青
雨がふる。雨がふる。
雨があのひとを連れていく。
“どこへもいかないよ”
そう言ったあなたに。
“どこへでもいけばいい”
そう言ったね、わたしは。
そのときのあなたの、困ったような笑顔がいまも忘れられない。
“雨が好きだよ。静けさに気づけるから”
なんてキザなひとだろうってちょっとひいたけど。いまはね、あなたの言いたかったことなんとなくわかる気がする。
“雪が好きだよ。ぬくもりを思い出せるから”
ねぇ。あなたは知っていたんだね。
“確かな手触りを覚えていることが、うれしいんだ”
欠けた世界の景色を。
わたしの目の前にもあなたが見ていたのと同じ風景が広がってる。失ったことでわたしはあなたと重なり合えたのかな。
“どこへもいかないよ”
あなたは言うけれど。
“どこへもいかないで”
わたしは言えなくて。
だらしなく笑う顔を不思議に思っていたら、いつの間にかあなたの腕を掴んでた。
どこへもいかないで。
ひとりにしないで。
そばにいて。
わたしは泣いてるっていうのに、笑いつづけるあなたが腹立たしかった。
雪がふる。雪がふる。
雪があのひとをかき消していく。
唇にぬくもりを残したまま。
了