第27話 祭りの気配
偏に勇者召喚と言っても、世界規格に統一された術式は存在せず、その種類や得られる効果は様々。
その場で召喚される事もあれば、発動からタイムラグを経て召喚されるケースもある。
それ故にゼオラの言葉も曖昧となるわけだ。
まあ、各国また各勢力が門外不出の秘術として受け継いでいるから仕方のない事だね。
もちろん全てが無償であるはずもなく、中には多くの対価や生贄を必要とする悪魔召喚に酷似する術式や儀式も存在している。
その為、過去には勇者召喚を行った小国が運悪く滅んだなんてこともあったようだ。
当事者達は自業自得だけど、巻き込まれた民衆は堪ったものじゃないね。
結果、生まれた強い無念や憎悪といった負の感情が凝縮され、不死者が溢れる廃都や死都と呼ばれるダンジョンが誕生したりする。
他にも召喚された対象者に、召喚者へ対する忠誠心や愛情といった感情を強制的に植え付け、支配下に置く、呪いのようなえげつない術式もある。
勇者召喚の多くは相手の都合や立場を考慮することなく、力を持つ者を拉致同然に呼び出すのだから、それぐらいの保険は仕方ないのかも知れない。
せっかく苦労して呼び出した勇者を制御できず、窮地に陥ったとなれば笑い話じゃすまないからね。
ただ数多ある術式にも一つだけ規格化された法則がある。
国家の壁、宇宙の壁、時間の壁、次元の壁、乗り越える障害が大きければ大きいほど能力の高い勇者が召喚される可能性が上がるようだ。
その事実から偉い学者や専門家達の間では、この世界に存在する全ての勇者召喚の術式は元々一つの術から、国や組織の特色に合わせて派生した物だとする考えが通説となっているらしい。
そしてこの法則は──勇者として召喚された訳ではないけど──たぶん私が保有するバグったチート性能にも影響を与えて居るんじゃないかと考えている。
現に私はいろんな壁を乗り越えて、この世界に存在しているからね。
もっとも答え合わせのできない単なる憶測に過ぎないんだけど。
さて、話を進めよう。
そんな勇者召喚の秘術が溢れるこの世界には勇者降臨祭と呼ばれる──呼んでいるのは主に私だけだけど──イベントが存在している。
大陸全土を巻き込んで行われる、それはそれは盛大なお祭りだ。
夜空を彩る花火のように飛び交う戦略級魔法が大輪の花を咲かせ、軽快な掛け声を上げて御輿を担ぐかのように兵士と兵士が、また時に魔物達がぶつかり合う。
神聖な舞台の上で舞い踊るかの如く勇者と勇者が切り結べば、それだけで地形は変わり、周囲は歓声と悲鳴を轟かせる。
誰が望んでいるのか知らないけれど、歴史を紐解けば不定期ながら幾度となく繰り返し開催されている勇者降臨祭。
開幕の瞬間はいつも突然やってくる。
どこかの国が勇者を召喚し、その事実を何らかの形で他国が知る。
そうなれば事態は加速度的に進んでいく。
御伽噺とは違い、何も魔王を相手取るためだけに勇者が召喚されるわけじゃない。
直面している状況も大義名分も様々だろうけど、結局理由なんて戦力を欲してのことだよね。
勇者なんて敬称付けているが、結局のところ破格の戦略兵器と変わらない。分かり易く例えるなら前世の核兵器のようなものだね。
どこかの国が手を出せば、周辺国が黙ってはいられるはずもない。
お前のとこだけ核兵器持っててずりぃ、じゃあ俺の国でも造るぜって感じかな。
生憎とこのこの世界には前世と違い──機能していたとは言いづらいけど──国連や国際原子力機関(IAEA)なんて組織は当然存在しない。
唯一の国際機関に値する聖教会も現実に魔王という脅威が存在している以上。緊急時の勇者召喚を認め、判断を各国に委ねているのが実情だった。
さらに言えば聖教会内部も一枚岩ではなく、当然のように派閥争いが繰り広げられている。枢機卿の代替わりや教皇の選出時期ともなると、貴族の宮廷劇に勝るとも劣らない泥沼の展開に発展することもしばしば。
その混乱期を狙って暗躍する者も多く、例によって勇者召喚もこの時期に行われることがほとんどだね。
そして勇者召喚ラッシュ、勇者の乱立、勇者同士による代理戦争、一部勇者の闇堕ちや暴走という──私が勇者降臨祭と呼ぶ──一連の流れが発生するわけだ。
ただ腑に落ちないのは、今現在聖教会が混乱期となっている事実はなく、魔族の大規模侵攻などの差し迫った脅威も発生していない。
そんな状況下で勇者召喚を行い、その事実が露顕してしまえば召喚者は窮地に立たされることになるはずだ。
あらゆる批難を論破できる自信や、勇者召喚の事実を隠し通せるだけの術を持っているのだろうか?
もちろんゼオラの勘違いだという可能性は存在しない。
勇者召喚は多くの場合──生贄によって多少変動はあるが──大量のマナを消費する。
もっともその事実を知る者は限られているけど、星の守護者たるゼオラはマナの消費を感知する事ができた。マナの増減は星の環境に大きな影響を及ぼしてしまうので当然だろう。場合によっては星の意思が直接警告する事もあるらしい。
「おい、人様のエネルギーを無断で使用した馬鹿がいる。監視して、場合によっては始末しろ」
てな感じかな? そんなに柄が悪いのかは知らないけど。
故にこの星のどこかで勇者召喚が行われた事実は疑う余地の無いことだよ。
ただゼオラの感知能力は消費された場所までは特定できない残念仕様となっている。
基本脳筋のゼオラに中途半端な情報を与えると、手当たり次第に国が消滅する事態になりかねない。というか実際過去にはいくつもの国が無実の罪で消えていたりする。
私と出会い友好関係を築いて以降、こうして相談に訪れ、私を巻き込むことによって改善されたけど。
しかし勇者召喚祭を回避、もしくは最小限の被害で収束させる一番簡単な方法は、最初に召喚された勇者を速やかに特定し、その存在が召喚国以外に知られる前に暗殺する。または拉致被害者である勇者を保護し、召喚に携わった者の口を封じる事だっていうのにね。
もう少し精度を高めてくれればいいのに、なんという不親切。
まあ、星からしてみれば、全ての生命を区別することなく、人だろうが魔物だろうが取るに足らない存在としか認識していないのかも知れないけど。
でだ、話を戻すけど、こんな時期に大胆にも勇者召喚を行った者の狙いは一体何なのか?
思い浮かぶ可能性の中で最悪のケースはやはりテロ目的だろうね。
意図的に勇者降臨祭を開催させ、大陸全土に混乱と戦火を広げる。
もしかしてそれさえも本当の目的を果たすための目眩まし、なんていうのは考えすぎかな?
いや、現状いくら考えたところで明確な答えは得られない。
それこそ謀略だの奸計だの微塵も考えていないお馬鹿さんが、召喚を強行した可能性だってないわけじゃない。
でも何だろうね、言い知れない不安というか嫌な予感がするんだけど。う~ん……。




