鳥取と島根の位置関係と同じくらい
どうでもいいこと。
しかしそれが気になって、権田さんは眠れなかった。
げっそりした顔で診療室に現れた権田さんを見て、エレジー先生は大きくうなずいた。ボールペンを出し、素早くカルテに書き込む。
「茄子の漬け物にそっくり、と」
口に出して言わなくてもいいのに、と権田さんは思ったが、カウンセリングは一人十五分までと決まっているので、急いで椅子に座った。
「あの、キツネが出てくる有名な童話あるじゃないですか」
あるある、とエレジー先生は言った。
「ドレッドヘアのキツネが年上の女を口説く話だよね」
「それは有名じゃありません」
権田さんは苛立ち、髪を掻いた。眠っていないせいか、後頭部やこめかみがどんよりと重かった。
「主人公のキツネが、いたずらして、誤解されて、撃たれるんですけど、その撃った男の名前、わかりますか」
エレジー先生は答えない。権田さんはため息をついた。
「僕はわかるんですよ。字面はわかるんです。でも読み方が思い出せない。『へい』だか『ひょう』だか、どっちだったか思い出せないんです」
「それで眠れないの?」
「はい」
「じゃあデブスとメイワックス出しておくね」
エレジー先生はくるりと椅子を回転させ、サイドデスクにカルテを置こうとした。
待ってください、と権田さんは言った。
「眠りたいんじゃないんです。思い出したいんです」
権田さんは膝に手を当て、前のめりになって言った。
エレジー先生は立ち上がった。権田さんの椅子の背もたれを押し、壁際まで転がしていく。
「これは……何かの療法ですか」
「エレジー療法だよ」
エレジー先生は、権田さんの頭の上にリンゴを置いた。赤く、よく熟したリンゴだ。
「そのまま。動かないでね」
反対側の壁まで歩いていき、白衣の内側から金色の弓を出した。そして、立派な羽のついた矢をつがえ、ぎりぎりと引く。
「ちょ、ちょっと、何するんですか」
鋭い矢尻を見て、権田さんは震え上がった。
「今からエレジーが矢を射る。リンゴに刺さったら『ひょう』と読み、外したら『へい』と読むことにしよう」
「じょ、冗談じゃないですよ!」
「大丈夫。エレジーが言うんだから間違いない」
エレジー先生は片目を閉じ、顔の高さで弓を静止させ、勢いよく放った。
矢は見事、リンゴに命中し、甘酸っぱい香りと汁が飛び散った。
「決まった! 読み方は『ひょう』だ」
権田さんはそれを聞き、安堵の表情を浮かべると、ばったり倒れて気絶してしまった。呼んでも、揺さぶっても、一向に起きる気配がなかった。
「驚いた。こんなんで不眠が治るとは」
エレジー先生はリンゴの欠片を頬張り、白衣の袖で口をぬぐった。