4.
タルデの意識は暗闇から浮上した。
おかしい、と思った。
タルデは倒れている。その上にマーニャが覆いかぶさって泣いている。そういえば、マーニャの涙を見たのははじめてだ。マーニャはよく笑うが、泣かない。エスタ夫妻にはなついていたように思っていたが、2人の葬儀でも、マーニャは泣いていなかった。
「‥‥マーニャ?」
声が出ることに驚いた。驚いてから、驚いた理由を捜して、見つけて、また驚いた。
マーニャも驚いていた。恐れていると言っていい程。
「‥‥タルデ?!生きて――るわけ、ないのに‥‥」
マーニャの顔は青ざめていた。彼女のほうが死体でもおかしくないくらいだ。それも無理はないか、とタルデは思った。
タルデの胸には剣が突き立っている。
「‥‥生きてるわけない、よね。私も死んだと思った。
おかしい、なんだコレ。私はどうして、――」
タルデにしては珍しく、心底不思議そうに呟いた。胸から剣をはやしたまま呟くタルデを、心配していいのか喜んでいいのか気味悪がっていいのか、分からないようにマーニャは見つめていた。
「‥‥。抜けるかな」
やがてぽつりとタルデは言うと、胸からはえた剣を一気に引き抜いた。
「ちょ、ちょっと‥‥?!」
「‥‥大丈夫みたい」
その傷口からは、一滴の血も出なかった。
タルデはその事実を、割に冷静に受け止めている自分に驚いた。驚いたが、あぁ、自分は分かっていたのだと気付いた。マーニャを見つめた。
「‥‥マーニャ、ごめん」
口から出たのは謝罪の言葉だった。
「何で、謝るの‥‥?」
「私は死んだみたいだ。
死んでしまった。お前をおいて死んでしまったみたいだ。だって、今、私の心臓動いてない」
ほら、とタルデはマーニャの手をとって自分の胸に当てた。剣が刺さっていたところはさけたけれど、マーニャは何重もの衝撃を受けたようだった。しばらくそうしていて、やがてタルデがその手を離すと、彼女はじっとタルデを見つめた。
「‥‥鼓動が」
「うん。ないみたいだ。‥‥だから血も流れなかった」