバニーガール──もといバニーレディさんの姿を脳裏に思い浮かべる。


「けどウサビッチって……ちょっと非道いんじゃないかな?」


「あの女は男も女も喰い漁ってるビッチなのニャ! アイナ様は絶対に近付いちゃダメなのニャ!」


 いや、確かにウサギは年中発情期だし、早ければ生後一ヶ月でその兆候が見られるなんて話もあるけどさ。ウサギ獣人もそうなの?

 でもそれを言ったら人間や魔族だって一年中発情期みたいなものだし、エルフのキミだって同じじゃないか。

 いや、待てよ。エルフがそうなら、その上位種のハイエルフはさらに……。

 だからディアーナは変態なのか、何か納得したよ。


「あの時もガブリンとライオン丸さんにオドオドしていたし、そんな風には見えなかったんだけど」


「笑止千万、片腹痛いのニャ!」


 おお、難しい言葉を知っているね、えらいえらい。


「あれは演技なのニャ。暗殺と拷問を得意とする諜報部の代表であるウサビッチが、あの程度の相手から恐怖を感じて怯えるなんて有り得ないのニャ! 本当は狡猾で気性が荒く、アイナ様が近付いてはいけないビッチなのニャ!」


「エェ……」


 よほど相性が悪いのか、それとも過去に何かあったのか、ディアーナは嫌悪感たっぷりに声を荒げた。

 しかしディアーナを疑うわけじゃないけど、本当にマリーさんは諜報部の代表なのかな?

 あの場に顔を連ねていた以上、位の高い何かしらの代表であり、軍部側に座っていた事から軍関係あることは間違いないようだ。

 兵糧などの兵站管理とか後方支援と言われたすぐに納得できたんだけどね。


 けどその先入観からこそ、既に彼女の術中だったとしたら?

 ウサギは寂しいと死んじゃうというのはデマであり、むしろ本来ウサギは警戒心が強く、縄張り意識も高い。特にオス同士だと喧嘩して相手の耳を囓り取るなんて事も。小学校で複数のウサギを一つの小屋で飼育した事のある人には経験があるかも知れない。

 つまり気性が荒いというディアーナの言葉を裏付けることができるね。


「けれどどうしてウサビッチの事なんて────ハッ、まさか!?」


 ディアーナは奪うように、私が手にした投書を取り上げる。

 そして目を通すなり、ワナワナと身体を震わせる。


「あのウサビッチ!」


 ギリッと奥歯を噛み締めたディアーナの手の中で、握り潰された投書が炎に包まれ、塵すら残さず消えていく。


「アイナ様、少し用事ができたので出てきますのニャ」


「あ、うん、気を付けて。帰りにお土産よろしくね」


 足早に執務室を後にするディアーナに対し、私はそう告げることしか出来なかった。

 いや、だって面倒事に巻き込まれたくないし仕方がない。


 え~と、次が最後だね。

 まあ、最初だから少ないのは仕方ない。

 あまり認知もされてないようだし、そもそも悪戯の類だと思われたのかも知れない。

 それならふざけた内容の投書ばかりなのも頷けるというものだ。

 ちゃんとみんなに言っておくべきだったかな。

 今後の反省点だね。


 取り敢えず最後のお悩みは匿名希望さんから『そろそろ四天王どうにかしませんか?』と。


「これだッ!」


 私は天啓を得たかのように思わず叫んでいたのだった。

 



 祝1周年! ここまでお読みいただきありがとうございます!

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