第30話 KOTATU
突然の訪問者であるお転婆姫と最強メイドのコンビを前に私は大きく溜息を吐く。
まさか寝起きから、こんな予期せぬ事態に遭遇するとは思ってもみなかった。
一体彼女達はどうやってここまで辿り着いたのかな?
もちろんクーネリアの戦闘能力なら黒の森を正攻法で踏破することは可能だろう。
けれど黒の森を住処とする使い魔達からの報告はない。
そして我が家の世界最高レベルを誇るセキュリティも異常を感知した形跡はない。
つまり不法侵入などではなく、正式な手段に則った訪問ということだ。
しかし問題なのは彼女達を我が家に招待した覚えはないし、パスを与えた覚えもないという事実。
ラトゼリカに貸し与えている機兵には、整備やメンテナンスを目的とした帰還を許可しているけど、その申請は受けていない。
仮にクーネリアが魔神化すれば、電子機器の目を逃れることもできるかもしれないけど、今現在の彼女は通常モードだと見受けられる。
もっともそれではラトゼリカが平然とコタツでくつろぎ、天板の上に置かれていたミカンをパクついている理由が説明できない。
う~ん、考えたところで答えは出ず、私は首を傾げる。
やはり当人達の口から説明してもらうしかないだろう。
コーヒーとパン、それにジャムをトレイに載せ、取り敢えずラトゼリカの対面へと腰を降ろす。
「改めておはようございます、アイナ様」
「うん、おはよう」
「しかしこの魔導具は本当に素晴らしいものですね、私も一つ部屋に欲しいです」
うっとりとした表情を浮かべ、ラトゼリカはコタツの天板を撫でる。
コタツの虜になった異世界人がまた一人。
コタツは人の生み出した文化の極みだから仕方がない。
しかもこのコタツ、何がすごいって暖房だけでなく冷房の機能を持っている。流石は文明の進んだ未来製、これ一台で一年中快適に過ごせるじゃないか。
「ああ、そうだろう。これは堕落人量産兵器KOTATUっていうんだよ。気付かない間に使用者の精神を蝕んでいくから気を付けてね」
「え?」
「我が主ッ!?」
きょとんとするラトゼリカと、主の身を案じて焦りの表情を浮かべるクーネリア。
からかい甲斐のある二人だね。
「くくっ、冗談だよ」
まあ、一度もぐってしまうと中々抜け出せず、最悪こたつむりを生み出すのだから強ち間違っていない気もするけど。
「むぅ、アイナ様は人が悪いです」
「ごめんごめん」
頬を膨らますラトゼリカに心にもない謝罪を告げる。
「それで、どうしてここに居るのかな? ここまで辿り着くのは割と大変なんだけどね」
「さぁ?」
私の問い掛けに今度はラトゼリカが首を傾げる番だった。
「うん? それはさっきの意趣返しのつもりかな?」
おっと思わず声が低くなる。
いや別に寝起きから面倒くさい状況に付き合ってあげてるんだから、ふざけてないでさっさと喋れなんて全然思ってないよ?
「ち、違います。本当に分からないのです! ね、クーネリア!?」
ラトゼリカは慌てた様子で否定し、助けを求められたクーネリアが言葉を引き継ぐ。
「はい、我が主の言葉足らずが誤解を与えてしまい申し訳ございませんが、現状を正確に理解できていないのは我々も同じです」
「そ、そうなのです!」
「それなら仕方ないね。じゃあ何が起こったのか順序立てて話してくるかな?」
「それはもちろんです。ですがその前に今一度謝罪と感謝を述べさせて下さい。先日は私の愚かな行動がアイナ様に多大なご迷惑となり誠に申し訳ありませんでした。またその後にも格別のご配慮いただきありがとうございました。アイナ様のご厚意がいただけなければ、今ごろ私は良くて罪人の塔へ収監されていたことでしょうから」
居住まいを正し、そう言って深く頭を下げるラトゼリカ。
何だろう、ラトゼリカには頭を下げられてばかりな気がする。
もっとも相応の厄介事に巻き込まれているんだけど。
「いや、気にしなくても良いよ。一応約束した手前、キミの行動が著しく制限されてしまうのはフェアじゃないしね」
謝罪は先日の騒動に対するもので間違いない。
後者の感謝に関しては多分、私がローレシアや帝国関係者に行った報告内容についてだろうね。
私は報告内容にラトゼリカが画策していた新女神降臨計画を含めなかった。
その為、あの騒動は表向き思春期の皇女様の家出として片付けられることになったようだ。
もちろんそれで納得する者ばかりではないだろうけど、全てを知る私達三人が口を閉ざせばそれ以上追求することはできない。
何でそうしたかって?
だってラトゼリカがやろうとしたことはある意味テロ行為である以上、確実に面倒事が起きるじゃないか。
聖教会が全ての真相を知れば、当然ラトゼリカは女神アレクシエラに仇なす存在として異端認定され、最悪魔女裁判=処刑なんて話になる。
ヴァレンティア側に関しても皇位継承権争いが絡み、反逆罪だとか騒乱罪だとか扇動罪だとか騒ぎ立て、こちらも最悪処刑という流れになるかも知れない。
そうなればクーネリアが動くに決まっている。
聖教会対クーネリアになるのか、ヴァレンティア対クーネリアになるのか、はたまた別の勢力との戦いになるかは分からないけれど、世界情勢は確実に不安定化し、結果的に阻止したはずの新女神降臨計画が動き出す。
なんという二度手間。
故に新女神降臨計画の事実は私達三人だけの秘密と相成ったわけだ。
一応エルドラード王国の国内情勢に注意を向けるよう言っておいたけど、聖教会も大規模な反乱が起こる兆しが高まっていることは把握しているみたいだった。
よしよし、取り敢えず丸投げしておこう。
「お気遣いありがとうございます」
「まあ謝罪と感謝に関しては受け入れるよ。それじゃあ話を戻そうか」
「はい、事の始まりは初代皇帝陛下の霊廟に墓荒ら──ごほんっ、調査に出向いたことでした」
ん、気のせいかな? 今、墓荒らしって言おうとしなかったかい?
確かアレクやハーレムメンバー達の眠る霊廟は帝都の地下書庫と同様、ダンジョンレベルの遺跡になっていると聞いたことがある。
何でも幾つもの盗賊団が墓荒らしに挑んだが、誰も戻ってこなかったとか何とか。
まあ、クーネリアが居れば問題なく踏破可能だと思うけど。
「何でまた?」
「アイナ様に課せられた──初代皇帝陛下が造りあげたヴァレンティアを取り戻すという──試練、その達成にはやはり初代皇帝陛下を想いを知るために、縁の地を辿ることが必要ではないかと思いまして。そこで手始めに遺品や縁の品々が収められていると聞く霊廟へと向かったのです」
「何とも殊勝な心がけだね。で、本当のところは?」
事前に墓荒らしって単語を聞いていなかったら感心していたところなんだけど、注意して観察していると揺れる視線や僅かな声音の変化から、言葉通りではなく偽りを含んでいると察することができる。
「いえ、本当もなにも……」
「へぇ、この私に嘘を吐くんだ?」
「うぐっ」
言葉に重圧を少々加えるとラトゼリカは沈黙し、程なくして諦めたように本音を口にする。
「……アイナ様のせいです」
うん、そのセリフ前にも聞いた気がするね。
デジャブって奴かな。
なにもしかしてまた私が何かやらかしたパターン?
いや、今回は違うはずだよ。
そうだと言ってよ、ラトゼリカ。




