※未完 ①
*前書きという名の長い言い訳
題名にありますようにこちらは未完のものになります。未完どころか、書きかけの状態です。
なろう様に登録したばかりの頃に作っていたものです。今も手探りで活動しておりますが、この頃は知らないことがとても多く(苦笑)一人称と三人称があることや、セリフ以外を地の文と呼ぶなど書き方からお作法的なことまでわかっていませんでした。
なので早々に頓挫しました。そのうちの一つがこれになります。
ざっくり説明しますと、復讐の物語です。ある国の王子が、自身の父親や叔父を殺すために、暗殺者の生き残りを迎えに行く所から始まります。(血生臭い話ですね・汗)
かなり読みにくいです。視点もあっちこっちしますし、文章も途中で切れてます。誤字脱字も直してません。
供養と自戒の意味もこめましてあげさせていただきました。最初は活動報告に載せようとしたのですが、コピペがうまくいかず(泣)
もし良かったら、しょうがねぇなぁと笑ってやってくださいませ。
「キア、お前はこれから私と共に来てもらう」
纏う威圧感からは似つかわしくない澄んだ声音で、男は窓辺に座る人物に向かって告げた。
艶のある黒髪は男の肌の白さを際立たせていたが、華奢な印象はない。鍛えた身体を包む衣はこの地方では珍しくない簡素なものだが、男の美しさを損なうことはなかった。少し長めの前髪から覗く鋭い目は色素が薄く、光の加減で紫色にも見える。珍しいその色は他の者なら異質と映るだろうが、その男に限ってはそれですら男を彩る宝石の一部となっていた。
けれど目の前で椅子に座る人物は男の容姿に見惚れるでもなく、ただ、視線を向けているだけのようだった。
‘キア’は膝の上の本を閉じた。もう、幾度となくめくられ続けた本は色あせ、表紙の端は欠けている。ここよりずっと遠くの異国の果てにあるという、「海」について書かれたもの。この本の内容は全て記憶している。記憶という点では他の相当数の本についても言えることだが。本来なら必要のない、もうすっかり覚えてしまった文章を追うのは、わからないからだ。海の「青」とは? 鬱蒼と生い茂る木々の間から覗く空の青さと、それは違うのだろうか? 海を旅した著者は繊細な描写で表現しているが、自分にはその色が浮かばない。
慣れた重みを感じながら、傍らのテーブルに乗せた。
肩の辺りで無造作に切られた髪はその目と同じく、闇のように黒い。機能性だけを求めた男物の服の中はほっそりとしていて「男」と呼ぶには線が細く、かといって「女」と呼べるような柔らかさも、華やかさも、持ち合わせてはいなかった。
青年である男よりもまだ幾分若いだろうか。
突然の来訪者にも驚きや怯え、憤慨や喜びはなく、落ち着き払った姿はその外見とは違い、数十年の生を経た老人のようだった。その黒い目に果たして男の姿は写っているのだろうか。
男はキアの様子を気にするでもなく苛立つ様子もないまま、部屋の入り口を塞ぐように立っていた肩を引き、部屋を出るよう促した。
キアは口許に自嘲の笑みをのせた。昨日から胸騒ぎがおさまらず、小さな変化を見逃すとは。
思ったよりも自分は動揺していたらしい。
今朝はいつもより朝食が早かった。定められた時間は厳格なまでに守られ、変わることなどこれまで皆無だった。
これは決定事項なのだろう。
ならば自分はそれに従うまで。異を唱えることなど今まで許されてこなかったし、目の前の男も自分の意見など求めていない。視線を上げるに合わせ、椅子から立ち上がった。
人を拒む深い森の中に建てられた家。
材料を運ぶだけでも相当な労力がかかったろう。誰が、何の為に建てたのか。
この家の住人はキアだけだ。キアの食事や身の回りのこと、家の維持管理は通いの者達が全て行っていたが、彼らがどこから通っていたのかキアは知らない。
「まさか、手ぶらか」
家の外にいた二人目の来訪者は怪訝な顔でキアを見てから、その前にいる男へ視線を投げた。
黒髪の男よりも更に背が高く身体つきも大きい。濃い茶色の髪は短く刈られ、同じ色の目は少し垂れて精悍な顔つきを少しだけ柔らかくしていた。その人受けする笑顔を最大限活用して、身を屈め視線をキアに合わせる。
「俺の名はホーン。そっちのはネイ。お前は? なんと呼べばいい?」
問いかけにキアは沈黙しか返さない。
「キアだ」
答えたのはネイだった。
ホーンは息を呑んでネイを見たが、対するネイの目は温度を感じさせない。
自分の失態にホーンが苦々しい顔をしたのは一瞬のことだった。
「キア、持っていきたいものはないのか?」
キアはその言葉の意味を計り兼ねていた。
持っていきたいものとは、おそらく自分のものということだろう。自分のものなど何もない。今、身に着けているものも用意されたから着ているだけだ。あの本も子供の頃から読んでいるが他の多くの蔵書と同じように、キアのものという訳ではない。
キアは首を横に振った。ホーンは僅かに眉を寄せるが、ネイが動き出したことでもうそれについて何も言うことはなかった。
「陽が暮れる前に森を抜ける」
ネイはそう言うと木立の中に入って行った。ホーンはキアを促し、自分はその後に続いた。
キアは今日この瞬間まで過ごした家を、最後まで振り返ることはなかった。
その後すぐ、主を失った家は焼け朽ちた。
火は不思議と側の木々に燃え移ることはなく、家だけを焼き尽くし消えた。
高かった陽は大分傾いていた。鬱蒼とした獣道を抜けると少し辺りがひらけ、そこで待っていたのは二頭の馬だった。手入れの行き届いた艶のある黒毛と葦毛。ネイが労るように二頭の鼻を撫でると、馬達は甘えるような仕草をした。
「乗れるか?」
ぼんやりしていたらしい。ホーンの声にキアは振り返り肯定の意で頷いてはみたものの、随分久しぶりだから自信はなかった。幼い頃に習ったきりだ。
ネイが黒い馬に跨がり、キアへと近づく。
伸ばされた手に今さらながらためらうのは何故だ。
急速に襲ってくる恐怖。
自分にとってここから先は未知の世界。この境界を越えるのは禁忌に等しい。
「キア。来い」
弾かれたように見上げた。深い紫が自分を捕らえている。
抗いようのない何かに引かれるように、その手をとった。
昨夜は森の外れで一夜を明かした。
日の出と共に出立し、今は農村地帯を進んでいた。今の時期はちょうど刈り入れにあたり、大人だけでなく子供達も忙しく汗を流していた。人手が足りない家では隣の村や町から雇い入れたりすることもある為、この時期に見慣れない者がいたとしても気にかけることはない。
「――ホーン、ロープを」
少し先を行く葦毛の馬に乗るホーンが振り返る。ネイとキアの乗る馬がスピードを緩め、止まった。荷にくくり付けていたロープを外し、ネイの元へ向かい事態に気づく。
ネイの広い背にキアは身体を預け、すっかり寝てしまっていた。無防備な寝顔は幼い。
「……度胸があるっつうか、肝が据わってんなぁ」
呆れた笑いが零れた。ネイはそれに不機嫌な顔で睨み反す。その手は、胴に回されたキアの両手首を身体が馬から落ちないように握っている。
「手首縛ったくらいじゃ駄目だな。腹同士くくるか」
ホーンはそう言うと馬に乗ったまま、ネイとキアの身体を器用に縛る。短めに切ったロープでキアの手首も跡がつかないよう、けれど解けないよう縛る。それらの作業中もキアは目を覚ますことはなかった。
やっと両手が自由になったネイは愛馬のたてがみを撫で、手綱を掴んだ。
「誰の背で寝てんだか」
ホーンの言葉を無視して先へ進む。目の前に広がる景色は半日走ってさえも変わらない。
「眠ってしまえば、何も考えずにすむ」
ネイのまるで独り言のような呟きを、ホーンは聞き逃さなかった。その言葉の意味する重さも苦さも、全てを拾い上げるように。
迷子とは幼子がなるものだ。あの子のような。
母親らしき女性のスカートを掴む男の子をキアはじっと見ていた。キアは子供を初めて目にする。正確には、自分よりも歳若い者を。
着いた町は小さく、商店や食堂を兼ねた宿が一軒ずつあるだけだった。旅人にとっては次にある大きな町までの中継地点で、必要な物を補給するだけで泊まる者は多くない為だ。
予定よりも移動時間がかかってしまったネイ達は陽が暮れた為、ここで一泊することにした。夜間の移動は危険が多い。帝都から離れた地方は治安が悪く、盗賊が出るからだ。
「白い魔王がおかんむりだぞ」
宿屋との交渉から戻ったネイに、ホーンはからかうように言う。「白い魔王」こと、友人であり優秀な部下である男のことを思い、ネイは苦笑する。予定では今日中にもうひとつ先の町まで出ていなければいけなかった。
寝入ったキアが縛ってあるとはいえ、馬から振り落とされないようにネイはスピードを上げなかった。
行程通りでないことを嫌う、白金の髪を持つ男の怒りは凄まじい。
「まだ盗賊の相手をしていたほうがましだ」
若干青ざめたホーンの言葉に、ネイも素直に頷いた。
男二人の溜息をよそに、キアは目の前を通り過ぎて行く人や、建物、視界に入るもの全てに魅せられていた。夜の闇が降りている為に明かりがある所しかわからないが、それすらも興味をそそるらしく、ただの松明をじっと見入ってそばを行く人から不審がられていた。
興味を惹かれるまま歩いていたキアは手を取られ、振り返った。
「ふらふらすんなっつったろうが。飯にするぞ」
口調は荒いが、ホーンの顔は笑っていた。