表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編】エレジークリニック

鳥取と島根の位置関係と同じくらい

作者: れみ

 どうでもいいこと。

 しかしそれが気になって、権田さんは眠れなかった。


 げっそりした顔で診療室に現れた権田さんを見て、エレジー先生は大きくうなずいた。ボールペンを出し、素早くカルテに書き込む。


「茄子の漬け物にそっくり、と」


 口に出して言わなくてもいいのに、と権田さんは思ったが、カウンセリングは一人十五分までと決まっているので、急いで椅子に座った。


「あの、キツネが出てくる有名な童話あるじゃないですか」


 あるある、とエレジー先生は言った。


「ドレッドヘアのキツネが年上の女を口説く話だよね」

「それは有名じゃありません」


 権田さんは苛立ち、髪を掻いた。眠っていないせいか、後頭部やこめかみがどんよりと重かった。


「主人公のキツネが、いたずらして、誤解されて、撃たれるんですけど、その撃った男の名前、わかりますか」


 エレジー先生は答えない。権田さんはため息をついた。


「僕はわかるんですよ。字面はわかるんです。でも読み方が思い出せない。『へい』だか『ひょう』だか、どっちだったか思い出せないんです」

「それで眠れないの?」

「はい」

「じゃあデブスとメイワックス出しておくね」


 エレジー先生はくるりと椅子を回転させ、サイドデスクにカルテを置こうとした。

 待ってください、と権田さんは言った。


「眠りたいんじゃないんです。思い出したいんです」


 権田さんは膝に手を当て、前のめりになって言った。

 エレジー先生は立ち上がった。権田さんの椅子の背もたれを押し、壁際まで転がしていく。


「これは……何かの療法ですか」

「エレジー療法だよ」


 エレジー先生は、権田さんの頭の上にリンゴを置いた。赤く、よく熟したリンゴだ。


「そのまま。動かないでね」


 反対側の壁まで歩いていき、白衣の内側から金色の弓を出した。そして、立派な羽のついた矢をつがえ、ぎりぎりと引く。


「ちょ、ちょっと、何するんですか」


 鋭い矢尻を見て、権田さんは震え上がった。


「今からエレジーが矢を射る。リンゴに刺さったら『ひょう』と読み、外したら『へい』と読むことにしよう」

「じょ、冗談じゃないですよ!」

「大丈夫。エレジーが言うんだから間違いない」


 エレジー先生は片目を閉じ、顔の高さで弓を静止させ、勢いよく放った。


 矢は見事、リンゴに命中し、甘酸っぱい香りと汁が飛び散った。


「決まった! 読み方は『ひょう』だ」


 権田さんはそれを聞き、安堵の表情を浮かべると、ばったり倒れて気絶してしまった。呼んでも、揺さぶっても、一向に起きる気配がなかった。


「驚いた。こんなんで不眠が治るとは」


 エレジー先生はリンゴの欠片を頬張り、白衣の袖で口をぬぐった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 権田さんのやっかいな主訴を簡単に吹き飛ばすエレジー先生、流石です! しかし薬の名前(笑)どうしてそうなった的名前に?! 夢の中身も珍妙だけど、面白い!! きつねのドレッドヘアって気合入ってま…
[一言] ドレッドヘアのキツネが年上の女を口説く話 読みてえええええええ!
[良い点] 題が秀逸ですね。 そうくるか!! と、エレジー先生(れみさん)には笑かされます。 [一言] ドレッドヘアのキツネが年上の女を口説く話、読みたいです(笑) エレジー先生、面白すぎます。彼は真…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ