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第8話 多分私は二人目だから

 ランク制度のオチも付いたところ閑話休題として、さっさと面倒事は片付けて帰るとしよう。

 手紙の内容に期限と場所は指定されていたが、差出人との接触方法までは記されていなかった。ロビーにもそれらしき人物の姿はなく、私に接触しようという動きを見せる者も居ない。まあ、差出人にはある程度見当がついているので最悪の場合、直接本人の下へ乗り込めばいいだろう。もちろんその際には文句の一つや二つは言ってやる。

 もっともギルドを指定しているのだから、職員に言伝でも頼んでいるに違いない。身分証であるギルドカードを提示すれば、何らかのイベントが開始されるだろう。

 そう考え、受付カウンターの前まで辿り着いたのだけど、そこで予期せぬ難題が立ち塞がる。


「くっ、……届かない」


 そう、カウンターの窓口を利用するには些か身長が足りなかった。冒険者の登録規約で年齢は不問となっているが、基本的に子供の登録申請は断るのがギルドの方針だ。

 冒険者の仕事は──庭掃除やペットの世話など所謂お使いクエストが皆無という事もないが──大半が荒事、つまりは戦闘能力を必要としている。中には私のように外見年齢と能力が乖離した存在も居る事には居るが、それはあくまで例外の中の例外だろう。また一部では子供に汚れ仕事をさせているギルドがあるなんて噂もあるが、当然露見すれば罰は免れず、公にすることは出来ない。

 何れにしろ、ギルドは子供に向けた造りはしていないという事だよ。

 さて、どうしたものか。

 生憎と踏み台は用意されていないし、踏み台になってくれそうな転生者や幼女に踏まれて喜ぶ奇特な嗜好の人は居ないようだ。ピョンピョンと跳ねる? 駄目だ、私のキャラじゃない。よじ登るのは格好が悪いし、カウンターの上まで跳躍するのは行儀が悪い。なら浮遊魔法で浮かべば良いのかも知れないが、この世界で浮いたり飛んだりする魔法はかなり高位に分類されているので目立ってしまう。出来るだけ注目は浴びたくない。

 けど既に遅いかも知れないね。場違いな幼い身体はそれだけで否応なく周囲の視線を集めてしまう。好奇の視線を感じるし、可愛いとか誰か助けてやれよなんて囁きまで聞こえてくる。

 いやいや、私は大丈夫だから気にしないで欲しい。手を差し伸ばしてくれる気持ちだけは受け取っておくから、是非とも記憶から完全に消してくれないかな。

 ああ、居たたまれないよ。どんどん顔が上気していくのが分かる。

 これはあれだね、戦略的撤退だ。まだ期限は残っているのだから一度出直そう。戻ってくる約束は出来ないけど。


 アイナ・ベルンゼファードは逃げ出した。

 しかし逃げ切れなかった。

 ほわあぁっ!?


「あ~、アイナ様だ!」


 ロビーに響く声に、自然と視線が声の主へと集められる。

 その視線の先には入口に立つ一人のギルド職員の姿があった。身に纏うのはギルド支給の制服、手にしているのは──お昼休憩の買い出しに出ていたのか昼食が入っていると思われる──バスケット。

 そして何より目を惹くのが興奮気味にピコピコと上下する長い耳。そう、私の名を呼んだ声の主はエルフの少女(ただし外見年齢通りではない)だった。しかも猫耳を生やしていない普通のエルフだ。やっぱり猫耳エルフとか属性過多だと改めて思うね。


 何故こんな大国の、それも帝都にエルフが居るのか不思議に思うかも知れない。確かにかつてエルフは人間に狩りの標的にされ、その多くが魔族の支配圏へと逃れた。

 しかし時が流れ、時代の移り変わりの中で、人間の街で暮らし始める者も現れる。俗に街エルフと呼ばれている──何らかの理由で森を出た、または森に帰れなくなった。もしくは街で産まれ育った──者達だ。

 もちろん彼等が人間社会で生きるには異種族である以上困難が伴い、降りかかるトラブルや差別に対抗できる術や後ろ盾が必要なことは言うまでもない。当然彼等としても出来る限り無用なトラブルは避けたいだろう。

 そこで登場するのがヴァレンティア帝国だ。その初代皇帝は何を隠そう高ランク冒険者だった。生命を危険に晒す冒険者、特に常に命のやり取りを行っているような高ランク冒険者にとって種族なんてものは意味を持たない。彼等冒険者にとって必要なのは本人の資質と実力のみ。その為、異種族への忌避感や差別感情は一般の人間よりも限りなく低い。

 そんな冒険者が興したヴァレンティアは実力主義を掲げ、異種族──例え人間と敵対している魔族──であったとしても実力さえあれば重要な役職へ登庸した。それが功を奏し、国の発展と繁栄の原動力になったことは想像に難くない。

 つまりヴァレンティアは大陸で最も広く門戸を開けて異種族を受け入れ、利用している人間国家と言えるだろう。まあだからこそ敵も少なくないのだけどね。


「やふー、久しぶりの生アイナ様ゲットだよ!」


 エルフ娘はバスケットを床に置くやいなや、周囲の視線を気にすることなく私へ向かって猛ダッシュ。そしてそのまま私を抱え上げると胸に抱き、奇声を上げながら頬ずりを繰り返す。避ける事も抜け出すことも容易いが、何かもう面倒なのでされるがままの私。

 抱きしめられた感想? 彼女は貧乳種だとだけ言っておくよ、がんばれ。

 しかし駄エルフといい、この世界のエルフは無駄にテンションが高いのがデフォなの? あとどうでも良いけど様付け呼びとかキャラ被ってない?


 その一方で周囲がざわつき始める。

 ざわ……ざわ……。


「おいおい、あのイリスさんが様付けで呼んだ幼女って」


「え、うそ。じゃあ、あの子が?」


「……黒の森の支配者」


「まさか本物?」


「えー、あの子さっきまでカウンターに背が届かなくて涙目になってたよ?」


 いや、なってないから。肉体に引っ張られて精神が退行したりしてないからね。そう見えたのは、きっと角度や光の屈折の問題だし、仮に涙を浮かべていたとしてもそれは羞恥心からだから。

 あと黒の森の支配者って何その厨二っぽい称号。確かに黒の森の奥に住んで居るよ。それに生態系を破壊し、難易度をヘルモードへと引き上げた責任はあるような気はするけど、支配者っていうのは……ねぇ?


「アイナ様、今日はどうしたのかな? はっ、まさか遂に私の耳をペロペロはむはむしに来てくれたのかな!?」


 かなりマジな顔して何を言っているんだろうね、このエルフ娘は。

 耳を舐めたり甘噛みするためだけに他者の下を訪れるってどんな変態だ。そもそも駄エルフの奴に、自分以外のエルフの耳を舐めるなと厳命されている。さらにもし舐めたら地図を書き換える必要な事態になると脅された。たかが耳ペロで大げさだと思ったけど、あの時の駄エルフも本気だったよ。


「落ち着け、イリス。取り敢えず降ろしてくれないかな、あと耳は舐めないから」


「むぅむぅ、とても残念だよー」


 不満げなエルフ娘は渋々といった様子で私を床へと降ろした。

 まったく、駄エルフと言いほんとにキミ達は自由すぎるよ。


「今さらだけど久しぶりだね、イリス。その様子だと心配する必要はなさそうだ」


「はい、アイナ様成分ありがとうございます。とっても嬉しいよー」


 いや、お礼を言われたけど、キミが勝手に摂取しただけじゃないか。そもそもアイナ様成分って何?


 さて、ここでエルフ二号ことイリス・フレサンジュを紹介しておこう。

 その服装からも見て分かる通り、主に受付嬢として働くギルド職員の一人である。

 彼女との出会いは私がまだ冒険者として真面目に働いていた頃、とある違法奴隷商グループの摘発──結果的に壊滅したけど──依頼を受けたことが切っ掛けだった。

 そう、彼女は奴隷だった。さすがに不老不死については都市伝説扱いとなったが、嗜好品としてのエルフの価値は依然高いままだ。

 運悪く違法奴隷商に捕まり、運良く助け出された彼女は、私に憧れて冒険者を目指したようだ。生憎と彼女が冒険者として大成する前に私は引退した為、同じパーティでクエストに挑むことはなかったが。

 高ランク冒険者として名を馳せた彼女は自堕落な私とは違い、現役引退後もギルドに所属し、受付嬢として働きながら後進の育成に力を注いでいる。その評判は高く、多くの後輩から慕われているようだ。

 さすが私が育てただけのことはある。助けた後、これと言って何もしてないけど。


「それで今日はどうしたのかな?」


「ああ、それなんだけど────」


 ようやく本題に入れる。

 そう思っていたんだけどね。


「おい、邪魔だガキ」


 粗暴な声と共に衝撃を受ける。

 どうやら別のイベントが始まってしまったらしい。

 まあ、ギルドと言えばお約束だよね?



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