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 ――今日、お昼一緒に食べれるかな?

 ――ごめん。約束があるから行けない。

 真奈からそっけないメールを返され、葵は小さく息を吐く。

 真奈とはもうずっと話をしていない。

 嫌われちゃったのかな。友達になれたと思ってたんだけど。

 きっと真奈にはもっと楽しく話ができる友達ができて、私なんかと付き合う必要はなくなったんだ。

 私みたいな、なんの面白味のない子とは。


 学食に一人で行ってお昼を食べる。

 五月の眩しい日差しが広い部屋の中に差し込んで、周りの人たちの顔つきまで明るく見える。

 別に一人は嫌いじゃないし。友達を作るために、この学校に来たわけじゃないし。

 それにほら、美大の人たちの中には、あえて一人で行動したいって人もたくさんいるはず。

 そんなことを考えて、一人ランチしている人の数を数えながら、なんだか急に空しくなった。

 何やってるんだろう、私……。

 小さくため息を吐いた時、ふと気配を感じて顔を上げる。目の前の空いている席に、一人の女の人が腰かけるのが見えた。


「今日は一人なの?」

「え?」

「愁哉と一緒じゃないの?」

 そう葵に話しかけてくるのは、あのデザイン学科の先輩、絵里花だ。

「私べつに愁哉くんとはなんにも……」

「でも仲良さそうだったじゃない? 入学式の日も一緒に来てたし、この前だって一緒に帰ってたでしょう?」

 あの日のことだ。だけどあの日以来、愁哉とは話もしていない。

「あれ? 絵里花じゃん? 何やってんの?」

 トレーに食事を乗せた女の人たちが集まってきた。

 嫌な予感。早くこの場を立ち去りたい。

「ああ、ほら、この子だよ。例の愁哉のお気に入りの子」

「あー、この子が?」

「絵里花、いじめちゃダメだよぉ?」

「まさか。そんなことしてないって」

 個性的な服装で、明るい笑い声を立てる彼女たちは、そこにいるだけで目立っている。

 彼女たちが来たせいで、このテーブルの周りが、一気に花開いたみたいだ。

 葵はどうしていいかわからずに、うつむいていた。

 さっさとこの場を離れたいのに、知らない人たちに囲まれて、体が固まったように動けない。


「葵!」

 そんな葵の耳に聞き覚えのある声がした。

「何やってんの? ほら、行くよ!」

 ぐいっと腕をつかまれる。顔を上げると玲子が怒ったような顔で葵を見ていた。

「い、飯島さん……」

「ほら、立って。トレー持って」

「う、うん」

 おろおろと立ち上がり、食事の終わったトレーを持つ。

 周りの女の人たちが、くすくす笑っているのがわかる。

「言っときますけど、この子に二度と絡まないでくれます? 三國さんとは本当に何にもないんですから。へんな噂とか立てられるの、本当に迷惑なんです!」

 絵里花たちの前で玲子が言った。ひるむことなく、堂々と。

 カッコいいなぁ……私には無理だ、絶対に。

「行こう。葵」

「うん……」

  さっさと歩き出す、玲子の後をついて行く。

 一度だけ振り返ると、絵里花がにらむようにこちらを見ているのがわかった。


「あの……飯島さん?」

「玲子でいいよ」

「えっと、じゃあ玲子、ちゃん?」

 後ろ向きの玲子がため息を吐き、葵に振り返る。

「あなたねぇ、そんなふうにおどおどしてるから、あんな人たちに絡まれるんだよ? 言いたいことは、はっきり言わなきゃダメ!」

「は、はい。ごめんなさい」

「私に謝らないでよ。もう、ホント、あんたみたいな子見てるとイライラする」

 玲子の言っていることはよくわかる。だって自分でもこんな性格にイライラするもの。

「そんなんだから、愁哉にからかわれるんだよ」

 そう言った玲子がぷいっと顔をそむける。

「そうか……そうだよね。私、からかわれてるんだよね」

 私なんかの相手、あの人が本気でしてくれるわけない。

 あれ、でも……なんでこんなに寂しい気持ちになるんだろう。

 葵の前で、玲子がまた息を吐く。

「素直なんだね」

「え?」

「何でもない」

 玲子が背中を向けて歩き出す。

「あ、待って」

 葵はトレーを片付けると、慌てて玲子の後を追いかけた。


 玲子は学食を出ると、振り返らずに歩き始めた。葵はその後を小走りでついて行く。

「あの、玲子ちゃん?」

 玲子は前を見たまま、歩き続ける。

「玲子ちゃんは……愁哉くんの知り合いなの?」

 しばらく黙って歩いていた玲子が、立ち止まってつぶやく。

「この前も言ったけど、あいつ最低な男だから。本当にあんた、関わらないほうがいいよ」

「……よくわからない。私、愁哉くんのこと、何も知らないから」

 春子は愁哉のことを、優しくていい子だと言った。

 だけど玲子は、最低な男だって言う。

 どちらが本当の彼なんだろう。

 黙り込んだ葵に向かって、玲子がつぶやく。

「じゃあそのうちわかるよ。きっと」

 すっと背筋を伸ばして、歩き始めた玲子の後を、葵はまた追いかけるようについて行った。


 その日はずっと玲子といた。

 また嫌われてしまうかな、なんて思ったりもしたけど、どうやら玲子もまんざらでもなかったらしく、時々葵に話しかけてくれた。

 玲子は余計なことは話さない。だけど言っていることは、筋が通っていて納得できる。

 他の女の子たちと比べると、葵と同じように地味だけど、すごく落ち着いていて安心できる。

 玲子と一緒にいると、葵は心地よく過ごせたのだ。


「何かあったら連絡して」

 その日の終わり、玲子にそう言われて連絡先を交換した。

 玲子は都内の実家から通っているそうだ。美大に入学したのは、美術教師をしていた姉の影響だと話してくれた。

 大学の門で手を振って別れる。

 顔を上げると夕暮れの空に、橙色の雲がどこまでも続いていて、明日も頑張ろうっていう気持ちになれた。

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