第三章
「人」が社会に普及し始めて一か月ほど経つ。
僕はニュースキャスターが話すのを聞いている。
人間の就職率は一気に下降した。
失業率はうなぎのぼりだ。
多くの人が嬉々として辞表を手にした。
しかし、それは大したことじゃなかった。
国は様々な機関、サービスを無料化した。
外食も旅行も洋服も家賃も交通機関も全て無料になった。
「人」が働いてくれるから、人間は何もしなくて良いのだ。
男は考えて、「人」を作ったのだ。
日本が抱えていた問題を、「人」は一掃するかのように解決した。
ニュースキャスターはまだテレビの向こうで話している。
前は笑顔の可愛い女の子だったのに、今は「人」だ。
よく噛んでしまう子だったけど、それもまたかわいらしかったのに。
完璧に読み上げた「人」が手を振っている。
右下にENDの文字が浮かび上がった。
人間は欠陥だらけの生き物だ。
楽な方に楽な方に、気が付けば沈み込んでいる。
これからも人間は堕落し続けるだろう。
だんだんと人間は生きながら、死んでゆくのだ。
辛うじて人間の堕落を止めていたものは、もうない。
野菜を収穫しようと畑に出る。
抜き取ったラディッシュの下からミミズが出てきた。
こんなに小さな虫も、必死で生きているのに。
多くの人間が土で手を汚さなくなってもうどれくらいなんだろう。
近いうちに人間が触れるものはどんどん減ってゆくだろう。
土がそこにあることさえ、気付かなくなるだろう。
それがとても恐ろしい。
でも、僕には関係のないことだ。
僕は自分で生きているのだから。
鼻の先に冷たいものを感じた。
「雨か」
ラディッシュを抱えて、土のついた手で扉を開けた。