5
――今日、お昼一緒に食べれるかな?
――ごめん。約束があるから行けない。
真奈からそっけないメールを返され、葵は小さく息を吐く。
真奈とはもうずっと話をしていない。
嫌われちゃったのかな。友達になれたと思ってたんだけど。
きっと真奈にはもっと楽しく話ができる友達ができて、私なんかと付き合う必要はなくなったんだ。
私みたいな、なんの面白味のない子とは。
学食に一人で行ってお昼を食べる。
五月の眩しい日差しが広い部屋の中に差し込んで、周りの人たちの顔つきまで明るく見える。
別に一人は嫌いじゃないし。友達を作るために、この学校に来たわけじゃないし。
それにほら、美大の人たちの中には、あえて一人で行動したいって人もたくさんいるはず。
そんなことを考えて、一人ランチしている人の数を数えながら、なんだか急に空しくなった。
何やってるんだろう、私……。
小さくため息を吐いた時、ふと気配を感じて顔を上げる。目の前の空いている席に、一人の女の人が腰かけるのが見えた。
「今日は一人なの?」
「え?」
「愁哉と一緒じゃないの?」
そう葵に話しかけてくるのは、あのデザイン学科の先輩、絵里花だ。
「私べつに愁哉くんとはなんにも……」
「でも仲良さそうだったじゃない? 入学式の日も一緒に来てたし、この前だって一緒に帰ってたでしょう?」
あの日のことだ。だけどあの日以来、愁哉とは話もしていない。
「あれ? 絵里花じゃん? 何やってんの?」
トレーに食事を乗せた女の人たちが集まってきた。
嫌な予感。早くこの場を立ち去りたい。
「ああ、ほら、この子だよ。例の愁哉のお気に入りの子」
「あー、この子が?」
「絵里花、いじめちゃダメだよぉ?」
「まさか。そんなことしてないって」
個性的な服装で、明るい笑い声を立てる彼女たちは、そこにいるだけで目立っている。
彼女たちが来たせいで、このテーブルの周りが、一気に花開いたみたいだ。
葵はどうしていいかわからずに、うつむいていた。
さっさとこの場を離れたいのに、知らない人たちに囲まれて、体が固まったように動けない。
「葵!」
そんな葵の耳に聞き覚えのある声がした。
「何やってんの? ほら、行くよ!」
ぐいっと腕をつかまれる。顔を上げると玲子が怒ったような顔で葵を見ていた。
「い、飯島さん……」
「ほら、立って。トレー持って」
「う、うん」
おろおろと立ち上がり、食事の終わったトレーを持つ。
周りの女の人たちが、くすくす笑っているのがわかる。
「言っときますけど、この子に二度と絡まないでくれます? 三國さんとは本当に何にもないんですから。へんな噂とか立てられるの、本当に迷惑なんです!」
絵里花たちの前で玲子が言った。ひるむことなく、堂々と。
カッコいいなぁ……私には無理だ、絶対に。
「行こう。葵」
「うん……」
さっさと歩き出す、玲子の後をついて行く。
一度だけ振り返ると、絵里花がにらむようにこちらを見ているのがわかった。
「あの……飯島さん?」
「玲子でいいよ」
「えっと、じゃあ玲子、ちゃん?」
後ろ向きの玲子がため息を吐き、葵に振り返る。
「あなたねぇ、そんなふうにおどおどしてるから、あんな人たちに絡まれるんだよ? 言いたいことは、はっきり言わなきゃダメ!」
「は、はい。ごめんなさい」
「私に謝らないでよ。もう、ホント、あんたみたいな子見てるとイライラする」
玲子の言っていることはよくわかる。だって自分でもこんな性格にイライラするもの。
「そんなんだから、愁哉にからかわれるんだよ」
そう言った玲子がぷいっと顔をそむける。
「そうか……そうだよね。私、からかわれてるんだよね」
私なんかの相手、あの人が本気でしてくれるわけない。
あれ、でも……なんでこんなに寂しい気持ちになるんだろう。
葵の前で、玲子がまた息を吐く。
「素直なんだね」
「え?」
「何でもない」
玲子が背中を向けて歩き出す。
「あ、待って」
葵はトレーを片付けると、慌てて玲子の後を追いかけた。
玲子は学食を出ると、振り返らずに歩き始めた。葵はその後を小走りでついて行く。
「あの、玲子ちゃん?」
玲子は前を見たまま、歩き続ける。
「玲子ちゃんは……愁哉くんの知り合いなの?」
しばらく黙って歩いていた玲子が、立ち止まってつぶやく。
「この前も言ったけど、あいつ最低な男だから。本当にあんた、関わらないほうがいいよ」
「……よくわからない。私、愁哉くんのこと、何も知らないから」
春子は愁哉のことを、優しくていい子だと言った。
だけど玲子は、最低な男だって言う。
どちらが本当の彼なんだろう。
黙り込んだ葵に向かって、玲子がつぶやく。
「じゃあそのうちわかるよ。きっと」
すっと背筋を伸ばして、歩き始めた玲子の後を、葵はまた追いかけるようについて行った。
その日はずっと玲子といた。
また嫌われてしまうかな、なんて思ったりもしたけど、どうやら玲子もまんざらでもなかったらしく、時々葵に話しかけてくれた。
玲子は余計なことは話さない。だけど言っていることは、筋が通っていて納得できる。
他の女の子たちと比べると、葵と同じように地味だけど、すごく落ち着いていて安心できる。
玲子と一緒にいると、葵は心地よく過ごせたのだ。
「何かあったら連絡して」
その日の終わり、玲子にそう言われて連絡先を交換した。
玲子は都内の実家から通っているそうだ。美大に入学したのは、美術教師をしていた姉の影響だと話してくれた。
大学の門で手を振って別れる。
顔を上げると夕暮れの空に、橙色の雲がどこまでも続いていて、明日も頑張ろうっていう気持ちになれた。