第39話 庭園会談
「ちょっと待って下さいね。すぐに片付けますから」
そう言って魔王ラグナはテーブルの上に積まれた書類の山を、バランスを崩すことなく器用に移動させ、文房具類をケースへと収め、ものの数十秒でスペースを整える。
「さあ、立ち話もなんですので座って下さい」
人懐っこい笑みを浮かべる彼の背後に、私は大きく揺れるモフモフの尻尾を幻視してしまう。
その容姿と相まって、まるで構って欲しくてじゃれついてくる子犬っぽい。
ショタコン気質ではないけど、犬好きの身としては思わず頭を撫でたくなるね。
もちろん実行はしないよ?
促されるまま魔王の対面の席へと腰を下ろした私に対し、彼は言葉を続ける。
「あ、今飲み物をご用意しますね。紅茶で大丈夫ですか?」
「いや、あの、お構いなく」
予想外の歓迎に私は毒気を抜かれてしまう。
そんな私の目の前で魔王はティーセットを取り出し、手際よく紅茶をいれてくれる。
手慣れているのは、この庭園には護衛や侍従も立ち入ることが出来ないが故、普段から自分で用意している為か。
生憎とクーネリアのような最強メイドは居ないらしい。
もっとも護衛に関しては、守られる必要のない者達のみ立ち入りを許可されいるのだけど。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
用意された紅茶を受け取り、礼を述べる。
魔王手ずからいれた紅茶、略して魔王茶。ファンタジー系異世界でも、あまりお目に掛かれない一品。ほら、やっぱりメイドさん達がいれてくれるイメージがあるし。
つまりは稀少品だね。高く売れるかな?
なんて考えていたら────
「よかったら、こちらもどうぞ。お口に合うかは分かりませんが」
氷魔法を応用して作られた魔導具──どう見ても小型冷蔵庫にしか見えない。ファンタジー仕事しろ──から取り出した、美味しそうな苺のタルトが目の前に置かれる。
「これは?」
「最近お菓子作りにはまっていまして僕が作ったものです。僕が厨房に立つと、いい顔はされないんですけど」
気恥ずかしそうに苦笑する魔王。
つまりこのタルトは魔王手ずからが作った(以下略。
そりゃいきなり王自らが厨房に立ったら料理人も侍従も気が気ではないだろう。
毒物混入による暗殺を疑われているのかと思ったかもしれない。
まあ、解毒魔法がある以上その成功率は極めて低く、あまり暗殺の手段としては用いられない。もっともそれを逆手に取ったと言われればそれまでだけど。
実際のところ今の魔族領は安定していて、彼を弑逆しようと画策する勢力も存在しない。これに関してはディアーナが動いているんだから確実な情報だ。
しかし愛らしい容姿だけでなく、お菓子作りによって世のお姉様方の胃袋まで攻め落とすつもりなのか。
さすがは魔王、恐ろしいね。
え、そんなつもりは毛頭ないって?
またまた、そんなこと言っても私は騙されないよ。
知らない人から物をもらわないなんて事は子供だって知っている。
もぐもぐ。
「とても美味しいですわ、陛下。ご謙遜なさらず誇ってもよろしいかと」
うまうま。
いや、ほら、私だって甘い物には目がなく別腹な女の子だよ?
それにその素性を知らない相手じゃないしさ。
いや~、美味しいお茶にお菓子まで用意してもらえるなんて至れり尽くせりだね。
「本当ですか、お世辞でも嬉しいです」
事実お世辞は言われ慣れている事だろう。
王自ら作った料理を食べて、不味いと言える臣下は居ない。
言ってしまえば不敬罪で処刑なんて展開も普通にあり得るのがこの世界基準だ。
ディアーナなら空気読まなそうだけど。
「いえ、お世辞ではありませんから」
「ふふっ、ありがとうございます」
満足げな笑みを浮かべた魔王はテーブルを挟んだ向かい側の席に座り、自分用にいれた紅茶に口を付ける。
「しかし本当に珍しい事があるものですね。まさか貴方の方から僕に会いに来てくれるなんて思いもしていませんでした」
「お仕事中に迷惑だったでしょうか?」
「ああ、勘違いしないで下さい。迷惑に思っているとかそんなんじゃなくて、むしろ逆で、うれしいとさえ思っているんですから!」
そう告げる魔王の顔は興奮によるものか上気し、瞳は自らの言葉を肯定するように輝きを放つ。
はっ、その態度。まさかディアーナに惚れているのか!?
敢えて善意から言うよ?
ディアーナは止めてたほうが良い。
男の性なのかも知れないが美貌とスタイルに騙されるな。ディアーナの正体は色物の猫耳駄エルフだぞ!
「まあ、陛下はお口もお上手ですね。そのように仰ると女性が勘違いしてしまいますよ?」
「あ、いえ、そんなつもりは! ただ、こうして誰かとゆっくりお茶をする機会は久しぶりのことですし、テンションが上がってしまったと言いますか……。貴方になら理解してもらえるんじゃないかと」
魔王の笑みが曇る。
う~ん、つまりぼっち宣言?
それとも力を持つが故に苦悩する俺様マジ可哀想?
ま、確かに実力至上主義の魔族社会において、その頂点である魔王は畏敬すべき存在であり、また権力者が戯れで弱者の生殺与奪権を自由にできる世界である以上、おいそれと近寄りがたい存在である事は間違いない。
思惑なくフレンドリーに接してくる相手は絶滅危惧種並に稀有だろう。
ただ残念──いや幸いか──ながら私には理解できない心境だった。
ぼっちは楽だよ?
煩わしい人間関係やしがらみを考える必要がないわけだしさ。
それに目の前の魔王様には自慢に聞こえるかもしれないけど、私の周囲には私が持つ力の異常性を理解した上で、それでも関わってくる稀有な存在がいる。
私の気分次第でどんな目に遭うか分かったもんじゃないのにね。
自由気ままに己をさらけ出す駄エルフなんてその筆頭だ。
けれどもし彼女達が私のことを恐れ、媚びへつらい、距離を取ったとしたらどうだろう?
最初からその関係だったなら何のダメージはない。
むしろ引き籠もるには丁度いいと考えただろう。
無駄な騒ぎや面倒事に巻き込まれることなく、誰に憚ることなくコタツでゴロゴロできる。
でも今さらとなるとどうだろう?
少しだけ寂しいかもしれないね。
「……陛下」
「ごめんなさい、今の忘れて欲しいです」
やはり男の子、弱音を吐いたとも取られかねない姿は気恥ずかしいようだ。
きっと世のお姉様方は母性本能がくすぐられるんじゃないかな。
実年齢?
気にしたら負けだ。
魔法少女がいくつになっても少女のように、魔王少年もいつまでも少年のままのはず。
「それとお願いついでにもう一つ。僕の事は気軽にラグナと呼んで下さい。貴方に陛下なんて呼ばれるのは畏れ多いですから」
さっきの言葉、そして今の言葉を聞く限り、どうやら目の前の魔王様はディアーナの本当の力、自分よりも格上の存在である事実に気付いている様子。
ディアーナ自らが明かした可能性もゼロではないけど、さすがは魔王といったところか。
「ではラグナ様、と」
「えっと……それで構いません」
納得はしてないけど、仕方がないから妥協するって感じかな。
「それで今日はどうしてこちらに? 僕とお茶をする為でしたら喜ばしい事ですが、わざわざこうして貴方がお越しになるぐらいですからね。やはり僕としてはその理由に戦々恐々としている次第です」
魔王ラグナの瞳が不安を孕みながらも鋭さを増し、周囲の空気も穏やかさを失っていく。
さて、いよいよここからが本題というわけだ。
相手は魔王。
しかも復讐のために、世界と戦う力を得るために魔神と契約した契約者。
触れた者の生命を奪うとも、分子レベルで分解するとも、ただ単純に破壊の概念を有するとも噂される黒き腕。
魔神の玩具となることを対価に得た、彼の絶望と憤怒と憎悪の象徴。
今現在封じられているその右腕が解放された時、ディアーナの身体が無事だという保証はない。
もちろん準備は万端だ。
ここに来る前にディアーナが行使できる最大限の身体強化魔法は使用済み。
さらには魔王城を中心に結界や障壁を多重展開させているため、周囲への被害は最小限に抑えられるはず。
もしもの保険として衛星軌道上に攻撃衛星を待機させている。
大丈夫だとは思うけど、メンタルが反映されないレベル差は絶対とは言い切れず、本来のチートボディではないため手を抜けない。
「今日はラグナ様にお願いあって参りました」
紅茶に口を付け、唇と喉を湿られてから言葉を紡ぐ。
戦闘に発展する可能性が高い以上、どうしても緊張するね。
僅か数日で当時の世界を一変させた彼の力は本物だ。
想いの強さまた同様だろう。
そんな彼が簡単に魔王の座を明け渡すとは思えない。
彼にとって魔王は単なる役職でも称号ではなく、生きた証そのモノと言ってもいいのだから。
「お願い、ですか?」
だけどここまで来たら結果を得ずして帰れない。
ええい、女は度胸だよ。
「魔王の座を私に譲っていただけませんか?」
言ってやったぞ。
さあ、どう出る?
怒り狂うか、怯え従うか、嘆き悲しむか。
「ああ、そんな事ですか。良いですよ」
どこかホッとしたように強張らせた身体から力を抜き、穏やかな笑みを浮かべて魔王ラグナは応えた。
「そうでしょう、貴方にとっては受け入れがたいお願いだと思います。仕方ありません、ここは魔族社会にのっとり────」
「あの……ですから、良いですよ?」
何の躊躇いもなく、あっさりと魔王は告げてくる。
どうやら私の聞き間違えではなかったらしい。
彼も困惑しているようだけど、私も困惑していた。
あれ?
何だろう、確かに望んだ結果だよ。
でも何故か釈然としないような……。
気のせいかな、何か悪い予感を感じないでもない?




