第52話 「来ちゃった♪」そう言ってドアの隙間に爪先をねじ込む
「それで、どうしてキミがここにいるのかな。何かあったのかい、セシリア?」
気を取り直して、私は問い掛ける。
その呪いとも呼べる異能を持つが故に、他人と相対することが私以上に苦手なコミュ障となってしまったセシリア。
普段は森の奥に暮らしているとはいえ、完全な自給自足をしているわけじゃなく、生活必需品が不足すれば買い出しに出向くのは当然だ。
しかしそれはあくまでも近くの村がほとんどであり、今回のように大国の首都たる大都市まで足を伸ばすなんてよっぽどの事だろう。
彼女の過去を思えば、人の多い場所に忌避感を覚えるに違いないからね。
ただそんな彼女から返ってきた言葉は、私の予想していなかったものだった。
「……待ち合わせ(いえ、特に何か問題が起こったという事実はありません。ただこのお店で待ち合わせをしているのです)」
ふむ、待ち合わせとな。
喫茶店への来店理由としては別段珍しくないだろう。
現に今日だって商談客を待つ商人や、彼氏彼女を待つリア充たちが来店しているしね。
ハッ、まさかセシリアもこれからデートなのだろうか?
よく知る友人である以上、老婆心──もとい小娘心? ロリBBAとは認めない──ながら少し心配になるけど、彼女だって分別のつく年齢だし、あまりプライベートに干渉するべきではないよね?
いざとなれば彼女には呪歌がある。
それに私が送ったアーティファクト(ドレス)を今日も身に纏ってくれているようだから、生半可な攻撃で傷付く事はない。
「そう、待ち合わせなんだ。ところで、どうして私だって気付いたんだい? 一応偽装用の魔導具を装備しているんだけど」
ラトゼリカは私に気付かなかったようだし、ちゃんと魔導具は機能しているはず。
それなのにセシリアは確信を持って私の事をアイナと呼んだ。
その疑問を解消しておくとしよう。
「え?(何故と問われても困ってしまいますね)」
私の問い掛けにセシリアは「なに言ってるの、コイツ?」と言わんばかりに困惑の表情を浮かべる。
あれ? 何かおかしな事を言ったかな、私。
「……におい(でも強いて理由を挙げるとすればにおい、ですか?)」
なる程、嗅覚か。そうだね、自然豊かな森に住んでるもんね。嗅覚が敏感になるかも知れないよね。
警察犬とか麻薬捜査犬とかそういう感じかな。
それは私も盲点だったよ。今度は視覚だけなく嗅覚も誤魔化せる魔導具を造ってもらうとしよう。
でもセシリア、キミはいつから犬もしくは犬獣人にクラスチェンジしたのかな?
例え魔女と呼ばれていても生粋の人間種だったよね?
「ふ、ふ~ん、そうなんだ」
聞かなかった事にしよう。
それと敢えていうけど、ちゃんと毎日お風呂に入って身体を洗っているからね。確かにめんどくさがりだけど、そこのところは間違えないで欲しい。
「もう、ナイア先輩。奇声を上げたかと思えば、こんなところでサボってるじゃないっすか。タルコット姉もマールっちも居ないんですから、今日はサボっちゃダメっすよ?」
と、何やら不満げな声が聞こえ、私は振り返る。
内容から考えれば当然の事だが、そこに居たのは本日私以外に唯一出勤している魔族のフレアさんだった。
まるで部活動に精を出すスポーツ少女を連想させるボーイッシュな雰囲気を持ち、誰とでも仲良くなれるムードメーカーである。
ちなみに残る後輩ウェイトレス、毒舌担当のマールちゃんは、どこかの駄エルフとは違い正真正銘の猫獣人だ。
語尾にニャを付けないのかと問うと鼻で笑われ、すごく蔑んだ目で見られたよ。
ディアーナまじ許すまじ。
「あ、裏切り者」
「いきなりなんすか、裏切り者って?」
「いや、こっちの話だから気にしないで」
「腑に落ちないけど、取り敢えず分かりましたっす。ところでそちらのお客様は先輩のお知り合いっすか?」
「うん、友人だね」
「じゃあ先輩からも相席をお願いしてもらっても良いっすか?」
「って事なんだけど、大丈夫かな? もちろん無理にとは言わないから、嫌なら断ってくれても全然構わないけど」
「……大丈夫(はい、問題ありませんよ、アイナ)」
「オッケーみたいだから、お待ちのお客様をこちらにお通しして」
「了解っす」
そう言って踵を返したフレアさんは、しばらくして来店客を連れて戻ってくる。
「相席となりますが、こちらへどうぞっす」
「いえ、ありがとうございます。それでは失礼しますわ」
「それではご注文がお決まりになりましたら声をお掛け下さいっす」
「ええ、分かりました」
セシリアの対面に女性客が腰を下ろし、メニュー表を置いたフレアさんが去っていく。
その間、私はただ立ち尽くしていた。
視線が女性客から外せない。
一目惚れ?
そんな冗談を言っている場合じゃない。
彼女の身を包むのは──壮麗な装飾が外されてはいるが──宗教関係者だと一目で分かる白き神官服。
そして見る者に安堵を与える聖母のような優しい微笑みを浮かべた美貌を、私はよく知っている。
うん、間違いなくアレクシエラ聖教会聖女派筆頭枢機卿=シオン・ローレシアその人だね。
どうしてキミがここにいるのかな?(本日二回目)
いや、人力インターネッツの根幹を牛耳る彼女に対し、それは愚問というものだろう。
そこそこ有名になってきているからね、当然この店の情報はローレシアの下にも届いているに違いない。
「セシリア」
「……大丈夫(……大丈夫)」
ローレシアに気付かれないように私が小さく名を呼ぶと、彼女は特に気にする様子もなく、そう返してくる。
翻訳スキルが正常に機能していないのか副音声は聞こえない。
本当に本心からそう考えているとでもいうのだろうか。
いやいや、だいじょばないよ!?
セシリア、キミの目の前にいるのは魔女を異端と認定し、必滅だと考える聖教会の実質的な最高権力者たる枢機卿の一人だよ。
キミの素性がバレれたら本当に拙い相手だからね。
「ナイア様、注文よろしいでしょうか? あ、それとウエイトレス姿も、とてもよくお似合いですわ」
一方のローレシアもセシリアの正体を知ってか知らずか、普通に注文をしようとする。
っていうか、キミも私の正体は気付いているよね?
偽名で呼んでくれるのはありがたいんだけど、様付けは止めて欲しい。
え、畏れ多いって?
まったく、空気を読んでいるんだかいないんだか。
一応聞いておくけど、何で私だって気付いたのかな?
「その御身から溢れ出る気品、神聖なる神々しさ、慈愛の御心を、例え如何にお姿が変わろうとも、我が唯一の神たる聖女様を違えることなどあり得ません。もしそのような事になれば不徳を恥じ、潔く死を選ぶ事でしょう」
一体それは誰の事を言っているだろうね?
というか、そろそろ本気で枢機卿の座を退くべきだと思うんだ。他の信徒の迷惑だよ。
「それにどうやら今回は、その可憐な骨格まで手を加えられておらず、表面的なものに止められているご様子。その程度の偽装で瞳を曇らせるようでは、聖女様検定一級を名乗る事はできません」
可憐な骨格って何? 初めて言われたよ、喜ぶべきなのかな?
そして偽装魔法を見抜き、他者の顔を骨格レベルで判別できるとか、相貌認識能力保持者を越えてるよね。
しかもそれが必須な聖女様検定って何なんだい?
無駄に難易度が高いし、もし一級保持者が沢山居るなら軽く恐怖を覚えるんだけど。
あれだね、もう聖教会を辞めて、セシリアと組んでバウンティハンターにでもなれば良いんじゃいかな。
ああ、でももしかして私限定?
なんだろう、ツッコミどころが多すぎる。
「……できる(私だってそれぐらい可能です。どれだけ大勢の人混みに紛れようと、どれだけ姿を偽ろうと、私が歌えばアイナだけが最後に残るのですから)」
私とローレシアの会話に触発され、対抗意識を燃やすように物騒なことをセシリアが呟く。
うん、それは人探し云々じゃなくて無差別テロだからね。
「はい、お客様、ご注文をどうぞ」
取り敢えず聞かなかった事にして営業スマイルを浮かべる。
仕方がないのでスマイルは金貨ゼロ枚にサービスしてあげるよ。
え、面倒だからって目を背けるなって?
……お客様、お帰りはあちらです。
「では、ここからここまでを一通りお願いします」
そう言ってローレシアはメニューの端から端まで指でなぞり、注文を伝えてくる。
ザ・大人買い──それとも大人注文の方が正しいかな?──だね。
でも大人買いする人って経済力はあっても、精神年齢はむしろ低い気がするよ。
もっとも食玩やトレーディングカードゲーム類の箱買い経験者の私が言えた義理ではないけど。
「大丈夫なのかな?」
「ええ、財布の中身に問題はありません!」
いや、別に料金のことを心配している訳じゃない。
枢機卿という地位に就き、実家が貴族であるローレシアの懐事情は潤沢だと容易に想像がつく。
だけど彼女が度を超えた大食漢だとか、胃袋ブラックホールだなんて事実はない。
つまるところ注文しても食べきれないという事だ。
「そうじゃなくてさ、食べきれないよね? 売り上げに貢献してくれるのは嬉しいけど、止めておいた方が良いと思うんだ」
お残しは許しまへんえ。
もちろんテイクアウトも可能だけど限度という物がある。
それにラグナくんが作るお菓子はこの帝都でも五本の指に入るレベル。折角なら万全の状態で、より多くの人に食べてたいと思っているよ。
「くっ、そんな……では本日のケーキセットを」
僅かに険を帯びた私の声に、たじろいだローレシアが恨めしそうに呻いた。
「しかしこれではあのサービスを受けられないではありませんか」
「あのサービス?」
ローレシアの視線に促され、私はメニューボードや本日のオススメが記されたミニA看板などが置かれた方向へと視線を向ける。
そして何やら開店時よりポップが増えている事に気付いた。
「えーと、何なに」
五品以上ご注文のお客様には看板娘ナイアたんとの握手券を、さらに十品以上ご注文いただくと看板娘ナイアたんのあ~んサービス。
そしてメニュー全てをご注文いただいたお客様を、なんと抽選で看板娘ナイアたんのシークレットライブにご招待ニャ……?
「何これ? え、誰の?」
抱きしめて、輪廻の果てまでぇ~♪ ですね、分かりません!
というかシークレットライブって公表されている時点で全然秘密じゃないよね?
ああ、私に対してのシークレットって事なのかな?
ふふっ、面白い。
一体誰がこんな嫌がらせを────
【ご招待ニャ】
うん、文章からもアイデンティティが漏れ出しているじゃないか。
「ごめん、二人とも。少しばかりやらなければならない事が出来たようだ。まあ、ゆっくりしていって欲しいかな」
私はテーブルの置かれたナイフとフォークを手に取り、ホールの中央へと歩みを進める。
私の──というか看板娘ナイアのだけど──普段とは違う雰囲気に、来店客の視線が自然と集まった。
でも今はそれどころじゃない。
ふぅとゆっくり息を吐き、感覚を研ぎ澄ませながら、ぐるりと店内に視線を巡らせる。
きゅぴりん────
「そこッ!」
私は店内の隅に置かれた掃除用具ロッカーへ向け、手にした銀食器を目にも止まらぬ早さで投擲する。
放たれたナイフ達は瞬時に目標へと到達し、容赦なくその扉を貫き、吸い込まれるように消えていった。
一応力加減は計算したから店の壁を貫通して外までは飛び出していないはず。
私ぐらいのチートボディになると、ただの食器も対物質ライフルに早変わり。風魔法と重力魔法を加えれば射程はスナイパーライフルを凌駕し、雷撃魔法と空間魔法の合わせ技で電磁投射砲を優に超える弾速と威力となる。
何事かと誰もが固唾を呑んで見守る中、ロッカーの扉がゆっくりと開いていく。
そして現れた無傷かつ投擲された食器を手にした一人のエルフが大きく腕を広げ、芝居がかった動きで頭を下げる。
盛大に鳴り響く拍手。
違うから、サプライズのイリュージョンとかじゃないから。
笑みを浮かべ、手を振って拍手に応えるエルフ──いや駄エルフ。
このあと滅茶苦茶説教した。
「……それで(それで今日ここへ呼び出した理由は何でしょうか?)」
看板娘を見送りつつも、横目でその姿を追いながらセシリアが切り出した。
「え、ああ、そうでした。私とした事がすっかりと聖女様の魅力に当てられ、本来の使命を忘れてしまうところでした」
看板娘を見送りつつも、横目でその姿を追いながらローレシアが応える。
「……気持ちは分かる(気持ちは分かります。看板娘の仮面を身に付け、ウェイトレスとして振る舞うアイナも新鮮。その姿を目に出来た事は貴女に感謝します)」
「いいえ、礼には及びません。私と貴女の仲ではないですか」
そう言って微笑みを浮かべるローレシア。
この店の看板娘が聖母のような悪魔の微笑みと形容する微笑みを。
もっとも相対するセシリアにとっては興味のない事だが。
「……馴れ合う気はない(必要以上の干渉はお互いのためになりません。速やかに本題に入ったらどうですか)」
「そうですね。といっても既にお気付きの事でしょう。私が貴女に望む事は一つしかありません。歌って下さい、歌う魔女」
「……彼女のため?(それはアイナの為にですか、聖職者?)」
「世界の平穏のため、延いては我らが聖女様の憂いを未然に防ぐために」
「……歌う(そうですか、ならば答えは簡単です。歌いましょう)」
「ありがとうございます。では報酬はいつものように」
「お待たせいたしました。ご注文のケーキセットでございます」
雑事を済ませた私は運んできたケーキセットをローレシアの前に並べていく。
「ありがとうございます、ナイア様」
「あれ、セシリアは?」
「私の前に座っていた女性でしたら先ほど店を出て行かれましたわ」
「そうなんだ」
待ち合わせの人物が来たのかな?
残念、どんな男か面を拝んでやるつもりだったのに。
セシリアに限ってないと思うけど、相応しくないようなら裏で手を回すよ。
まあ、過ぎた事は仕方がない。
自分用に用意したケーキセットを並べ、ローレシアの対面に腰を下ろす。
「相席しても良いかな?」
「もちろん私としては願ってもないことですが、よろしいのですか?」
「大丈夫大丈夫、自主休憩時間だから」
サボりともいうけどね。
「私の事は気にせず、紅茶が冷める前に食べてよ」
「はい、それでは」
しばらく世間話をしつつケーキを味わい、ローレシアが食べ終わったのを見計らって私は切り出した。
「それで、今日はどんな面倒事を持ってきたのかな?」
直後、ローレシアの微笑みを一瞬だけ崩れた事を私は見逃さない。
これは確定だね。
「たまたま客として来店したとは?」
「そう思いたいところだけど、残念ながら経験上そうもいかないからね。こうしてアポ無しで職場まで押し掛けて来たんだ。よほどの事があったと考えるの普通かな」
ローレシアは反論しようと口を開いたところで、思い直したのかすぐに口を閉じた。
あぁ、この反応もビンゴだね。
また言い出しづらい面倒事が起こっているようだ。
まったく、私の事を便利屋かなんかと勘違いしているんじゃないだろうね?
「大変伝えにくい事なのですが、状況の推移如何によっては、またお力添えを請う可能性がある事を事前にお伝えするために本日は参った次第です」
あれ、この言い方だとまだ面倒事は起きていない。これから起こりそうだから、その時は助けてねって事なのかな?
ちょっと拍子抜けだね。
「何が起こったのか詳しく聞いても?」
「もちろんです」
そう言ってローレシアは身を乗り出し、私へと顔を寄せる。
あまり聞かれたくない話なら書面でも良いよ?
「北の大地で動きがあったという神託が齎されました。まだ詳しい事は確認中ですが、魔王自らが動いた可能性があります」
情報通のローレシアにしては何とも曖昧な表現だけど仕方がない。
魔族領には聖教会の影響力が極僅かであり当然信者も少なく、比例して集まる情報量や精度も下がってしまう。
その為、如何にローレシアと言えど異能──教会内では権能だったか──によって齎された神託以上の情報を持ち合わせてはいないのだろう。
「ふ~ん、魔王がね。……うん?」
「さすがはナイア様。あまり驚かれてはいないご様子。この程度、最早すでに掴んでいたと」
何を勘違いしたのか、キラキラとした尊敬の眼差しを向けてくるローレシア。
いや、だってね?
目の前の居るのが魔王だし、キミが食べたケーキを作ったのは元魔王だよ?
もちろんその事実を伝える気はないけど。
「いや、超驚いているよ? まじかー、困ったなー、大変だなー」
私は一介のウェイトレスだから全然魔王だとか魔族だとか分からないし、まったく関わりとかないけど、きっと杞憂じゃないかな。
仮に新しい魔王が誕生していたとしても、たぶん新しい魔王はめんどくさがりだから、世界征服とか領土拡大だとか微塵も考えていないと思うよ、うん。
だがら別に身構える必要はないんじゃないかな?
あ、マスター。ナイア・ファルドゼーベンは一身上の都合により、本日を持ちまして職を辞めさせていただきます!




