第1話 コタツは人の生み出した文化の極み
「ねぇ、アイナ様。そろそろ魔王になってもいいんじゃないかニャー」
コタツに入り、携帯ゲームに興じる私に対して、頭のおかしな内容の声が掛けられる。もし一般的な人間社会だったなら腕の良い精神科を紹介するか、一方的に関係を解消することだろう。
その戯れ言を無視して、私はコタツの上に置かれた蜜柑に手を伸ばす。コタツと言えば蜜柑だ、異論は認めない。
いや、アイスも捨てがたい気もするが、ここは実際に現物を手にした蜜柑を推しておこう。遠くのアイスより近くの蜜柑だ。
蜜柑を剥く。栄養価が高いことは知っていても、白いすじは苦手なので丁寧に取り除く。ちなみにあの白いすじの名前はアルベドと言うんだそうだ、また一つ勉強になったね。
しかし、アルベドとかなかなかに格好いい名前じゃないか。房に執着して離さない、実にヤンデレっぽい。
「ねぇねぇ、私と契約して魔王幼女になってニャー」
ボタンぽちぽち。
ちっ、レアドロップは無しか。物欲センサーを嘗めているわけじゃないけど、あまりに確率が低すぎる。私のデータには最初から実装されていないんじゃないかと疑念さえ抱いてしまうね。
でもなかなかドロップしない素材に限って必要数があと一個になった途端、複数個ドロップするんだよなぁ。あの現象って絶対に企業側の嫌がらせだよね?
「ねぇ聞いてる? 聞いてるのかニャー? おーい」
はいはい、もちろん聞こえてますよ。その上で無視してるって何で気付かないんだろうか、このエセ獣人風エルフは?
エルフなの猫耳付けて、語尾にニャーとかキャラ付けがくどすぎるだろ。
あ、コラッ、私の剥いた蜜柑を勝手に食べるな。
あと美味しかったのはその笑みで判ったから、長耳をピコピコさせて喜びを表現するんじゃない。ああもう可愛いじゃないか、くそ。
「人が剥いた蜜柑をパクるんじゃない。食べたければ自分で剥きなさい」
非難の視線をコスプレエルフへと向ける。
宝石のように輝く金の髪、エルフ種に共通する美貌は産まれながらにしての勝ち組だと改めて思う。産まれた時から美男美女ばかりで形成されたコミュニティーで生活できるなんて羨ましい。
その上、一部激しく自己主張する部分を除き、すらりとした体付きはプロのモデルも裸足で逃げ出すレベルだ。
さて、ここで疑問だが何故エルフには巨乳種と貧乳種が存在するのであろうか?
エルフ=武器は弓、なので弓を扱う上で小さい方が機能的であり、また草食系のイメージから栄養バランス的に成長しづらいとも考えられる。
だが弓を持ち狩猟する彼女達は必然的に肉も食べているのではないか?
そもそも耳が横に長く伸びているエルフというイメージは日本発祥の文化であり、海外ではジャパニーズエルフなどとも呼ばれている。
だとすれば耳の長さ、胸の大きさも含め全ては個々の制作者の嗜好という事になるのだろう。
結論、目の前にいる駄エルフは巨乳種であり、私は胸の大きさで差別をしない人間だということだ。
貧乳はステータス?
違う、間違っているぞ。胸の大きさに貴賤はない。確かに無いよりはある方が良いという者は多いだろう。
それは母性の象徴であるが故に哺乳類としての本能的な部分が寄与しているに違い。
だが大きくても小さくても全ての胸は尊いモノなのだと、私は成長の望めない自身の胸元を一瞥して断言する。
「えー、面倒だニャー」
だから目の前の森の賢者(笑)がコタツの天板の上に突っ伏し、押し潰されて形を変える御胸様を見ても羨ましくないし悔しくもない。
ああ、そうだ、悔しさなんて微塵も感じないんだ。大切なので以下略。
「私はキミの召使いじゃないんだからね、帰って部下にでも頼めばいいじゃないか。というか用事がないならそろそろ帰れ」
と言いつつ新しく剥いた蜜柑を巨乳エルフの口元に差し出してやる。こうやって餌付けしている私にも非はあるんだけどね。
もそもそはむはむ。
おい、指を甘噛みするんじゃない。ばっちぃ。
「今夜は帰りたくないんだニャー」
僅かに頬を上気さえ、瞳を潤ませて宣いやがるなんて芸が細かい。っていつの間に胸元まで弛めたし、目線が誘われしまうだろ畜生め。
「うんうん。でもお婆ちゃん、それ昨日も聞いたでしょう」
そうこのエルフ、既に泊まりで私の家に居る。しかもかなりの頻度で遊びに来ては泊まっていく。どうやら最近はキャラ作りを抜きにしてもコタツがお気に入りの様子だった。猫獣人ロールらしく丸くなったら笑ってやるのに、中途半端な。
「お婆ちゃんって言うな」
「ッ!?」
突然、尋常じゃない殺気を当てられて思わず呻く。圧倒的な重圧と共に、嫌に現実的で生々しく死の光景──今回は身体を内側から爆発させられるだった──が脳裏を過ぎる。同時に周囲の温度が一瞬にして急降下したように感じるのは錯覚か、それとも魔法の作用だろうか。
この殺気、高ランク冒険者でも一発KOの威力を持つ。精神の弱い人、心臓の弱い人は本気でご遠慮した方が良い。
しかし女性は何歳になっても歳には敏感だと改めて痛感する。
目の前のお婆ちゃんエルフ──いえ、何でもないです、はい、お姉さんエルフです──の外見年齢は二十代前半だが実年齢は違う。
長命で有名なエルフという種族は、ある一定の年齢を迎えると身体の成長、つまりは老化が止まる。
そして死の近付いた晩年、急激に歳を取ったかのように老化が再開するという。これは繁殖能力の低いエルフ種が種の保存に際して進化した結果と思われる。
けれどそれが災いして、かつて不老不死への鍵だとする考えが一部の人間の間で蔓延。さらにその美貌も伴い、権力者への献上品として高価な商業的価値を有してしまう。
そうなると起こる結果は単純にして明快。人間のエルフ狩りが行われ、数で負けたエルフは先祖代々の土地を追われる事となり、本来は敵同士だった魔族と手を組むことによって新たな生活基盤を手に入れた。というテンプレ展開がこの世界のエルフにも訪れたらしい。
閑話休題。
でだ、結局何が言いたいかと言えば、目の前のエルフお姉ちゃんの実年齢は外見通りではないということだ。甘く見ると痛い目を見る。
しかも私が駄エルフと馬鹿にし、今も再びコタツの天板の上でだらけた姿を晒している彼女だが、エルフの中でも特別な上位存在=ハイエルフだというではないか。
肉体を持たない精霊種に近い存在で産まれた瞬間から多くの加護を持ち、普通のエルフよりもさらに長命、身体能力も高く、総魔力量や扱える術式のレベルも比べものにならないチートスペック。
本人曰く神に選ばれた存在らしいが、自分で神に選ばれたとか普通に痛い。
まあ、チートスペックや実年齢等については、私自身が人の事をどうこう言える立場じゃないけれど……。
はぁ、毎朝鏡を見るのが憂鬱だ。
「冗談はこのくらいにして本当に帰ったら? 私としては別にキミがいつまでここに居ても気にしないように努力はするけど、それじゃあ残された部下の人たちが困るんでしょ?」
「そこは素直に気にしないって言って欲しいのニャ」
「冗談はこのくらいにして本当に帰ったら? 私としては別にキミがいつまでここに居ても気にしないけど、それじゃあ残された部下の人たちが困るんでしょ? これで良いかな?」
「……何だろう、全然嬉しくないニャ」
「喜ばせるつもりは無いからね。でも私がその気になればキミを強制転移させる事も可能だけど、その選択をしていないってことは十分に優しさを見せているつもりだよ」
「ぶーぶー」
不満げに頬を膨らませる駄エルフの相手も飽きてきたので、再び携帯ゲーム機の画面に視線を戻す。
ボタンぽちぽち、蜜柑もぐもぐ。
あ、酸っぱい。これはハズレか。いやでもこの酸っぱさが癖になるかも。
「ねぇ、アイナ様。そろそろ魔王になってもいいんじゃないかニャー」
おいおい、KYエルフ。話がループしているじゃないか。意図的に話題を逸らしたんだから空気読んで帰ったらどうかな。
何度も断っているが、私にその気は一切無いと言っているだろうに、まったく。
こうも毎回来る度に同じ事を言われると記憶障害を本気で疑うよ。脳に行く必要な栄養が胸に蓄えられていると言われても納得してしまう。
もしそれが事実なら胸元のロマンなんて爆ぜてしまえば良い。
血湧き肉躍る冒険譚に憧れていた私はもう居ない。今の私は穏やかにまったりだらだらと自堕落な引きニート生活が送れればそれで良いんだ。
あんな悲劇は二度と繰り返してはいけないんだ!(キリッ)
何を隠そう私は転生者である。
友達──で良いのか?──のエルフからしつこく魔王の玉座簒奪を打診をされつつも、日々何となく過ごしながら異世界でバグ幼女やってます。




