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第2話 前世と今世

 転生者、前世の記憶を有した状態で新たな生を得た存在とでも定義できるだろうか。まあ主観的に見ればトリップや憑依なんかも、転生者と同じカテゴリーに類すると考えられる。厳密には違うかも知れないが大きな支障はないだろう。


 現に私はこの世界とは異なる記憶情報を保持した状態で覚醒した。

 少しばかり過去に触れようか。と言っても大仰に語るほど波瀾万丈な人生を送ってはいないし、あまり面白い話ではないけれど。


 私の長いとは言えない人生を端的に言い表すなら、何のことはないどこにでも居る引き籠もりだった。

 そう、社会からドロップアウトした落伍者だ。笑いたいなら笑えばいい、私自身大いに自嘲したよ。


 前世の私は現代日本に住む普通の少女だった。そこそこ収入はあるが別段これと言って特殊な背景のない一般家庭に生まれ、夫婦仲良好の両親の元で愛情を受けて育つ。勉強もスポーツも人並みで大きく突出する事もなく、まさに平凡と言える存在であった事は疑いようのない事実。


 そんな私に転機が訪れたのは高校時代だ。それなりに見栄え良く成長していた当時の私に一人の男子生徒が目を付け、愛の告白もとい粉を掛けてきた。

 私は迷うことなく断わり、軽くあしらったのだが相手が悪かった。彼は校内ヒエラルキーの上位に君臨する存在、言ってしまえば人気者であった。

 確かに顔は整っていたし、競技までは知らないが運動部のエースだったらしい。私は名前すら知らなかったが。


 けれど残念な事に当時の私は恋愛感情など微塵も理解していなかったし、異性に興味がない、いやどちらかと言えば苦手だった。

 性同一性障害と診断を受ける程ではないだろうが、もし付き合うならば女性の方が好ましいとさえ考えていたように思う。

 当然、相手は納得しなかった。周囲からの人気を自覚し、また誇っていたであろう彼のプライドは高い。私が断ることなど想定していなかったんじゃないかな。


 後日、彼とその取り巻き──彼に想いを寄せる女子生徒──を中心となって、私に対する報復が行われるようになった。様々な噂が流され、小さな嫌がらせが頻発する。

 嫌がらせに関しては生命に関わるようなものではなく、我慢して受け流せるようなものがその殆どではあったが、問題は噂の方だった。


 誰がビッチだ、私は乙女だよ。例え大金積まれても見知らぬ男と行為に及びたくはないし、薬に手を出してまで快楽を求めてもいない。

 まあ同性愛者疑惑については完全に否定出来ないのだけど。

 噂は背ビレや尾ビレ、胸ビレどころか足まで生えて一人歩き。人の口に戸は立てられず、生徒間だけでなく教師、そしてある程度の発言力を持つ保護者にまで伝わってしまう。


 私が通っていた高校はそこそこ有名な名門校として周辺では評価されていた。故に学校側は名門校の看板に泥を塗らないよう、真偽はどうあれ問題児と化した私の排除に動いた。

 事態が沈静化するまで休学したらどうか、その提案の真意は自主退学を求める勧告に他ならない。


 二次被害を恐れて離れた者。件の男子生徒に好意を抱き、私への嫉妬によって嫌がらせに加担した者。

 個々に理由はあるだろうが友人を失い、孤立化していた私に味方も居場所もなく、もはや留まる意味もなかった。


 学校側とどういったやり取りがあったのかは聞かされなかったが、最初は怒り心頭だった両親も最後には妥協して矛を収めた様子。

 果たして金銭を受け取ったのか、面倒事を嫌ったのか、圧力を掛けて脅されたのか。

 それとも純粋に私を気遣い、これ以上の苦痛を味わわせたくなかったのか。出来れば最後の理由だと嬉しいが、あまり期待はしないでおこう。


 しかし頑張って上を目指した結果がこれとか、ほんと背伸びはするもんじゃないね。もっと無難な選択をするべきだった。

 人生最大の後悔は最後に見たあの男の気障ったらしい顔面をボコボコに出来なかったことだろう。

 まあ、こうして私は晴れて引き籠もりの道を歩むことになる。

 第一部完。


 そして自宅警備員に就職した第二部だが、残念ながら語ることはあまりない。

 だって引き籠もりだよ?

 日がな一日ネットやゲームに興じて、自室とトイレの間を最小限移動するだけの生活に壮大なスペクタクルなんて発生する余地がない。逆に発生した方が怖いよ。

 それこそ勇者召喚だか魔王再臨だか救世主降臨だか知らないが、突然床に魔方陣が展開されるとか目の前の空間が裂けるとか起これば話は別だけど。


 でもトイレの最中に召喚されたらどうするんだろうね?

 衆人環視の中で用を足す事態にでもなれば喚び出した方も驚愕だけど、喚び出された方は慙死レベルだ。私ならその場で舌を噛む。

 そんなおもしろ展開が起こる前に私は死んでしまったけれど。


 死の瞬間は明確に記憶していないけど我が家に強盗が押し入ったとか、隕石や飛行機が降ってきて直撃したとか、そんな事件事故に巻き込まれていなければ死因は多分衰弱死だろう。

 ガチの引き籠もりは食事さえ取りに行かないエリート戦士なのだよ。

 家族も居るのに若くして孤独死って悲しいね。当然両親に対する罪悪感はある、ただ今さらどうしようもない。

 親の脛を囓り尽くさなかったことが、せめてもの親孝行とか嫌すぎる。改めて考えると最低だね、私。

 ひどく理不尽な話だけど、運がなかったと諦めてもらうしかない。私は早々に諦めた。


 でだ、死んだはずの私はどいうわけか生前の記憶を保持したまま異世界で覚醒する。

 死後どうなるのかと誰もが一度は考えたことがあるだろう。

 善人は天国へ悪人は地獄に行く、輪廻の渦に呑まれる、問答無用で魂が消滅する、円環の理に導かれる、集合無意識に統合されるetc。

 どうやら私の場合は違ったらしい。尤も死後の世界は人間が知覚できない領域で、実際には死後の世界を経て転生したという可能性もあるが。


 いずれにしろ、私は新たな肉体を手に入れた。それは生前よりも幼くなった身体が事実だと肯定している。誕生した瞬間からではなく、ある程度成長した身体に宿っている以上、正確には転生とは違うのかも知れないが、私の主観では些細な問題だ。

 不運な境遇を憐れんだ神が齎した奇跡か、はたまた幾重にも偶然が重なった結果なのかは知る術もないが、私にとっては破格の幸運だと言える。


 しかもこの世界、魔物が跋扈する剣と魔法のファンタジー世界だというじゃないか。

 その事実を知った時、思わず胸が熱くなった。

 剣と魔法のファンタジー世界こそ異世界転生または異世界召喚の王道だ。

 短い引き籠もり生活だったが、私は暇を持て余していた。その時、手を出したのがネット小説だ。最初は素人が書いた物語だと馬鹿にしていたが、運良く良作に巡り会えたらしく読み進めていく内に自分の認識が間違っていたと思い知らされる。

 すっかり嵌った私は数々の作品を読み漁り、いつしか心のどこかで物語の主人公達のことを羨ましいと思うようになっていた。まあ、今にして思えば現実逃避以外の何物でもなかったのだけど。


 さて異世界だ。

 私の場合、神やそれに類する存在と出会って殺しちゃった、ごめんね(てへペロ)。お詫びにチート能力を授けて異世界に転生させるから許してね。なんていうテンプレコントは発生しなかったが、やるべき事は変わらない。

 目指すはサクセスストーリー、そしてやはり夢はハーレムだね。


 だがその前に必要なことは自身の能力を確認しておくことだろう。

 前世の常識が通用するなんて考えない方が良い。右も左も分からない現状で最も重要なのは、唯一の戦力である自分にどの程度の事が出来るのかということ。

 次に死んでもまた転生できるとは限らない──普通に考えて二度目はないと思うが──以上、今生をまっとうする為に慎重を期すべきだ。

 そこで転生の興奮醒めやらない私は意気揚々とある言葉ワードを口にする。


「ステータスオープン」


 システム、魔法、能力、作品によって異なるが数多くの主人公が使用するテンプレ的な能力確認方法、それがステータスオープン。

 もちろんこの世界で使える保証はなく、ギルドカードなどの媒介が必要な場合もあるが、例え何も起こらなかったとしても周囲に人目はないので痛い娘認定される恐れはないはずだ、多分。

 尤もその心配は杞憂に過ぎず、刹那ちゃんと目の前にステータスウインドウが出現する。発動者にしか見えない空間投影型スクリーンと言ったところか。

 じっくりと時間を掛け、宙に浮かぶステータスに隅から隅まで目を通した後、私は無言のままそっとウインドウを閉じた。所謂そっ閉じという奴だ。

 そして────


「バグってるしッ!?」


 思わず叫んでいた。

 そう、ステータスウインドウの内容はバグっていた。

 文字化けしている──途中に顔文字まで挟んでた気がする──のは百歩譲ってまあ良いだろう。現状まだ私がこの世界の言語や文字を習得していないが故に起こった結果と理由付けられる。


 しかし数字で表わされていたパラメータは明らかにおかしい。上限が四桁のようなのだが、枠をはみ出して六桁表示されていた。しかもある項目の先頭の数字が0である以上、さらに前に数字が並ぶが、限界表示数の都合により下六桁のみ表示されている可能性がある。仮にその推測が事実なら出鱈目も良いところだ。

 さらに突っ込むべきは何故か読めた職業クラス欄だろう。

 職業:最終人型決戦幼女。

 一体何と戦うために造られた存在なのか? もしかしてロリコンか、ロリコンなのか?


 うん、現実から目を背けていたが、おかしいなと薄々気付いてはいたんだよ?

 ファンタジー世界という前提のはずなのに、私が今居るこの部屋は全体が木材でも石材でもなく金属で構成され、床や壁に刻まれたラインに沿って青白い光が灯っている。

 さらには砕けた大型のカプセル状の装置が並び、取り付けられたコンソールの画面にはエラーや警告といった文言が表示されている。

 何より、実はこの世界の情報を得るために使用したのは、この部屋に備え付けられていたパソコンのような情報端末だったりする。

 驚きだよね、これじゃあファンタジーじゃなくまるでSFじゃないか。


「はぁ……」


 溜息を吐き、床に座り込む。

 ショックだね。

 いや、別にファンタジーがSFになったことに対してじゃない。ファンタジーにはファンタジーの良さがあるように、SFにもSFの良さがある。それに情報が確かならこの部屋──というか施設?──の外はファンタジー世界のようだから希望は捨てていない。


 ならば何が不満なのかと言えば、やはりこの身体のチートスペックについてだ。

 ステータスの内容がどこまで正しいのかは分からないが、生体兵器として造られたらしいこの身体が相応の性能を保有していることは間違いない。

 つまり既にこの身体はある一定の完成を迎えている事になるだろう。


 そこが前世でやり込みゲーマーだった私には耐えられない。何よりもキャラメイクできる作品を好み、じっくりと時間を掛けて理想のキャラクターを生み出すことを楽しみにしていた。

 レベルアップに勤しみ、スキルツリーに思い悩む。手間を掛けたキャラほど愛おし存在となる。

 なのにこの身体キャラは始める前から完成している。これでは他人のデータでプレイしているも同じだろう。実際、まだこの身体が自分のものであるという実感もないから余計ね。

 ああ、喜びの反動とでもいうのだろうか、激しく心が萎える。

 もうこのまま引き籠もり生活を再開しようかな……。









 と思っていた時が私にもありました。

 自重? なにそれ美味しいの?

 チート性能で俺Tueeeすごく楽しかったです。



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