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第50話 実はウナギは毒魚です 生はらめぇっ!


「レオンさんは無糖派なので食後のドリンクにお砂糖は必要ありません。ただ料理の味付けは濃い方が喜ばれます。

 逆にガーランドさんはご高齢なこともあり、奥さんから健康の事を考え、薄めの味付けにしてほしいと希望を受けています。

 ミュールさんは根っからの甘党です。ただ先週フラれたみたいなので、恋愛関係の話題はNGでお願いします」


「さすがはナイアちゃん、常連さんの味の好みを細かく憶えているなんて。お姉さんも頑張らなきゃ」


「さすナイっすね、ナイア先輩! マジ尊敬っす!」


「…………負けない」


「えへへっ、もうおだてても何も出ませんよ!」


 初めまして? それともまた会えたね、かな?

 喫茶フェアリーテールの看板娘、ナイア・ファルドゼーベンです!

 って自分でいうのは照れちゃいますね。


 お店の経営は順調で人手が足りなくなったこともあり、なんと後輩ができました。

 晴れて私も先輩ウェイトレスさんです。わぁ~、ぱちぱち!

 タルコットさんにフレアさんにマールちゃん。

 皆さん良い人で、年下の私のことをちゃんと先輩扱いしてくれます。


 あ、でもマールちゃんは同い年くらいかな?

 基本的には素直な良い子なんだけど、どうも私にライバル意識を燃やしている様子。

 あまり同年代の子と触れ合う機会がなかったので、どう接したらいいのか、ちょっとだけ困惑しちゃいますね。


 ともあれ、今日も元気にお仕事を始めましょう。

 喫茶フェアリーテール、開店です! 『看板娘ナイアのマジカル繁盛記☆ミ 第二話 ご注文のチェリーパイです。え、頼んでないけど? チェリーパイです。いや、だから。チェリーパイです。あ、はい、すみません』始まり────ません!




     ▼




「名を惜しむな、媚びを売れ!」


『イエス、マム!』


「愛想を見せろ、愛嬌を振りまけ!」


『イエス、マム!』


「我らは戦場ホールを舞う戦乙女ウェイトレスと心に刻め!」


『イエス、マム!』


「よろしい、ならば開店だ!」


 店の入口に取り付けられたベルが、戦闘開始を告げるかのようにカランカランと鳴り響く。




 ふぅ、一仕事やりきった私は額の汗──滲んですらないけど──を拭う。

 あ、どうも、アイナです。

 お前は一体何をやっていたんだって?

 何って開店前の朝礼じゃないか、他の何だっていうのかな?


 おかげさまでラグナくんの喫茶店は繁盛し、噂では近くにあった喫茶店が一軒潰れたとか。まだまだこれからだって言うのにね。

 しかしながら繁盛すれば忙しくなり、当然私の仕事量も増えてしまう。

 そこで予てより計画していた人員の補充を行ったというわけだ。

 ま、魔王城の新人メイドさんを社会勉強だの何だの理由を通して拉致、いや勧誘してきただけだけど。


 もともと良いとこのお嬢さんが多いからね、アルバイトなんてした事がなかったに違いない。

 そんな彼女達も私が考案した洗脳もとい新人教育によって、今では立派な戦乙女へと成長した。

 その甲斐あって私がフルタイムでホールに出る必要はなくなったよ。

 常連客からは残念がる声も上がったが、生憎といつまでもウェイトレスを続ける予定はない。

 軌道にさえ乗れば、あとは彼女達に任せて私は心置きなく引退するつもりだ。


 という事で最近の私はヘルプ要員である。

 昼時のピークと何か問題が起こった時、特別なお客の来店した時を除けば、更衣室兼休憩室なスタッフルームにて待機。

 ラグナくんがたまに持ってくる献上品──新メニューの試作品や形が崩れて店で出せない商品──を美味しくいただいていたりする。

 世界中の女性を敵に回すようだけど、どれだけ食べても太らないなんてチートボディ様々だね。ダイエットなんて面倒な事したくないし。


 ただ残念な事に今日は献上品がないらしい。

 仕方がないので緑茶を飲みつつ、家から持参したせんべいを囓る。

 ああ、何故だかドロッドロの昼ドラが恋しくなるね。引き籠もり時代の前世でよく見ていたからかな。

 え、おばさんくさい?

 ほっといてよ。


「ナイアちゃん、居る? 指定一号種が来店されたのだけど、対応をお願いねぇ」


 ちょうどせんべいを囓り終えた頃、スタッフルームに入ってきた後輩ウェイトレスの一人が、そう私に声を掛ける。

 彼女の名前はヒツジ獣人のタルコットさん。

 胸元メロン農家なほんわかお姉さんだ……くそっくそっ!

 そのメロンで多くの男性客を魅了し、売り上げ増加に貢献する彼女だが、至って常識的な貞操観念を持つ人妻なのでガードは鉄壁である。


「あい、了解です。伝票は私が持っていきます」


 指定一号種、それは私がリストアップした特別な来店客の中でも、特に高い利益を得られるであろう相手。つまりカモでネギな鍋セットであった。




「お客様、お味はどうでしたか?」


 伝票を手にして向かったターゲットへと私は問い掛ける。


「まあ、可愛いウェイトレスさんですね。噂通り大変美味しかったです、パティシエの方にもそう伝えてください」


「ありがとうございます」


 どうやらターゲットは満足している様子。

 ラグナくんのお菓子作りの腕は彼女の舌にも通用したようだ。


 私の目の前に座るのは──豪華なドレスを身に纏った貴族令嬢を思わせる──一人の少女。

 お忍びモードなのか、店内でも鍔の大きな帽子を被って隠しているようだが、僅かにその特徴的な桃色の髪が見え隠れしている。

 なおかつデザイン性を抑えているとはいえ、やはり目を惹く左目を覆う眼帯。

 そして何より、そんな彼女の斜め後ろの定位置に立つ、側頭部に角を生やした燃えさかるような紅く長い髪のメイドと来れば、もはや自ら正体を語っているも同じ。


 どう見てもヴァレンティア帝国第三皇女=ラトゼリカと、しがない最強メイド=クーネリアの主従コンビです、はい。

 頭隠してメイド隠さずとは、まさにこのことだね。


「ではこちらが本日のお会計となります」


「そうですか、えっと……え?」


 私が差し出した伝票を見て、それまでにこやかだったラトゼリカの表情が凍り付く。


「どうされました、我が主?」


「あの……何かの間違いですよね?」


 ラトゼリカが困惑した様子で尋ねてくる。

 まあ、それも無理はないだろう。

 伝票に記された請求金額は白金貨十五枚。

 相場により変動はあるが単純計算すると白金貨一枚が日本円で約百万円。

 つまり請求金額は一千五百万円相当になる。

 最早ぼったくりとかそういうレベルじゃない。

 中古の一軒家とか余裕で買える額だ。


「あれ、払えない額ではありませんよね? あ、もちろん分割でも構いませんよ?」


「まさか帝都にこんな幼い少女を犯罪に加担させる輩が居るなんて……。これは早急に帝都全域の店舗を調べる必要がありますね。政務を抜け出してきた甲斐があったというものです。しかしこれで言い訳を考える手間がなくなりました」


 おい、お姫様。後半本音がただ漏れしてるじゃないか。


「もう大丈夫ですよ、可愛いウェイトレスさん。すぐに店主を捕らえ、貴方を解放してみせますから」


「我が主、ここは私が」


「ええ、頼みましたよ、クーネリア」


「え、あの……」


 正義感を燃え上がらすラトゼリカ。

 これはあれかな、貧乏旗本に扮する暴れる将軍や全国を漫遊する縮緬問屋のご隠居的なヤツかな?

 自分の正体を隠して悪を討つ、何ともラトゼリカが好きそうな展開だね。


「落ち着いて下さい、お客様。そうだ、お客様にお渡ししたい物がございます。ご来店の記念品としてお受け取り下さい」


「私にですか? 生憎と賄賂の類はお受けできませんが────」


「こちらです」


『ッ!?』


 私はテーブルの上に、とある物をそっと置いた。

 その物体を目にした瞬間、ラトゼリカだけでなくクーネリアまでも顔を強張らせ、また引き攣らせて身体を震わせる。


 装飾が施された宝玉。時間の経過と共にその内部では、再び黒紫の光が渦を巻き始めている。

 そう、我が家に押し掛けた彼女達が私に押し付け、魔王即位という非常に面倒な立場にならざるを得なくなる、その発端となったアーティファクト=悪神の戯れ。


「ま、まさかアイナ様……?」


 ようやくそこでラトゼリカは私の正体に気付いたようだ。

 さすがに知り合いが来店する可能性のある帝都クルキセスで、好き好んで媚びを売るウェイトレス姿を晒すはずがないじゃないか。

 私もラグナくんと同様に偽装用の魔導具を装備し、髪の色や瞳の色だけでなく顔の形も変えている。

 おかげで後輩ウェイトレス達も私やマスターの正体には気付いていない。


「う~ん、アイナって誰ですか? 私はナイアですよぉ」


 私は首を首を傾げた後、ラトゼリカの耳元へとそっと顔を寄せて蠱惑的に囁いた。


「でも払ってくれるよね、ラトゼリカ?」


 対する彼女は若干涙目になりながら、勢いよく何度も首を縦に振って応えるしか出来なかった。




「ありがとうございました、またのご来店を心よりお待ちいたしております! また来てね!」


 私は満面の笑みを浮かべてカモとネギを見送った。

 きっと彼女達が再び来店することはないだろう。

 結局、手持ちが足りなかったラトゼリカは後日支払うと確約し、肩を落して帰って行った。

 優しい私が利子は取らないであげると告げると、彼女は「アイナ様の鬼」と泣いて喜んでいたよ。

 ぼったくり価格は冗談だと思った? 残念、本気です。


 いやいや、自業自得だよね。

 むしろ黒の森の魔女たる私の不興を買って、金銭だけで済んだのだから感謝して欲しい。

 とは言っても単にお灸を据えたかっただけで、別にお金が欲しかったわけじゃない。

 そうだね、ラトゼリカから巻き上げたお金は、せっかくだからアレク達のお墓参りの時にでも使うとしようかな。

 ついでに元魔王手作りのお供え物を持参したら、彼等はどう思うだろうね?

 時代が変わったと喜んでくれるかな?



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