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 アトリエで見つけた古い絵を持って、二階へ上がる。

 葵の部屋とは廊下を挟んで向かい側にある、愁哉の部屋。もちろんこの部屋に入ったことはないし、近づいたことすらない。

 俺の部屋はのぞくなよ――初めて会った日、そう言われたから。

 だけど今日、その部屋は少し開いていた。いつもはドアが閉じられているのに。

「愁哉くん?」

 廊下に立って名前を呼ぶ。中にいればその声は聞こえるはずなのに、返事はない。

 いないのかな? 葵はそっと一歩だけ近づいてみる。開いたドアの隙間から、床に散らばった何枚もの紙が見えた。

「絵だ……」

 愁哉くんの描いた絵。もっとよく見たい。この目でちゃんと、誰かから聞いた噂なんかじゃなくて。


「何やってんだよ?」

 突然声がかかって、あわてて振り向く。ペットボトルをぶら下げた愁哉が、目の前に立っていた。

 冷蔵庫……下のキッチンにいたのかも。上ってくる時、全然気がつかなかった。

「あの、いないのかと思って……」

「のぞくなって言ったろ?」

「のぞいたわけじゃない……」

「あんた、あのデッサン室でものぞいてたんだろ?」

 はっと顔を上げて愁哉を見る。愁哉は軽く葵に笑いかけると、すっと体を動かし、開きかけたドアノブに手をかけた。

「やっぱりあの時あそこにいたの、愁哉くんなんじゃ……」

「誰もそんなこと言ってない」

「でもそうなんでしょ? あの時、女の人の絵、描いてた」

 ゆっくりと振り返った愁哉が葵のことを見る。その視線があまりにも冷たくて、葵は思わず口を閉じた。


「何だよ、それ」

「え?」

「それ。お前の持ってるやつ」

 愁哉の手が伸びて、葵の手からひったくるように、絵の描かれた紙を奪った。

「あ、それ、愁哉くんの描いた絵。春子おばさんが、愁哉くんに渡してって」

「俺の描いた絵?」

 愁哉が紙を広げてその絵を見る。そしてすぐにバカにするように笑った。

「こんなの絵じゃない。ガキがただ、絵の具を塗りたくっただけだ」

 そう言って持っていた絵を葵の胸に押し付ける。

「破り捨てていいよ。そんなの」

 葵は黙って押し返された絵を広げた。そしてひとり言のようにぽつりとつぶやく。

「これ、夜の絵だよね?」

 愁哉が葵の顔を見る。

「ここに月を描いたらどうかな? この前私の部屋から見たような、丸い月を」

 じっと見つめた青い紙が、愁哉と見上げた月夜に変わる。

「月も星もない夜じゃ、なんだか寂しすぎるもの」

 顔を上げると、自分を見ている愁哉と目が合った。突然恥ずかしさがこみあげてきて、葵はあわてて顔をそむける。


「あんたさ……」

 愁哉の声にドキンとする。どうしよう。ヘンなこと言ったよね、私。

「今日ヒマ?」

「え?」

「ヒマだよな? 土曜も日曜もいっつも部屋にいるもんな?」

 それは……まだ友達もいないし、町もよくわからないし。

「俺が駅前、案内してやるよ。まだ行ったことないんだろ?」

「い、行ったことないけど……でも、そんな……」

「春子さんに頼まれてたんだ。今度一度、葵ちゃんに町を案内してあげてって」

 ああ、そうなんだ。そうだよね。そうでもなければ、私を誘う理由なんてない。

「すぐ支度しな。五分後に外で待ってるから」

「ええっ、ちょっと待って……」

 愁哉はふっと笑うと自分の部屋に入り、ドアをバタンと閉めた。

 からかわれてるのかな……やっぱり。

 そんな思いが頭をよぎる。なのにどこかそわそわして、葵はすぐに出かける支度を始めた。

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