コイ
会いたい。
そのひとことが言えない。
“オトナ”と呼ばれる歳になって。職場でも多少は頼られるようになって。自己主張もそれなりにできるようになったけど。肝心要のひとことはなかなか口に出せずにいる。
“コイビト”と、ふたりの呼び名は変わって。けれどまだぎこちなく。遠慮が先にたって飲みこむ言葉も少なくない。
どちらに立ったら良いかわからなくなって後ろばかりを歩いてしまうし。業務連絡みたいなメールを笑われるし。もうちょっと食べたかったデザート、少食に見られたくて我慢したり。
次の約束はあさっての土曜日。でも。
いま、会いたい。顔が見たい。声を聞きたい。
明日はふたりとも仕事で。いまはもう遅い時間で。なのに。
日の浅い“コイビト”へのわがままはどこまで許されますか?
「――じゃ映画の前に本屋よろうか」
「うん」
だめだ。声だけでもと電話したけどよけいに辛いかも。
「んー、なら待ち合わせ早めたほうがいいかな」
「うん」
思いが伝わればあとはすべてうまくいく。そうじゃないことはわかってたはずなのに。思いが伝わってもそれが長続きするわけじゃないってことも。
いま、どんな顔で話してくれてる?
いま、その心のなかを占めているのは?
「あー、なんか俺がっついてるかも」
いまだけ、いまだけは――。
「……わたしもがっついてる」
「えっ、そうなの?」
会いたくてたまらないほど。
了