8.
「‥‥タルデはタルデ、なんだよね‥‥分かってる。そう思う。
それなのに、わたしは時々怖くなる」
怖いのは私も同じだよと、タルデはなぜか言えなかった。
「‥‥タルデはタルデなのに。今までと同じ、お姉ちゃんなのに。
どうして、わたしは怖いよ。いつか、死んでしまったとき、みたいに、いきなり、タルデがタルデ以外のものになったらどうしたらいいんだろうって、思ってる」
「‥‥それは、私も怖い」
焚き火をがすがすとつつきながら、呟くようにタルデは答えた。
「運がいいのか悪いのか、私は死んでも私以外のものにはならなかった。
でも、これから先もそうだという保証はないんだ。いつか、やっぱりちゃんと死ぬのかもしれない。突然消えるのかもしれない。いきなり、意識を何かにのっとられるのかもしれない。何も分からない。
そうなったら、私はどうしたらいいんだろう」
もし、自分の体が自分の意志で動かなくなったとして、もし、身近にいるマーニャを襲ってしまうようなことになったとして、そんなことになったらタルデは自分を許すことなんてできない。
いつしか、マーニャは泣いていた。あまり泣いたことのない娘だった。そのマーニャが自分のために泣いている。悲しかったけれど、少しだけ嬉しかった。そして、重かった。死んでしまった身体で、この思いを受け止めなければならない。
そして、泣きたくても涙が出ない自分を発見してしまった。
自分だって昔から、そんなに泣いていた覚えはない。売られたときには仕方ないと思ったような気がするし、孤児であることもそんなに辛いとは思わなかった。石の街で過ごした10年間、人々は多大な同情を寄せていて、タルデは冷めていただけで、辛いことも何もなかった。エスタ夫妻が死んだときには悲しかったけれど、タルデは涙をこらえきった。
けれど、今は涙が出ない。こらえる以前に涙が出ない。
「‥‥もし、私が、私ではないものになるとして――」
焚き火を見たままタルデは呟いた。自分はひどいことを言おうとしている。それが分かっていて、罪悪感に押しつぶされそうで、けれど言葉はとまらなかった。
「‥‥前触れがあったら、私はマーニャの傍から離れることにする。そうしたら、私はあのときに死んだと思って。
前触れがなくて、いきなり私でないものになってしまったら‥‥そのときは‥‥」
「嫌だよ」
「‥‥そのときは、私の身体を焼いて」
「嫌!」
強い力で服を引っ張られた。タルデはそれで振り返って、涙でいっぱいの目を見開いたマーニャを見た。唇を歪める。泣きたかったけれど、やっぱり涙は出なかった。