第23話 クエストクリアしたけれど……
意地の悪い笑みを浮かべて問い掛けた私に対して、残念ながらラトゼリカは唸るばかり。
彼女だって本当は理解しているはずだ。自分の元を訪れた私が賛同しなかった時点で王手だったことを。
だからだろう、やがて彼女の涙は決壊し、感情は爆発する。
いや、別に泣かせたかったわけじゃなかったんだけどね。
「うぅ……アイナ様の意地悪ッ!」
駆け寄ってきたラトゼリカが、私の胸をポカポカと叩く。
普段の彼女からは想像できないであろう何とも幼げな行動は、傍目には微笑ましい光景に見えるだろう。
でもね、ラトゼリカの身体がナノマシンによって強化されている事実を忘れてはいけない。
力なく叩き付けられる拳の一発一発は、屈強な男性兵士を容易く殴り飛ばせるだけの威力を持っている。
マキナに頼らなくても、数々の伝説を作っているのは伊達じゃない。
私だから無傷で耐えていられるが、本来なら死人が出ていてもおかしくない状況に苦笑する。
「ほら、泣かないの。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
私はラトゼリカの涙を拭い、子供を宥め、あやすように言い聞かせる。いや実際に私からすれば十四歳は十分に子供だね。
「……アイナ様のせいです」
当然ラトゼリカは不満げな表情を浮かべ、抗議の視線を向けてくる。
「そうだね、ごめんごめん。じゃあお姉ちゃんが癒してあげよう」
そう言って私はラトゼリカを抱きして頭を撫でる。
私の方が身長が低いから不格好だけど仕方ない。
しかしナノマシンの肉体改造は単純な身体能力の強化だけでなく、身体から良い香りが出るようになるオマケ効果付きなので、たぶん状態異常耐性が低ければ魅了の効果を受けていたかも知れないね。
「……足りません。もっともっと要求します」
ラトゼリカは抵抗することなく、撫でやすいように自分から位置を調整し、私に身体を預けてくる。
「仰せの儘に、リトルレディ」
私はラトゼリカの要求を応え、彼女の頭を撫で、時折指で髪を梳く。
こうしているとラトゼリカと初めて出会った日、泣いていた彼女を慰めたことを思い出す。
自らを顧みず、命を賭けたとしても、頼れる者が居ない状況で実際に暗殺者に襲われて恐怖を抱かない者は居ないだろう。あの時の彼女は肩書きを除けば、何ら力を持たない子供と同じだったのだから。
いや、力を得ても、私の腕の中に収まったラトゼリカはあの時から変わっていないように思えた。
理不尽な境遇を嘆き、自らの手で復讐を誓い、世界を呪っていた少女から。
その為だろうか、止せばいいのにまた不用意に余計な事を口走ってしまったのは……。
しばらくの後、ラトゼリカが落ち着いてきたのを見計らって語りかける。
「別に私はキミの願いを否定しているわけじゃない。争いのない世界、私だって願わくばそうであって欲しいと考えてる」
「ならどうしてです?」
「まず第一に手段を認めることはできないから。これについては説明するまでもないと思うけど、あまりに犠牲が大きすぎるし、得られる結果が希望的観測の域を出ていない。
そして第二に今のキミが信用に足る人物ではないからだよ。
だってそうだろ? キミはまだ何も成し遂げてはいない。実績がない。あの時の、初めて出会った時のキミは世界ではなく、国を変えたいと願っていたはずだ。
実際キミはそれを可能な立場であり、なおかつ武力も手に入れた事によって実現はぐっと近付いた。
それなのにキミは当初の目的を忘れ、戦争ごっこがしたいなんて言うんだから困ったものだ」
「…………」
ラトゼリカからの反論はない。
多分、自分でも気付いているんだろう。
心の底に根付いた恐怖から目を逸らし、過去と向き合うことから逃げている事実に。
だったら人生の先達として、その背中を押してあげよう。
小さな親切、大きなお世話かも知れないけれど。
老婆心?
誰が老婆だ! ぴっちぴち(死語)の幼女だからね!
「でもそうだね。ラトゼリカ、キミが自分の力で皇帝の座に着き、初代皇帝達が造りあげたヴァレンティアを取り戻すことが出来たなら、帝国最強の剣を一度だけ振る事を許そう」
そう、大陸を代表する大国家と呼ばれるまでになった今のヴァレンティアは、アレク達が目指した理想と乖離していると感じる部分も出てきている。
導き手だった皇帝も今や単なる国家の象徴。言ってしまえば五大貴族や、それに連なる支持者達の傀儡と考えても良い。
民主主義は腐敗の温床になり易いが、皇帝に絶対的なカリスマが備わっていなければ、帝政だって蓋を開ければ似たようなものだ。
こればかりはいつの時代も、どこの世界でも同じなのかも知れないが、私としても見ていて気分の良いものじゃない。
「……本当、ですか?」
ラトゼリカの声に僅かながら覇気が戻る。
自分の前に立ち塞がる難攻不落の障害が、一転して心強い力になると囁いているんだ。
例え半信半疑でも、目の前に吊るされた希望に手を伸ばしたくなるだろう。
「ああ、本当だよ。もちろんクーネリアの力に頼った暗殺や脅迫は以ての外だけどね」
当然この提案の裏には打算もあっての事だ。
長い年月を経て変質し、凝り固まってしまった権力構造を正すには、例え皇位継承権争いを勝ち抜き、皇帝の座に着いたとしても簡単な事ではないだろう。
どれほどの時間が掛かるか予想できない。
もしかしたら成し遂げる前に彼女の寿命が尽きてしまう可能性だってある。
まあ、もっともあまりにも目に余るようなら、私がヴァレンティア終了のお知らせを告知する事になるかもしれない。
もしくはキレたラトゼリカが世界世紀末計画を再開させる可能性も残されているが、当面の時間稼ぎにはなるんじゃないかな?
この辺は相手の出方次第だけどね。
「さあ、どうする?」
私は意地の悪い笑みを浮かべながら、もう一度ラトゼリカに問い掛ける。
答えは分かりきっていたし、実際に予想通りの答えが返ってきたとだけ言っておくよ。
強化人間は死亡フラグ満載な気がするけど、きっとラトゼリカなら頑張ってくれるはずだ。
こうして私は図らずもまた世界の窮地を救う結果となった。元はといえば私の行動が最大の要因になっているような気がするけど、精神衛生上たぶん気のせいだということにしておこう。
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「たっだいま~」
我が家よ、私は帰ってきた!
すごい久々な気がするね。うん、四ヶ月以上ぶりぐらい? 当初はコタツで駄弁るだけの予定だったのに、どうしてこうなってしまったんだろうね。
ほんと、世界はいつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ。
え、メタな発言はよせって? 今さら(笑)。
あの後どうなったかっていうと、取り敢えず帝都まで戻ってローレシアに簡単な報告をして、疲れたから詳細な報告は後日に回してもらって──強制的にだけど──帰宅した以上。
一応当面の問題は解決したと納得してくれたようだし、ラトゼリカも五体満足で宮殿へ戻ったんだからクエストクリアで問題ないはずだ。
ラトゼリカは色々な人に怒られるだろうけど、きっと上手く言い訳するんじゃないかな。
今回の件でクーネリアの好感度が下がってしまったようだけど仕方がない。また地道に稼がなければ、オムライスの上にケチャップでハートマークを描いてくれないからね。
ああ、それと餓狼騎士団は無事に獲物を主人へ献上できたようだ。一人の商人が一生行方不明になるけど、騙した相手が悪かったのでこれも仕方がない。私は何も聞かなかったことにしよう。
しかし改めて冷静になって考えると、ラトゼリカと余計な約束をしてしまった気がしないでもない。
少し後悔するが後の祭りだね。
それにラトゼリカが暗躍したエルドラード王国にも懸念が残った結果だ。
まあでも、それこそ聖教会の仕事だし、今度は私の出る幕はないかな?
だよね(フラグ感!
うん、杞憂は置いといて、まずはお風呂に入って仕事の疲れを癒すとしようか。
そう考えながら居住エリアへと通じるゲートのコンソールに触れ、ロックが解除されている事に気付いた。
踏破不可能な世界最難関のダンジョン、その中心に位置する我が家に泥棒が入るなんてことはないし、幾重にも張り巡らされたセキュリティが侵入者を許しはしない。
そもそも異常があったら、どんなに離れていても私に報告が来ているはずなので、最初から開いていたとかじゃなければ、正規の手段で解錠されたということだ。
きっと駄エルフの奴が来ているのだろう。
我が家を意味もなく頻繁に訪れ、入り浸っている駄エルフ。そんな彼女を出迎えるために、無駄な労力を使いたくないので、彼女には私の部屋を含めた居住区周辺を自由に出入りできる、それなりに権限レベルの高いパスを与えている。
もちろん本当に重要かつ危険なエリア──艦橋や各種コンピュータールーム、動力炉を始めとした機関部、武器庫や格納庫など──への立ち入り許可は出せないけれど。
駄エルフのことだ、どうせまた仕事をサボっているに違いない。
それで良いのか四天王。
私とは無関係だから、どうでも良いことだけど。
「またサボりに来てるのかい、ディアーナ?」
呆れながら明かりの点いたリビングへと続く扉を開く。
「……ん、何これ?」
リビングに入った瞬間、私を出迎えたのはまったく以て予期せぬ光景。
ある意味サプライズパーティーだ。
床に広がる血の海。
その中心に倒れているのは間違いなく駄エルフだった。
けど何故メイド服姿なのだろうか?
あとどうでも良いことだけど、スカートがめくれ上がってパンツが見えている。
しかも黒紫のセクシーランジェリーとか……。
俗に言う勝負下着だよ?
似合ってないとは言わないけど、引くわぁ~。
駄エルフ連続殺人事件発生!
アイナ「いや、駄エルフは一人だよね? だよね!?」




