そのさん。
スポーツや舞台で注目される早瀬と渡辺と黒部は、話題性の為に必要な要員。お洒落な公森は、何であの子にそんな噂が、と言われるための要員。そして、地味な園村は噂の信憑性を増すための要員。
そう『やな女、男がいる!?』という噂の渦中にいる5人を生徒会は検討を付けた。5人は見当がつかない。
5人は噂を忌々しげに思いつつも打つ手はなかった。5人に妙な連帯感が生まれつつある。
バレー部の早瀬とバスケ部の渡辺は元々知り合いだったが、他の人間は知り合いではなかった。奇妙な噂が縁で、同情と憐憫を互いに抱くようになってもおかしくないだろう。
5人が生徒会室に呼び出された約一か月後の12月。終業式後。再び呼び出された。
今度は、会議室だった。
呼び出しは理事長。「私達にも権利があります!」と生徒会の面々も会議室に乗り込んでいた。
理事長に学院長。学院長も理事の一人だ。そして生徒会の4人に、噂の被害者5人。けい、11人が会議室に居る。
理事長は60半ばの初老の男性で口髭がある。学院長は50がらみの渋い男。髭は無い。
「……さて。いま、我が柳閏女学院高等部に蔓延るある噂についてなのだが」
11人は椅子に座り、コの字型になっている。正面に理事長と学院長、向かいに被害者5人、立会いの生徒会は側面だ。
学院長は机に肘を付き、手を組んで顎を乗せて言葉を紡いだ。
生徒たちに緊張が走る。
生徒たちは噂の被害者だ。だが、時折大人たちは理不尽に人を裁く。噂を立てられることが悪だというのだ。まさに、火に無い所に煙は立たぬ。その理屈でだ。馬鹿じゃなかろうか。
そして理事長が言ったのだ。
「ごめんねー。でも、おかげで解決したから、ね! 許して?ね、ね!」
60半ばの口髭がある爺さんが、両手を合わせてくねくねとしなを作る。
クネクネ。クネクネクネクネ。クネクネ。
一見ロマンスグレーの理事長が、随分と軽い謝罪をする。
生徒たちは何が起こったのか良く分からない。「え?」「え??」と理事長の隣に座る学院長に目をやると、彼は渋面のまま動かない。
「意味を確認させてください!」
一番最初に我に返ったのは、流石というか、生徒会長だった。
思わず手を挙げての発言だったが、理事長は「どうぞー」とこれまた軽い返事だった。
「まず、我が女学院に男がいる、という噂は、発信元は、理事長からだったんですか!?」
「そうだよ。だから謝ってるんじゃない!」
少しは悪びれろっ!!
生徒9人の心の声だ。思わず揃ってしまう。生徒会長はめげずに質問を続けた。
「どうしてですか!?女学院に男が入学しているなんて、訳の分からない事を言い始めたのですか!?我々にはそれを知る権利があります!」
…生徒会に知る権利はあるのだろうか?噂の被害者5人は何となくそう思ったのだが、口には出さない。生徒会長に任せておけば、この場は上手く収めてくれそうな気もする。5人だけだと、理事長と学院長に丸め込まれて終わり、になりそうだったのだ。
「言っても良いかな……。どうかな……。ま、いっか」
やっぱり軽い物言いで理事長は語った。要約するとこうだ。
理事長の友人の孫がとある事件の重要な証人として裁判所に出廷することになっていた。だが、被告の仲間がまだ全員捕まっていない。命を狙われる危険があるのに、裁判までまだ日がある。そこで、柳閏女学院で匿う事にした。
養護教諭の補佐として。
問題はある。祖父の友人がこの女学院の理事長であることは既に奴らに知られている。
どうするか。
そうだ、噂を立てよう。女学院に男の生徒がいるという噂を立てれば、目は教諭ではなく学生に向く。噂になった生徒は調べればすぐに女性だと分かる、危険は無い筈だ。
幸いに、彼は華奢な体格だった。まだ20歳だった。女生徒に紛れても多少の違和感で済むかもしれない。だから、あえて噂を流した。奴らは教員ではなく、女学院全生徒の性別を確認しただろう。
その内、奴らの気配が女学院周辺から消えて行った。調べ終えたのだ。
そしてつい先日。裁判が始まる前に、被告の仲間が全員捕まったのだ。ようやく彼は命を取られるかもしれないという不安な日々から脱したのだ。
「君たちの噂を流したおかげで、尊い命が一つ救われたんだよ!」
得意満面の理事長だが、そのため奇妙な連帯感を持った5人の怒りが爆発した。
「ふざけんなーっ!!」
だが、理事長はキョトンとした様子だ。どうして彼女たちが怒っているのか分かっていない。
「なんで、なんで?君たちは、人命救助をしたんだ。誇ってもいいんだよ?どうして怒るの?彼が死んだほうが良かった?」
「理事長。貴方がなさったことは、いじめです」
理事長は生徒会長の一言にショックを受けた。己の所業の片面しか見ていなかった。確かに友人の孫の命を救ったのは理事長の機転かもしれない。だが、理事長を務める女学院の生徒5人を犠牲にしたのだ。
己の策に溺れた理事長。
「私は反対しました」
学院長の言葉がむなしく響いた。
生徒会が主導権を握って、理事長との取り決めを進めていく。そのなかで余裕が生まれたのか、会長が己の推理を確かめるべく理事長と会話をしている。
「そうだよ。5人を選んだのは、君の言う通り、条件が同じだったから。身長もあったしね。体育を取ってるから誰もそんなにすぐに信じるとは思わなかったよ」
ははは、と笑って言葉を続ける。
「噂は立ち消えになるだろうな、って最初は思ってたよ。思わず上手くいってびっくりしたのも本当の事」
どうやら理事長も思っていなかったぐらいの広まり方だったらしい。
ちょっと「うそー」と笑われながら何となく外部に漏れ出る、程度を想像していたらしい。
「早瀬さんと渡辺さんと黒部さんは、目立つ部類の人だったからね。選んだんだ。それと対照的な園村さん。で、おしゃれに気を使っている公森さんが『まさか男!?』て思わせてくれる要員になるかなって思ったの。女装男子って、妙におしゃれでしょ?」
子供の頃男の子に間違われたことがコンプレックスになった為におしゃれに目覚めたというのに、それを逆手に取られたとは…!生徒会といい、理事長といい、酷い奴らだ!!
公森は痛恨の一撃を受けた。眼は死んだ魚のようになっている。
理事長の言葉に返事のしようが無くなった生徒たち。学院長が申し訳なさそうにしている。
「それに、先生たちにも協力してもらって、随分上手くいったよ!」
理事長、シメテモイイデスカ?
背後に気を付けて歩くように、と学院長は理事長の背中に手を合わせた。
その後、5人の奇妙な友人関係はそのまま続いていく。生徒会の4人も巻き込んで。
性別の事を何か言われたら、理事長、という印籠を出す。
「理事長に戸籍謄本を提出した!文句があるなら理事長に言いなさい!」
そして、月日は過ぎていく。
だが、一度生まれた噂はなかなか消えない。そして真実が明らかになっても、噂が面白ければ面白いほど真実は闇に葬られ、噂だけが独り歩きをする。
ネス湖のネッシーがそうであるように。
イギリスのミステリーサークルがそうであるように。
そしてやな女では……男が女生徒として在籍していた、とまことしやかに語り継がれていくことになる。
……責任者、出てこいや!!
おわり。
お暇なら「あとがき。」という名の言い訳を覗いてください。