第20話 見せてもらおうか、第三皇女の性能とやらを
私は新世界の女神になります!
そうかいそうかい、夢があって良いね。
だけどこの世界には、名前を書いただけで対象者を殺害できる素敵ノートは存在しない。
もっとも呪術が発達しているこの世界なら、絶対に無いとも言い切れないけれど、私は生憎とまだお目に掛かったことはない。
しかしラトゼリカの目的が大戦乱時代の再来だったとは参ったよ。
現存する国家や勢力が形を失い、混沌に融け合った状態を作り出し、その上で新たな秩序を構築するために女神降臨の伝説を利用する、か。
聖教会が広く影響力を持つが故に、大陸に住まうほぼ全ての住民が神話や女神降臨の伝説を知っている下地がある以上、状況さえ整えれば受け入れられることも難しくはない。
ただ女神を騙る者を聖教会が許すはずもなく、先に潰しておく必要があるだろうけど。
いや、そもそも根本的な問題として、ラトゼリカと彼女に賛同する者を除いて、誰も大戦乱時代の再来なんてものは望んでいない。
私だって望んではいない。
むしろ平穏を愛していると言っても良い。本当なら今この瞬間もコタツでゴロゴロしているはずだったのだから。
「キミの考えは理解したよ、ラトゼリカ。そしてキミが力に溺れ、増長してしまっていることも」
彼女の立場を思えば、仕方のない部分もある。
産まれ持った大貴族の後ろ盾に第三皇女という圧倒的な権力と財力、そこに私が気まぐれで与えた他を隔絶した戦闘能力が加わってしまう。
何より──学校をテロリストが占拠した時の動きをシミュレートする──そういう年頃だ。ただでさえ自分は特別だと思い込みやすい時期でもある。
「キミが動けば聖教会が、そして私が立ち塞がる可能性ぐらい理解していたよね?」
「もちろん、アイナ様の人脈が豊富であることは存じております。聖教会にも顔が広く、なんでも教会内にはアイナ様を崇める、聖女派なる派閥が存在していると耳にしたこともあります」
知られたくはないことだけどで、そこまで知っているなら話は早い。
聖教会と私が繋がっている事実を踏まえれば、私が最大の障害となり得ることは理解しているはずだ。
聖教会が派遣する聖騎士や異端審問官程度なら、クーネリアに頼らなくても対処は可能だが、私が動けば彼女の計画が成功することはない。
最悪の場合、命だって失う結果が待っている。
ひどく傲慢に聞こえるかも知れないけど、生憎とこれは覆ることのない確固たる事実だよ。
「なら何に勝機を見出したのかな?」
再び自らの命を賭け金に勝負しようというんだ、さすがに私がもう一度気まぐれを起こすなんて不確かな可能性に賭けたりはしないはず。きっと、たぶん。まあ確かに命まで奪おうなんて思ってはいないけどさ。
そうなると本命はやはり最強メイドクーネリアか。
でも彼女は過去、私に敗れているし、その事はラトゼリカも聞いているだろう。
例え殺せなくても無力化する方法がないわけじゃないし。
だとすれば別の何か、狂信者ローレシアのように私を脅せるだけの何かを握っているとでもいうのかな?
もしそれが事実なら確認し、出来ることなら破壊する必要がある。
ローレシア保有の魔導具も破壊したいけど、あっちは聖教会の総本山である聖都で厳重に保管されているらしく面倒すぎる。魔物の聖都襲撃イベントを期待しているが、残念ながら今のところお約束イベントが起きる兆候はない。
溜息を一つ吐き、紅茶の注がれたカップへと手を伸ばす。
「姑息な手段だとは自覚していますが、アイナ様のティーカップに細工をさせていただきました」
ああやっぱり毒を盛っていたんだ。
先に手にしたクッキーではなく、紅茶を注いだカップのふちパターンのやつや!
せやかて工藤、私に毒は効かないよ。毒殺は無理でも、一時的に身体の自由を奪えるとでも考えたのかもしれない。だけど例え一滴で上位竜種を屠る毒液があったとして、それを何リッター飲んだところで私に健康的被害はない。
無駄だよ、無駄。
「ふ~ん、毒ねぇ」
敢えて見せ付けるように、私はそのままカップ内の紅茶を口に含む。
そして────
「いえ、媚薬です」
「ぶふぅぅぅぅぅッ!?」
思いっきり吹き出した。
危ない危ない、もう少しで咽せて鼻からリバースするところだったじゃないか。鼻が痛くて、鼻から涙が溢れてくるよ。そうこれは涙だ。
「どうぞ」
クーネリアから差し出されたタオルで顔を拭い、涙目でラトゼリカを睨み付ける。
一方、そんな私の反応が甚くお気に召したのか、彼女はニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべていた。
良い性格をしているじゃないか、くそっ。
「ラトゼリカ・リーン・ヴァレンティアが命じさせていただきます。私を好きになりなさい!」
無駄なポーズ&ドヤ顔再び。
内心決まったとか思っていることだろう。
いやぁ、こじらせまくってるね。
だから私は冷ややかな視線をプレゼントする。
訪れるのは当然の静寂。
「あ、あれ?」
ラトゼリカの表情が困惑、そして焦りへと変わる。
「あの、えっと、私を見て胸がドキドキしませんか? 抱きしめたいとか、キスしたいとか思っちゃったりしませんか?
身体が火照ってたり、下腹部の奥から疼いたり、お股が────」
「いけません、我が主。はしたないです」
「うぐっ……」
クーネリアから窘められ、今度はラトゼリカが涙目になる番だ。
恥ずかしくて直視できないのか、私をチラチラと見てくる。
中々可愛いけど、結論は一つ。
ラトゼリカはアホの子だ。
媚薬は薬物もしくは呪術のカテゴリーに含まれるが、精神や身体に影響を及ぼす以上、私の身体は毒として認識して無力化してしまう。自白剤や興奮剤といった類も同様だという事は実体験として知っているからね。
しかしここで媚薬なんて発想に思い至るなんて、淫乱ピンク疑惑が再燃するよ。
そもそも彼女は大事なことを忘れてしまっているようだ。
現在の私は幼女だよ?
第二次性徴とか迎えていない──きっと今後も迎えないと思う──よ?
自分の恋愛に興味はないよ?
あ、これは幼女とか関係なく前世からだった。
「うん、キミのような可愛い子は嫌いじゃないけど、命令されるのはちょっと……ごめんなさい」
「はうっ……何でしょうこの胸の痛みは? これが失恋なのでしょうか?」
いや、違うと思う。
「でも商人の方は確かにこう言っていたはずです。あのエルフでさえ一滴で我を失い発情する事になると、それなのに……」
あのエルフって、どのエルフの事なんだろうね?
神聖にして神秘の森の賢者?
思わず笑みを浮かべてしまう。
エルフに幻想を抱きすぎだ。
まあでも、私も駄エルフと出会うまでは思いもしなかった。
この世界のエルフがエロフだったなんて。
くっころ女騎士さんと同程度の貞操観念だよ?
まあ、それは個人的な偏見だけど。
人と関わるエルフの絶対数が少ないため、あまり知られていないことだが、実はエルフという種族はわりかし年中発情期だったりする。
繁殖能力の低さを、数撃てば当たる精神で回数をこなして補うために、自然とそうなっているのだろう。
もっとも駄エルフが悪い意味で特別だという可能性も否定できないのだけどね。
つまり何が言いたいのかと言えば、この一言に尽きる。
「騙されたんじゃない?」
「そ、そんな……」
ふらつき、足下から崩れ落ちるように床に両手を付くラトゼリカ。
これが彼の有名なリアルOrzだね。
「我が主、お気を確かに」
そんな主人の下へ駆け付けるクーネリア。
ラトゼリカは(パンドラの)箱入り娘なので仕方がない部分があるが、だったら従者のクーネリアがしっかり注意を払うべきだと思う。
しかしクーネリアはクーネリアで、基本的に死なない魔神は繁殖行為をする必要がない為、恋愛や性知識には疎かった。
最強にして万能メイドだけど完璧ではないということだ。
全体からすれば些細で可愛い欠点じゃないか。
まあ、今回に限ってはそれが仇となっているわけだけど。
しかしこの主従の今後が心配になるのも事実。
購入者が札束風呂に入って使用の感想を騙る金運グッズ。科学的根拠がなく、飲むだけでナニや胸が大きくなるサプリ。その他、数多く世に溢れる「写真はイメージです実際の(以下略」とか「効果には個人差があります」と表示されているアレな商品を掴まされていないだろうか?
「うふふっ……この私を謀るなんて」
しばらくして顔を上げたラトゼリカの瞳には明確な怒りの炎が灯っていた。
彼女は静かに立ち上がり、執務机へ歩みを進めると、その上に置かれていた通信石を奪い取るような勢いで掴み、感情を押し殺した冷徹な声で告げる。
「ウルフェンズマスターよりウルフェンズへ。今すぐあの商人の首を私の眼前に晒しなさい、今すぐです」
『ウルフェンズ、了解!』
ラトゼリカの声音に何かを悟ったであろう餓狼騎士団メンバーは、恐れを滲ませつつも元気よく応える。
すぐさま猟犬──正確には猟狼かな?──と化した餓狼騎士団は、獲物を狩る為に行動を開始したに違いない。
しかしこんな事に駒を動かすのはどうかと思う。
いや、こんな事だからこそか。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません、アイナ様」
こちらに振り返ったラトゼリカは、まるで最初にこの部屋に足を踏み入れた時のように柔和な微笑みを浮かべていた。
多分、無かったことにするつもりなんだろうね。
「ん、何のことかな?」
私は空気の読める幼女だよ。
「ありがとうございます。ですが少しばかり記憶を失ってはいただけないでしょうか?」
刹那、ラトゼリカの背後に複雑な魔方陣が展開され、空間が歪み、その歪みの向こう側からそれは出現する。
金属の装甲を纏った拳。
殴って記憶を飛ばすという何とも古典的な方法を取るつもりなのだろう。
理由もやろうとしている事も理解したよ。
ただその拳は私の身体よりもずっと大きく、普通なら記憶を失うとか以前に、簡単に潰されてミンチになると思うんだ。
うん、確かに私だから大丈夫なんだけど、そこのところキミはどう考えているのかな、ラトゼリカ?




