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第35話 覚悟

 つまりこのアーティファクトは悪神がお遊びで作り出したもので、他者の願いによって発動し、その願いを態と曲解して叶える。

 その結果に困惑し、混乱し、醜態を晒す発動者を眺めて楽しむ為のものだと。

 ははっ、予想していたとは言え、傍迷惑かつうざいことこの上ないね。

 ま、強力なアーティファクトだからか、効果時間が思ったよりも短いことが分かっただけマシかな。


「特にないニャ。何なのニャ、それ?」


 そう答えたディアーナから嘘偽りは感じない。


「なら昨日──いや日付が変わっていたなら今日だけど──眠るまでに何か変わったことはなかったかい?」


「……指ちゅぱ……うふふ」


「ん、何だって?」


 ディアーナが何やら小さく呟き、一瞬相好をだらしなく崩す。

 何やら不穏なワードが聞こえた気がするんだけど気のせいかな?


「な、何もなかったニャ。強いて言うなら『良かろう、その願い聞き届けた』なんて幻聴が聞こえたぐらいニャー」


「って、やっぱりお前かッ!?」


 だと思ったよ!

 ステータスの説明を目にした時から、まあそうだろうなぁとは確信していたけどさ。

 案の定とはまさにこの事だ。


「ニャッ、ちょっ!?」


 私はディアーナにフェイスクローを決めるため、昂ぶる感情のまま反射的に腕を伸ばした。

 いやいや、元はといえばお前が効果不明のアーティファクトなんて代物を封印もせず、不用意にコタツの上なんかに置きっぱなしにしたのが悪いんだろうって?

 うん、正論だね。

 もちろん今回の件を招いた責任の一端が自分にあることは理解している。

 だけどね、理解していても受け入れるかどうかは話が別だよ。特に自分以外にも責任を糾弾できる相手が居る場合は特にね。

 器が小さい?

 今でこそバグ幼女だけど、私だって元小市民だよ?

 何とでも好きに言えばいいさ。


 伸ばした腕、その先端がディアーナに触れようとしたその瞬間────


『ッ!?』


 まるで見えない壁に拒まれたかのように弾かれる。

 予期せぬ事態に私は疎かディアーナまでも呆然していた。


「まさか……自動防衛機構オートシールド?」


 それは私が保有する自動発動オートスキルの一つ。

 私に対して害意ある攻撃に反応し、自動で不可視のシールドを展開する。その強度はステータス依存、つまり生半可な攻撃では打つ手のないチート防御性能を誇る。

 さらに設定次第では多重展開も可能な優れものだった。


 ディアーナを揺さぶり起こした際に発動しなかったのは、必死のあまり害意を込めるとかそれどころではなく、また彼女が自身の身体の変化を認識していなかったために起きたエラーだったのだろう。

 たぶん今のディアーナはオートシールドだけでなく、私が保有していた全てのスキルや魔法、我が家の管理者権限に至るまで自由に使える可能性が高い。

 考えたくはなかったことだが、現状私とディアーナの力関係が逆転している。


 その事実を思い知らされた瞬間、私は戦慄し、同時にディアーナは一転して勝者の笑みを浮かべた。

 っ、気付かれた!?


「ねぇねぇ、アイナ様。今のってアイナ様が保有する能力の一つなのですよね?」


 ディアーナが興奮に頬を染め、瞳を爛々と輝かせながら問い掛けてくる。

 何だろうこの重圧。

 あと語尾を忘れて居るぞ。


「さ、さぁ? アイニャさんにはニャンのことだか分からないニャー」


 もはや苦し紛れに誤魔化すしかなかった。

 到底無理だろうけど。


「もうアイナ様ったら動揺しすぎだニャー」


 余裕の笑みを浮かべるディアーナとは対称的に嫌な汗を掻く私。

 まずい、まずい、非常にまずい!

 本来私が持っている力は意図も容易く世界のバランスを一変させることが可能だった。

 故に怠惰な生活を送るぐらいが丁度良いんだよ(言い訳)?

 それがまさか駄エルフなディアーナの手に渡ってしまうとは。

 何だろう、訪れる未来を想像したくもない。


 もし戦闘になれば如何にハイスペックなハイエルフボディと言えど、今の私に勝利は不可能。

 禁術クラスの消滅魔法も呪術も致命傷にはならず、神業の如き拘束魔法も力尽くで引き千切り、毒も無効化することが可能。

 純粋な身体能力で挑むには、それこそゼオラレベルでないと相手にすらならない。 

 え、何このバグ性能?

 無理ゲー過ぎるよね。


 というか自分との対峙って物語終盤に訪れる重要イベントだと思うんだ。

 過去の自分に打ち勝って新たな力を手にする覚醒イベントだとか、仮面の敵キャラが仮面を外したら自分と同じ顔がそこにあって、その正体は別の世界の自分だったとかさ。

 こんな盛り上がりもない日常の延長線上で発生するイベントじゃないよね?


 などと私がテンパっている一方、空間収納から水晶が組み込まれた魔導具を取り出したディアーナが、何やらブツブツとトチ狂ったことを言っている。

 どうやら記録用の魔導具のようだ。


「愛してるよ、ディアーナ。結婚しよう」


「あの……つかぬ事をお伺いしますけど一体何をやっているのかな、ディアーナさんは?」


「いえ、今こそが好機と思い既成事実の構築を少々」


「なるほど、良い趣味ですね、ハハハハ────えいっ!」


 取り敢えず魔導具を掴んで投げ捨てる。

 記録用の魔導具は繊細な造りをしているため、当然のようにガシャンと音を立ててガラクタへと姿を変えた。


「ウニャー、非道いニャ! もう最初からやり直しなのニャ」


 そう言ってディアーナは再び新たな魔導具を取り出した。

 物によるとはいえ魔導具は結構な高級品だよ?

 それこそ場合によっては城とか買えるぐらいには。

 けど魔王軍で魔導開発局局長とかやってるディアーナにとっては簡単に替えのきく日用品レベルなのかも知れない。


 っていうか何、既成事実の構築って?

 私の姿で自分に愛を囁いて、それを記録までしてどうする気だ?

 嫌な予感をひしひしと感じる。


 ただ、魔導具に記録するぐらいならまだマシだ。

 破壊すればいいだけだからね。

 大丈夫だとは思うけど、我が家のシステムに記録して中枢部に保存されたら削除するのも簡単じゃない。


 いや、そもそもその程度は些細な問題だ。

 もし今の状況下でディアーナが外に解き放たれたら一体どうなるだろう?

 本気を出せば追跡は不可能だし、問題を起こせば責任や影響の全てが私へと帰結する事になってしまう。


 故に効果時間が切れるまで、何としてもディアーナを我が家に留め置かなければならない。

 全ての隔壁を封鎖して閉じ込めようにも管理者権限が邪魔をするし、例え閉じ込めたところで内側から破壊されてしまえば意味はない。


 ふと考えたくもなかった最大の懸念が脳裏を過ぎる。

 記録による既成事実だとか可愛いことを言っているけど、仮にディアーナが実力行使に打って出れば、今の私は生娘のように抵抗を許されず剥かれ、まあアレでそれな展開になってしまう可能性もなきにしもあらずというわけだ。

 いやさ、自分の身体に襲われるとか、そんなハイセンスに倒錯した嗜好はちょっと持ち合わせていないかな。

 私が重度のナルシストだったなら願ってもない話なんだろうけど、生憎とそこまで極まってはいない。


 あれ? もしかして詰んでない?


 いやまだだ、まだ諦めるんじゃない。

 ここが運命の分水嶺。

 平穏な未来のためにこの窮地を脱する一手を考えろ。

 私への被害を最小限に抑え、ディアーナを満足させて大人しくさせる悪魔のような方法を。

 唸れ私の頭脳よ、もっとだ、もっと閃けぇ!

 来い、起死回生の良策よ!


 加速する思考。

 去来する可能性。

 必至でピコピコする長耳。

 そして誰にともなく捧げた祈りに応えるかのように、私の前に一つの答えが導き出された。

 それはまるで天啓の如く。


「ディアーナ、ちょっと良いかい?」


 私は改めてディアーナと面と向かって対峙する。

 目の前には最強の敵であるもう一人の自分。

 相手にとって不足はない。


 何だろう、自分でも新たな黒歴史を刻むんじゃないかという危機感の覚えるほどの、妙なテンションになっていることは理解している。

 それでも立ち止まるわけにはいかない。


「何かニャ、アイナ様? 今ディアーナさんは忙しいのニャ。次はメイド編なのニャ」


 メイド編って何?

 なんて不粋な疑問は挟まない。


「提案があるんだ、交渉をしようじゃない」


 私の言葉にディアーナはほうっと息を吐き、テーブルの上に両肘を付き、組んだ指の上に顎を載せて不敵な笑みを浮かべる。

 背伸びしている子供のようで微笑ましくあり、同時にふてぶてしくもある。


「交渉ですかニャ?」


 小馬鹿にされているように感じるのは気のせいだということにしておいてやる。


「もちろん状況は理解しているつもりだよ。その上でキミにも悪くない話だと思うんだけどね」


「その余裕よほど自信があるのか、それともブラフか。良いニャ、聞くとしましょうニャ」


 くっ、こっちが下手に出てれば偉そうに、駄エルフのくせに生意気だ!


「ありがとう、ディアーナ。まず私からの要求だけど、そうだね、明日の朝までは私の家から一歩も出ないことを約束して欲しい」


「意外だなニャー、本当にそれだけで良いのかニャ?」


「うん、良いよ。その身体のことは私が一番よく知っているからね。一日行動を制限するだけでも破格のお願いだと思うよ」


「ふむふむ、それでその対価として何をしてくれるのかなニャ、アイナ様は?」


 さて、ここが勝負所だ。

 とはいっても私が切れるカードは一枚だけ。

 唯一にして切り札。

 これが通用しなければ、蹂躙される未来が訪れるかも知れない。


 けれど私に不安はない。

 迷いも皆無だ。

 私は絶対の自信をもって勝利を確信している。

 何故ならこれから私が提示するカードは、予てよりのディアーナの望み=願いに添う物なのだから。

 その誘惑には例えチートボディを手に入れたとしても抗えるはずがない。

 下種? 外道? 鬼畜?

 ふふっ、何とでも好きに呼ぶといい。


「私が魔王になろう」


「え────」


 ディアーナはビクリと肩を振るわせ、驚愕に目を見開く。

 まるで信じられないといった表情だね。


「聞こえなかったのかな? そう、キミが望む魔王になろうって言ったんだ」


「あの……本当、ですか?」


 半信半疑といったところか。

 分かるよ、私が自分からこの話題を口にすること自体、有り得ないことだからね。


「ああ、本当だとも」


 めんどくさがりのお前が魔王になるとか、気でも触れたのかって?

 失礼だね、別にどうすることもできない状況で自棄を起こしているわけじゃない。

 そもそも魔王なんて私でも務まる職業だよ?

 コンビニのレジ打つ方が難しい。


 そう、私は魔王になる。

 ただし『今』の私が、だけど。

 嘘は吐いてないよね?

 ふ、ふふっ、フハハハハハ!


 さあ、御覚悟は宜しいですか、ディアーナ陛下?



アイナ「魔族の王に、私はなる! なんてね、ふふっ。我ながら何とも恐ろしい策を思い付いたものだね」






フラグさん【壁|ω・`)ソォーッ】


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