第7話 そうだ、ギルドへ行こう
はい、という訳でやって来ましたヴァレンティア帝国は帝都クルキセス。ここ数世紀の間に急激な繁栄を遂げ、かつて剣聖と呼ばれた皇帝の下に集った優秀な騎士達を軍事力の柱に、瞬く間に周辺諸国を併合しながら領土を拡大。大陸東部の大部分を支配圏とし、この大陸を代表する二大国家の片翼として君臨している。
その栄華を象徴するように近代的な街並みが広がる帝都は活気に満ち溢れ、多くの人々が行き交い、盛大な賑わいを見せている。明るい声、振りまかれる笑顔、実に結構なことじゃないか。
その光景を視界に映し、私は思う。
ああ、本気で帰りたいと。
人が多すぎる。人混みに軽く酔ってきたので気分も悪い。もし今この場所で攻撃魔法をぶっ放したら、一体どれだけコンボが稼げるだろうか、なんて考えが思い浮かんでしまうほど鬱になる。いや、大丈夫。今は現実と二次元を混同していない。
出来ることなら、こんな人の多い場所に来たくはなかった。そう、誰が好き好んでくるものか。そんな暇があるなら家でゴロゴロして惰眠を貪り、時間を無為に過ごすという使命が私にはある。
だけどそういう訳にもいかない事情があるんだよ。
切っ掛けは我が家に届いた一通の手紙だった。手紙自体は何ら変哲もないけれど、家に届くという時点で差し出した相手が何らかの突出した力を持つ者という事になる。それが権力なのか、財力なのか、魔力なのか、腕力なのかは分からないが、何れにしろ面倒事の気配がすることに変わりはない。
中身を見ずに無視することが正解なのかも知れないが、生憎と私はそれが出来る性分ではなかった。だって一度意識したら気になって仕方がないじゃないか。その状態ではおちおち夜どころか昼も眠れない。
まあだから止せばいいのに開封して、その結果こうして帝都くんだりまで足を伸ばす羽目になってしまった。
内容? 簡単に要約すれば脅迫だね。三日以内に指定場所を訪れなければ、過去の愚行を映像記録した魔導具を広く一般に公開する、と。
うん、もう読まなかったことにしても良いかな。
完全に俗世間との繋がりを絶ち、一生家の中だけで過ごすなら痛くも痒くない脅しだ。世間の反応が気にはなっても──我慢できるかはおいておくとして──知らないのは効果がないのと同じこと。私個人としては別段問題なく、それで何ら構わない。必要な物があれば駄エルフをパシリに使えば良いだけの事なのだから。キミにしか頼めないとでも言えば、きっと喜んで馬車馬のように働いてくれるに違いない。
けれど経験上、そうも言ってられないと理解はしている。何だかんだと面倒事が舞い込み、半強制的に外へ出る機会が訪れるに決まっている。今回の件だって例外でなく、本を正せば私自身の過去の行いだし、これからも過去のやらかしの清算を求められる事があるだろう。
そして今回の件を放置するとして、最も問題となるのが駄エルフを始めとする愉快な仲間達の反応だね。彼女達がどんな行動を起こすのかは予測できないが、より面倒な結果を生み出すことだけは断言できる。たぶんその結果に小心者の私は後悔するだろう気がする。何故あの時、行動を起こさなかったのかと。
故に私は帝都クルキセスに存在する指定場所=ギルドの扉を開いたのだった。
ギルド、そう冒険者御用達で異世界転生のテンプレの花形。冒険者の互助組織で仕事の斡旋、パーティ編成の仲介、クランの管理運営の手伝い、その他各種相談に乗ってくれるあのギルドだ。
商業区の一等地に構えるだけあって大きく、内外ともに豪華な造りをしている。
ロビーを見渡すと各々得物を携えた如何にも冒険者ですという風貌の人間が多く、異世界ファンタジー感を存分に味わわせてくれる。
かく言う私も髪を高い位置で束ね、戦闘ドレスの上に外套を羽織り、腰に剣を携えた冒険者ルックだ。さすがにファンタジー世界を上下ジャージとサンダルで出歩くのは抵抗がある。一応これでも前世から女だし、身嗜みには気を遣っているんだよ。
しかしここも人が多い。大抵のギルドのロビーには食事処が併設され、仕事の前後に食事をしながら仕事内容の確認や反省などを行うパーティも多々ある。また総じて値段の割りに量があることから、仕事目的ではなく普段から食事に訪れる冒険者も少なくない。食事時を外したとはいえ、やはり帝都支部は地方の支部とは規模が違うと実感するね。
などと考えながら私は受付カウンターへと足を進めつつ、アイテムボックスからこれまた異世界テンプレの代名詞であるギルドカードを取り出す。名前、性別、得意な役割、そしてランクが記載されているオーソドックスなものだ。
もちろんチートスペックな私はSランクだけど、チートボディのおかげなので誇れるものではないのが悲しい。
さて、私のギルドカードからも分かるとおり、この世界の冒険者もまた御多分に洩れずギルドによってランク付けが行われる。基本はSからGまでの八段階評価だが、各ランクの中でも上位や下位──あと少しでランクアップする者やランクアップ直後の者を区別する為に──などと便宜上分類されていた。
クエストには難易度に合わせて推奨ランクがあり、冒険者は自分の技量とリスクを秤に掛けた上でクエストを受ける事になる。もちろん自信があるなら自分のランクよりも上のクエストを受けても構わない。契約時に預ける保証金の額も当然増えるデメリットはあるが、冒険者の基本は生死を含めた全てが自己責任なのだから。
それにより稀に大番狂わせという奇跡を起こし、一躍名を知らしめるスタールーキーが誕生することもあったりするよ。大抵は現実を知る結果になるが、ロマンを抱くことは悪い事じゃない。
ランクを上げるメリットとしては幾らか報酬に上乗せされる他、ギルド直営店で多少の割引を受けられる程度。あとは自分と同じぐらいの実力者とパーティが組みやすくなるとか、各国軍の騎士団や聖教会の聖騎士から声が掛かり、出世の機会が訪れる可能性かあることだが、これは人によってメリットと感じないかも知れないね。残念ながらSランクになったからといって、王族の後ろ盾を得てDANZAI権を行使できるなんて特権はこの世界には存在しないよ。
夢がないように思えるかも知れないが、ランクなんてあくまでもギルドが作った使える冒険者の格付けに過ぎない。
人が持つ向上心や競争心を煽り、自尊心を刺激し、仕事率を高める。それに比例して増加する手数料や仲介料を搾取し、多方面へコネを作るための手段というわけだ。さすが互助組織の皮を被った営利団体。やることが汚い。作品によっては黒幕だったり敵だったりするだけのことあるね。
え、ランク制度の発案者? 私ですが、何か?




