第16話 ヴァレンティアの歴史
ヴァレンティア帝国の歴史を紐解けば、始まりは一人の冒険者に辿り着く。
そう、後の初代ヴァレンティア帝国皇帝ヴァレンティア一世こと剣聖アレクシスだ。
高ランク冒険者の中でも抜きに出た実力者であり、それはギルドから上位竜種の討伐者に送られる竜滅者の称号を与えられた数少ない冒険者であることからも窺い知ることができる。
その名から女神アレクシエラの加護を授けられたなんて噂も囁かれていたが、アレクシス=通称アレクが女神から力や加護を与えられていた事実はない。
ただ両親が敬虔な聖教会の信徒だったが故に名付けられた名前であり、信徒の数を考えれば女神や聖人の名にあやかった名前を子供に名付ける親は珍しくなかった。アレクシス、アレクシア、アレックスなんかは上位に入るんじゃないかな。
アレク本人は宗教や神話に微塵も興味がない、ただの女好きだったのだから。
いや、ただのというには些か語弊があるかも知れないね。
アレクの戦闘能力は私の目から見ても異常に思えるほどだった。普通の村人の両親から産まれたとは信じられない特異点。たぶん勇者や魔王など特別職への適性があったに違いない。
この世界における本来の主人公だと言われても納得してしまう。
だって現にアレクは村人から高ランク冒険者、果ては剣聖の称号を持つ皇帝まで成り上がり、なおかつ異世界転生男主人公の夢=ハーレムの構築に成功した男なのだから。
そんなアレクと愉快なハーレムメンバーとの出会いは、とある大規模な魔物との殲滅戦クエストの時だ。
色ボケにならなければ有能かつ真面目な彼等の事だ、幼い容姿の私が戦場に立っていることに耐えられなかったのだろう。
その為、何かと気に掛けてくる彼等となし崩し的に行動を共にすることは時間の問題だった。
尤も最終的に誤解が解け、私はロリBBAポジションに収まることになったのだけど……解せぬ。間違ってはないんだけど何かこう感情的には認めたくはない。年齢ネタで弄られた時の駄エルフの気持ちが少し理解できた。
彼等との旅は中々に楽しい思い出として記憶に残っている。
私にある程度着いてこられる実力を持つアレクを中心としたパーティーは足手まといになることなく、その安否を気に掛けなくても問題ないのは精神的に楽だったよ。
問題があるとすればアレクの女癖の悪さとストライクゾーンの広さで、酒に酔い、何を血迷ったのか私に襲い掛かってきた時には本気で驚かされた。
罰として不能の呪いを掛けたら全員に土下座された事は、今でも良い笑いの種になるだろうね。まったく彼女達はあんな男のどこに惚れたのだろうか。主人公補正とでもいうのなら仕方ないけど。
旅の途中で過激派魔族の魔神召喚イベントに巻き込まれ、持ち前のバグパワーでこれを一蹴。凱旋もそこそこに、止せばいいのに大陸東部で起きた奴隷や異種族の武装蜂起に手を出し、種族間に差別がなく共に手を取り合える国家の樹立を目指して建国。東部平定戦とその後に続くエルドラード王国との軍事衝突へと雪崩れ込むこととなってしまう。
いや、もう私としては一生分働いた感じだね。何だかんだと理由を付けて、面倒事の処理を私に回してくるんだから大変だったよ。
結果として今のヴァレンティアがあるんだから、世界の勢力バランスの安定、延いては私の平穏に帰結していると納得する事にしよう。例え簡単に壊れてしまう儚い平穏だとしても。
まあ、今回の件は自業自得だと自覚しているよ、しているけど、ぐぬぬ。
さて、そんな平穏ブレイカーな問題児と感動のご対面としよう。
通された部屋は執務室兼作戦室といったところかな。中央に世界地図が広げられた大きな机、壁際に並んだ書棚、部屋の隅に申し訳程度に置かれた応接セット。
そして部屋の奥、日当たりの良い窓際に置かれた執務机と、窓の外を眺める砦の主の姿が視界に映り込む。
「ようこそお越し下さいました、森の魔女=アイナ・ベルンゼファード様。心より歓迎いたします」
振り返り、そう言って柔和な微笑みを浮かべる少女。
日の光を浴びて輝くウェーブの掛かった薄桃色の髪、高貴なる紫の瞳を持つ愛らしい顔立ち、私よりも成長した均整の取れた体付き。せめて私もそのくらいあれば……。
まるで絵本の中から飛び出してきたお姫様。否、正真正銘のお姫様か。
彼女こそ今回の問題の根源、最強メイド=クーネリアの主人、ヴァレンティア帝国第三皇女=ラトゼリカ・リーン・ヴァレンティア。
しかしピンクの髪か、確かに彼女の祖先に当たるハーレムメンバーの一人=メルクス・リーンを彷彿とさせる。リーン家の血を色濃く受け継いでいる事は間違いないようだ。
異世界と言っても、ピンクの髪は珍しい部類に入るからね。
ただ異世界生活が長いとカラフルな髪程度は、いつの間にか気にならなくなるよ。それこそハゲ頭が七色に輝く呪いとか、そっちの方がよっぽど目に毒だった。
あ、あとピンクの髪のキャラは淫乱なんて話も聞くけど、残念ながらこの世界では通用しなかった。
メルクスはハーレムを許す器の大きさを有していたが、それは彼女が争いを嫌う性格で、他のメンバーを好意的に想っていた結果だし、文化として貴族社会では一夫多妻も珍しい事ではない。
高位の僧侶であり私よりも聖女然としていた彼女は良く言えば慈愛の塊。でも悪く言えば、人を襲う魔物や処刑必須の咎人の命を奪う事にさえ罪悪感を抱き、本来背負う必要のない罪の意識に苦しみ、己の無力さを悔やみ、自らに罰を科していくドMだったけどね。
そんな彼女だからこそ人の身でありながら、消滅を望まれた魔神クーネリアとの契約を成功させる事が出来たのだろう。
尤も目の前の少女が違うとは現状言い切れないけれど、えっちぃことは好きですかなんて聞こうものなら、怒り狂ったメイドさんにお仕置きされそうなので止めておく事にするよ。
というか、少なくとも私が部屋に入る瞬間までは確実に後ろに居たはずのクーネリアが、いつの間にか、さも当然であるかのように主人の斜め後ろに控えているのは驚きだ。
流石は最強メイド。意識を割いていなかったとは言え、私の知覚速度を越えるとは恐るべし。どんなに離れていても主人の下へ駆け付ける忠犬ワープ。使い魔契約にも似た主従関係が可能とする死がないメイドの特殊技能だろうか。
だが、私が最も視線を惹き付けられたのはピンクの髪ではなかった。
「お久しぶりです、アイナ様。私のこと憶えていらっしゃいますか?」
「ああ、憶えているよ、可憐なお嬢さん」
「まあ、嬉しい」
なんて再会を喜んでいるけれど、私は気になって気になってそれどころではなかった。
彼女を前にしているだけで、すごく居心地が悪い。
そう感じてしまう理由はもちろん理解している。
「さあ、立ち話もなんですからお掛け下さい。クーネリア、お茶の用意を」
「はい、かしこまりました」
あれ?
特に気にするような素振りを微塵も見せないクーネリア。
おかしいのは私だけなのかな?
違う、間違っているのは私じゃない。世界の方だ!
「ああ、何からお話ししましょうかしら」
ラトゼリカが声を弾ませる。
彼女が身に纏うのは金の装飾が施された漆黒のドレス。これはまだ好みの範囲だから問題ない。
私の視線を捕らえて放さないもの、それは彼女の愛らしい顔の半分を隠す仮面だった。
とてもオサレだ、お洒落じゃなくオサレだ。
そして少々香ばしい。
貴族や王族なんかが舞踏会で身分を隠すために仮面を身に付ける事は珍しい事ではない。ではないが生憎と今現在、仮面舞踏会が開かれているという事実はない。
いや、餓狼騎士達の姿を見た時から薄々感じてはいたんだ。
どことなく鏡に映った過去の自分を見ているかのようで心が落ち着かない。
脳裏を過ぎるのは、かつてこの世界で私も患ったあの病名。
そう、リアル厨二病の権化が目の前に居る。
あ痛たたたたたッ!




