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 力の抜けた手もとからカップを外す。これぐらいでは起きないだろうと思いながら表情をうかがう。

 あどけない寝顔には不釣り合いな涙のあと。すこし前には上気していた頬は陰がさして疲労が色濃く残っている。唇についた髪をそっとかきあげたら、目じりからしずくがこぼれた。

 なん枚もの仮面をつけて厳重にガードされてきたキミを。キミの心を、僕は追いつめた。これまでだれの侵入も許してこなかったのだろう領域を。

 キミは。手負いの獣のように毛を逆立て。牙をむき唸り。はっきりと怒りをあらわにした。噛みつかんばかりの吠えようはもう悲鳴でしかなかったけど。

 ――いやだ。

 気づいたのはいつのころだったろう。

 笑顔を絶やさないキミから自身の気持ちを表現する言葉が出てこない、そのことに。

 自分だけに向けてほしくて慣れない軽口を駆使した。花が、咲いたように笑うキミを手のなかに閉じこめてしまいたかった。のぼせ上がっていてわからなかった。照れ屋なキミ。僕に添ってくれてるのだと思ってた。

 ――いやだ。

 簡単な言葉をキミはいままでどれだけつぐんできたの。飲みこみすぎて苦しいなんてこと忘れた?

 我慢ばかり、上手くならないで。そして。煽り文句で無理やり吐き出させた哀しみがキミのなかの闇のすべてならいいのに。

 紅茶にしたたらせたブランデーは器用なようで不器用なキミの数少ない弱点。あとできっと怒らせてしまうだろうけど、えぐった傷をふさぐには休息がいるから。

 立ち上がりかけて、僕のシャツを握りしめている手に気づいた。衝動を飲み下すように息を吐いて慎重にその身体を抱え上げた。ふわりと襲いかかる甘いばかりの香りが。胸をしめつけて、痛い。

 ――だれもいらない。

 そう言ったあとのキミは僕よりも痛そうに見えた。その理由に、心の変化に気づいているかな。

 ベッドへ寝かせ自分もかたわらに滑りこんだ。音の消えた夜。雨が雪になったか。

 小さな息。膝を抱いて丸まる身体を大切に包んだ。

 おやすみ。

 つぎに目覚めるときは真っ白い世界がキミの前に広がっているだろう。

 まぶしさに目がくらみ冷たさに身がすくむならその手をひいて。うつむくキミの肩に降る雪がどれほど美しいかを囁いて。

 すべてを凍らせる白が土のなかで命を育む清水へと変わる話をしてあげよう。

 シーツに温もりがうつるころにはどうか、キミの堅くひき結ばれた唇もほころぶように。まだシャツを離そうとしない手に、自分の手を重ねた。




 

 

 

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