第五章
日本中、いや、世界中の人間を恐怖に陥れたあのニュースから二週間が経った。
人間は慌てふためき、すぐにでも「人」を処分しようとした。
しかしどの機関も思うように動かず、ただただ混乱に陥っていた。
「人」をどうこうできる唯一の人間はもう「人」になってしまっている。
「人」を止める方法はないものかと科学者たちは研究室に集い、コンピュータと自分の脳を起動させた。
臨時で決まった総理大臣と国会議員は埃の積もった机の上に言葉を積み上げた。
再び人間が生き始めた。
「人」が人間であるか否かなどという倫理的な問題は一切議論されなかった。
誰も、「人」を人間だとは言わなかった。
全てが収束したのは一か月後だった。
人間はたった一人を除いてすべての「人」をゴミにした。
除かれた一人は僕の隣に座って一緒にテレビを見ている。
少し太っているニュースキャスターが話し始める。
「最初のニュースです。本日、日本中の『3R』がひゃいき、失礼しました、廃棄されました。『3R』とは……」
「いいのか? 完璧にロボット扱いだよ、あれじゃ」
「……」
「『人』だって思っていたのは開発者だけだったんだな」
「……」
「話せるんだろう? あぁ、記憶はないのか。脳から切り取られちゃったんだよな」
「……」
「もう、行こう」
僕達は連れだって外に出た。
雨と、風が強い中で、僕たちはシャベルを持ってひたすらに穴を掘る。
ちょうど、人間が一人おさまる大きさの穴。
ひらひらと手を振って潔く穴の中に入っていく背中に見覚えがある。
「俺の負けだ」
その声は聞きなれたものとは全く違うのに、懐かしい気がした。
理不尽にも最後にジョーカーを持ってしまったのだ。
土をかけるのは、僕の役目だ。
きっと、記憶はあったのだろう。
どこまでかはわからない。
もしかしたら、体に記憶されていたのかもしれない。
僕が弟だってこと、覚えていただろうか。
いつだって、誰よりも前に走ろうとしていた兄ちゃんが僕に負けたことなんてほとんどなかった。
けれど負ければ潔くそれを認めるのもまた、兄ちゃんだった。
たった一人、倫理的問題となった「人」。
「敗因は『人』を人間に似せてしまったことかな、『人』が人間じゃなかったことかな」
埋めたばかりの墓の前に座り込む。
「人間はもっと、不完全で、もっと不必要で、すぐに堕落するし、すぐに手の平返すし……」
兄ちゃんはもう天才科学者じゃなかった。
不完全な神と呼ぶニュースキャスターが憎かった。
頬を伝う雨は、熱い。
「でも、人間は誰かにとって代えがたい存在なんだよ」
家族も、恋人も、ちょっと間の抜けたニュースキャスターも。
「兄弟も」
新たなスリーアールを墓に書きつける。
3R~reuse,recycle,revive~
ただ一人生き返ることのない人間の墓に。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございます!
よろしければ感想などいただけると嬉しいです。