第二章
日本中を、いや世界中を揺るがしたあのニュースから二週間が経った。
連日テレビに映っている男が、僕の目の前にいる。
もちろん、ここがインタビュー会場だというわけでもなければ、僕が会いに行ったのでもない。
この男が僕の家を訪ねてきたのだ。
僕は片手に持つトランプからペアになったものを抜き取ってゆく。
二人でババ抜きなんてつまらないのだろうが、会話の潤滑油にはなる。
相手の考えていることをよむ格好の理由になるからだ。
「久しぶりだな」
「あぁ」
「しっかし、相変わらずだな、こんな時代遅れの家に住んでいるなんて」
「そっちが進み過ぎなだけだよ、お互い様」
「都会にも来てみればいいのに」
「そもそも行く気はないし、今行ったら天才科学者と見間違えられてしまう」
「俺は天才科学者じゃないし、お前と俺は見分けがつかないほど似ている訳でもないだろう」
「顔は似てるけど、中身は違うって友人にも親戚にも言われて育ったじゃないか」
「それは、中身が違いすぎたから顔は似ているように思えたんだろうよ」
「中身が違いすぎるってのは否定できないな。考え方が全く違う」
「でも今回のはお前の意にも沿っているだろう。環境にもいい」
「あのなぁ、そういうことじゃないんだよ」
「じゃあ、どういうことだ」
「僕は本物の自然を愛しているんだ。そもそも何がしたいんだ? 神にでもなりたかったのか?」
愉快そうに男は笑う。
「神? 神になんかなれやしないよ。俺には零から命を生み出すなんて不可能だ。周りは皆言うけどね、神の誕生だって。ははっ、ほんと、笑えるよ」
「じゃあ、なんでつくったんだ?」
「最初に言った通りさ。テレビでみていただろう?」
「あぁ、だが……」
僕がハートの2を引くと、最後の二枚を机に捨てた。
「俺の負けだ。また来るよ」
男はジョーカーを投げ出して言った。
「わかった」
「何か言いかけてなかったか?」
「ん……ほどほどにしておけよ」
「大丈夫だ、心配しなくていい。『人』と人間は対立し得ない」
「なぜ言い切れる?」
「『人』は何も食べずに生きてゆけるし、疲れを感じることもない」
「それじゃあ、ただのロボットじゃないか、『人』とは呼べない」
「いいや、『人』だよ。だって、感情があるんだから」
自信に満ちた顔で男は言うとひらひらと手を振った。
僕は黙って手を振って見送った。
男の背中が見えなくなった。
「リサイクルして、ゴミをつくってどうするんだ」
僕の言葉は決して届きはしなかっただろう。
たとえ面と向かって言ったって男の耳には入らないんだ。
昔から、一緒に育ってきたあの男とは気が合わなかった。
それでもあの男が僕と連絡を取るのは、切っても切れない縁のせいだけじゃなく、興味があるからだろう。
僕がテレビで男の姿を確認しているのと同じように。
風が吹いて、空気が湿っているのを感じた。