その世界に摂理はあるか?
悪役令嬢って良家のお嬢さまには無理なんじゃないかな、と思って書いてみました。
ありきたりの、どこかで見たような話ですが楽しんでいただければ幸いです。
その唇の端に浮かんだ嗤いを見て、心の中で小さく息を吐く。
現実と妄想が混じり合ったこの世界。現実ゆえに他者の介入が働き、妄想ゆえに強制力が働く。
自ら逃れる意思を持てば、他者の力は助けになり、強制――補正、ともいう――に流されれば、己の満足は得られるだろう…それが、一時の物であったとしても。
今更、自らの立ち位置を説明するのも烏滸がましいけれど、取り敢えず話させて貰おうと思う。
原作はアニメだったこの話は、王道といわれる種類の話だった。貧しい少女が苦労し、多くの人たちと出会い、悪役の邪魔にも負けず、幸せをつかみ取っていく…お約束の大団円では、高貴な血筋だとわかる、『○なき子』(ドラマの決め台詞を言う方じゃなくてね)が一番内容として近い気がする。と、いうより基本的な背景や設定は、ほぼ同じだと思う。
作品の視聴率とか(見ていた年齢層幅広かったみたいで『お○ん』世代にもウケたみたい)出来も、声優陣もよかったらしく、乙女ゲームにもなった。アニメの方は相手が決まっていたけど、沢山のイケメンが出てきていたから、ご贔屓のキャラとくっつけたいと、売れ行きも良かったみたいだ。かく言う私も、アニメ見てはまって、ゲームもやりこんだ一人なんだけどね。
そして。
ゲームでは、それぞれの攻略対象によってライバルは異なるけれど、アニメと共通している唯一の存在。ゲームのパッケージにひときわ大きく描かれている、公式彼氏と呼ばれる相手の婚約者…ヒロインを虐め陥れようとする悪役令嬢、それが私だ。
アニメでも、ゲームでもやってきた悪事がばれて(主人公に対してだけじゃなく、家ぐるみで色々やっていた)最終的に投獄される。檻の外から婚約者の冷たい視線が向けられフェードアウト…妄想をかき立てられるシーンでしたな。
確かに、アニメ見たり、ゲームやったり…それなりの道は辿ってきたし、ラノベだってネット小説だって読み漁っていたけど、実際自分がなってみて思ったのは、ゲームの主人公って本当に『妄想』と『ご都合主義』の世界で生きているんだな、って事。
話の内容を盛り上げるためか、日常から離れるためか、世界観が不可思議だった、封建制度が残ったままの現代日本。いろいろ配慮されているせいか、名称とか立場はヨーロッパぽい世界。ある意味パラレル。
皇族があって、各地の大名ならぬ領主がいて、身分制度もしっかりあって…だからこその王道なんだけれどね。
だけど、現実って、本当に『リアル』。いや、厳しい。
古くから続く家柄っていうのはそれなりに理由もあって、代々続く家訓みたいなものもあって、我が家ではそれが『人ありき』なんだよね。
人の上に立つ者は、それ相応の義務も発生する、所謂『noble obligation』特権階級は、それを持たない人たちに対して義務を持って釣り合いを保つ、って事ですね。
アニメではわかり易い勧善懲悪にするための家ぐるみの悪役設定だったんだろうけど、悪いが、家には後ろ暗いところは無い。お貴族様さまだから清廉潔白とは言わないけど、領民との関係はいたって良好だし、父も兄たちも口癖のように「民あっての領主だ」と言っているからね。利権を振りかざすことも…無いわけじゃないけれど、相手が苦笑して収まる程度のものだ。例えるならば、珍しいものを優先的に売ってもらう、とか商品の納期を速めてもらう、とか。それに対して、きちんと報酬も込みでお金は支払っているし、こちらが相手に融通を聞かせる時もあるから、むこうも「いつもお世話になっていますから」と頑張ってくれる。それに対してきちんと感謝の気持ちを持つことも教えられてきた。
『現実』というのは、そういうものだ。実績があるから続いている。専制国家が長く続いているのには、きちんと裏付けされた理由があるのだ。当然、民主国家的な思想がないわけじゃないし、動きもあるけどね。攻略対象にレジスタンスのリーダーの一人もいるし。
でも、君主国家から民主主義ってねぇ、色々険しい道のりだと思うし、他人の芝生は青いってやつだよね。少なくとも、政権変わって手のひら返すより、今の国の方が立派だと思う。あくまで、個人の感想だけど。
あ、申し遅れました。私、霜降 薔子と申します。侯爵家の長女で皇太子殿下の許婚…ふふふ、薄ぼんやりとした記憶が鮮明になったとき、思わず叫びそうになったのを寸前で止めることができたのは、それまでの教育の賜物です。お嬢様教育は、色々な意味で厳しい。
そして、今旅芸人の一座で各国を(この場合、各領地なんだけど)回って、知り合った少年たちと主人公が感動の再会。いや、知っていて、見物しに来たのだけどね。
ゲームで、オープニングの最終スチル場面。学園の卒業式の余興に呼ばれた一座が、生徒会役員になっていた攻略対象と再会する場面。ゲームではここで話しかける相手が、選択で最初の好感度上げのポイントなんだが…。
全員にそれぞれ言っているそのセリフがゲームのままで、しかも態度を微妙に使い分けている…どうみても、あれは。
「逆ハー狙いの転生ヒロイン」
「そのようですね」
私の呟きに律儀に返事を返してくれたのは、霜苗。それなりのイケメンではあるが、攻略対象ではない。アニメにもゲームにも出てきた攻略対象の友人の一人。でも、今は私の護衛兼従者…つい、すべらした私の一言で、荒唐無稽ともいえる話を信じてくれた――とは、言っても彼にしか話していないけれど――相手だ。彼は、ヒロインの相手によって態度をかける姿を見て、呆れたような嘲笑いを浮かべた。
ここで、冒頭。
「しかも、彼らの誰もがその不自然さに気が付かない…補正効果って、ああいうことを言うのね」
確かにゲームでは、相手によってヒロインの性格に変化があった。天然タイプ、勝ち気な少女、穏やかで一歩ひいたような古風な女の子。
アニメでは、元気で健気な、少し天然な少女だったが…アレは。
霜苗に軽く目配せして、その場からそっと立ち去る。
「うん、笑える。アレは笑える」
「…お嬢様」
人気のない場所で、爆笑する私を半眼で見下ろしている霜苗に「ごめん」と謝りながらも、なお笑いが込み上げてくる。
「アレに落とされるのね…我が婚約者殿は」
懐かしそうな柔らかな視線で少女を見つめていた皇太子の顔を思い出し、やれやれと息を吐いた。
「殿下だけではありませんでしたよ。あの緩みきった顔を、彼らを慕うご令嬢方に見せて差し上げたかったです」
こいつの毒舌ぶりは、原作でも現実でも変わらない。
「ヒロイン嬢がどこまで『現実』に立ち向かってくれるのかしらね」
逆ハー狙いじゃなかったら、多少救いはあったのだろうけど、現実問題彼女がどこまで未来というものを見据えているか、謎である。
だってね、辛くない?逆ハーって、ヒロインも攻略対象もさ。
「リセットも、二週目も無いということに気が付いてくれればいいけれど」
それが無理だということを知るのは、もう少し先の話。
「傍観を気取っていたいけど、立場上無理、よね?」
当たり前です、という従者の頷きに思わず膝を付きたくなった。
攻略対象は、この場に現れていない相手を加えて7人。一人は全員落としてからの、隠されていない隠しキャラ。でも、まぁ、無理だろうな、『彼』は。
身分違いを謳い文句にしているからか、皇太子をはじめ、将軍の息子、宰相の甥に豪商の跡継ぎ、同じ一座の少年に、後のレジスタンスのリーダーとなる少年。
原作では語られていない、この学園の創設の目的と理念。
「眼下を知るべし、山頂を見るべし」
「学園の基本理念ですね」
「きちんと意味が分かっているかどうかは謎だけどね」
上に立つ者は民を理解しろ、民は上に立つものから目を逸らすな。貴賤を問わず受け入れる、この学園の意味合い。
「まぁ、『神に愛されしヒロイン』じゃなくて助かったかな?」
「なんです?それ」
神、もしくは世界に愛された者。全てが思いのまま、主人公補正もご都合主義も何でも有り。設定も何もかも基本通り、悪役令嬢もしかり。
けれど、現実は、悪役令嬢という存在を作っていないし、攻略対象も全て彼女に気持ちを向けたわけではない…むしろ。
「ああ、そういえば、嫌っていましたね。媚が透けて見えて気持ちが悪い、と」
あの場にいなかった宰相の甥と後のレジスタンスのリーダー。
勿論彼らも学園の生徒である。
片方は私の身内で、片方は霜苗の友人。
「それに気味悪がっていましたよ。『貴方はやがて世界を揺るがす人物になる』って、訳知り顔で言われたって…俺はお嬢様のお言葉をうかがっていましたから、わかっていましたけどね」
実は、彼が反社会に走ることはない。父の領地で家族が酷い目に合わされたことが発端なのだ、現実で起こるはずがない…起こっていない事件だ。
未来の事は分からない。アニメやゲームではレジスタンスのリーダーだった攻略対象が、どんな道を歩み、主人公に関わっていくのか…現状では、良い方向には向かっていないみたいだけど。
「『みんな無理して笑っていて可哀そう』」
「なんです、それ?」
「彼女が言った言葉よ。それを話した相手が、私だって気づかずにね」
「…また、変装して抜け出しましたね」
いいじゃん、たまには息抜きしたって。第一、キミが霜降に来る前の話だよ。「また」って、なんです「また」って。
「見たかったのよ、実際の世界を見てどう感じたのか。見事なまでに自分の都合のいい、自分が見たい世界に変換させていたわね」
領主は立派な人だ、と町の人が言えば、そんな風に言わなきゃいけないと、気の毒がられる。警邏の騎士たちは監視役と思われている。いいのよ、私は分かっているから。
「殴ってきていいですか?」
「まぁまぁ、落ち着きなさい」
「お嬢様!」
だから、キミが来る前の話だってば。
「ねぇ、霜苗」
口調を変えて、従者を見上げる。…出会った頃は、私の方が身長高かったのだけどね。
「虐められても、無視されてもへこたれず、健気なお嬢さんは、嫌がらせも何も受けない生活にどう対応するのかしらね」
原則として、一夫一婦を推奨はしている我が国だが、あくまで『原則』で『推奨』だ。身分や家柄の高い者は、血の存続のために側室を迎える者もいる。そして、側室が産んだ子供は分け隔てなく、正室の庇護のもと育てられるのだ。
王族に近ければ近いほど、帝王学もお妃教育も半端ない。前世の記憶がある自分ですら、側室制度を当然のものと受け止めてしまうのだ、始めからこの国の重鎮の血筋なら、当たり前の話で済んでしまうだろう。
「殿下が彼女に恋をして王宮に迎え入れたいと思っても、私という存在がある限り正妃にはなれない。勿論、他国との縁組が起きれば、そちらが優先されて私も正妃にはなれない。それを彼女は本当に理解しているのかしらね」
「自分が正妃になるためにはお嬢様が邪魔だから蹴落とす、と?けれど、誰もその仕掛けに乗るものはいない、ですか?」
「そう、別に側室は必要だと考えれば、彼女に嫌がらせをする者はいない…っていうか、王妃なんて面倒な役目を望むなら、『カモーン、ばっちこーい』だわね」
「すみません、意味が分かりかねます」
「わからなくて良いから」
そこまで殿下に対して愛情を持っていない、というのが正確なところなんだよね。流石に公式彼氏、眉目秀麗、文武両道、性格温厚、いかにも王子様なんだけど、出来すぎて怖いっていうのが本音です。
因みに、殿下の口利きでヒロイン嬢はこの学園に入ります。てか、何もしなくても入れるなんて思っていないよね?王族の紹介とはいえ、筆記試験と面接はあるのだよ?いくら特別枠で入試受けられても、入れなかったら意味ないからね。
「なんか、怖い考えが起きてきた」
「お嬢様?」
そしたら、話はじまらないじゃん。
登場人物
霜降 薔子
悪役令嬢(笑)原作ではヒロインを虐め、実家の悪行のために身を滅ぼす侯爵家の令嬢。
作中では、由緒正しい王道のお嬢様。
霜苗
平民なので名字なし。原作では、腐敗に満ちた社会を正そうとする友人を支える軍師的な存在。
作中では、ひょんなことから薔子に拾われて、従者にならざるを得なくなった被害者。でも、旦那様もご家族も尊敬しているので苦にならない。
ヒロイン
原作では、虐めも妨害も貧しさも苦労にも負けない、明るく元気で健気な少女。実は、生まれて間もなく伯爵家からさらわれたご令嬢。
作中は転生ヒロイン。将来なんか考えず、ただただ逆ハー目指して邁進中。50%程度のヒロイン補正だが、本人は100%持っていると思っている。
一部修正しました。