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死者の午後  作者:
死者の午後
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2.

 その村は貧しかったのだろうとタルデは思う。


 幼い頃の記憶は断片的で、いまひとつ確かな感じはしないのだけれど、記憶に残るその村の風景は、どこか暗く重く寒々しかった。生まれたその村よりも、10年を過ごしたエスタの孤児院のほうが暖かかったように思う。どこかよそよそしくはあったが。


 タルデもマーニャも、その村で生まれた。いや、もしかしたら山ひとつくらい隔てていたかもしれないが、マーニャはそう信じている。少なくとも似たような村であるのは確かなようだ。山間部の、貧しい、寒さの厳しい村。生き残るために子供を1人売るくらい、珍しくないような貧しい村。


 両親の顔は覚えていない。会っても分からないのは自分のほうだ。思い出すのは、人買いの馬車の中。自分と同じような、あきらめた目をした子供が、何人もひざを抱えていた。夕陽の中で、それを見ていた。


 タルデの記憶はできの悪いアルバムのようだ。恐らく印象深い場所が静止画で思い出される。音声が付随していることもあるが、まれで、大体は後づけみたいな説明文が同時に思い浮かぶ。だから記憶ははっきりしない。


 人買いの馬車で夕陽を浴びていた。それは覚えている。そしてその次に覚えているのは、大破した馬車のそばで、マーニャと2人、立っていたことだ。それは夜だった。2人で、何の感慨も恐怖もなく、ただ大破した馬車を見ていた。


 それは、石の街ピエドラに程近い場所で起こった事故だった。


 何が原因だったのかは知らないが、とりあえずその事故で人買いは死んだらしかった。人買いがピエドラにも市場を持っていたのか否かは定かではないが、少なくともタルデとマーニャは、身寄りの1人もいないその街に取り残された。ほかの子供がどうなったのかは知らないが、すでに閉院していたエスタの孤児院に2人を押し込んだくらいだから、意外とあの街のほかの孤児院とかにいたのかもしれない。


 とにかく、あの事故で、タルデとマーニャは売られずに、何か悲劇の主役にされながら石の街で10年ほどを過ごした。


 その日々は、穏やかなものだった。あぁ、他人とは、優しくもなれるものなのかと、幼いタルデは感動を覚えたが、根強い人間不信は消えなかった。年老いたエスタ夫妻に対して特に不満はなかったが、ことあるごとにタルデとマーニャを姉妹扱いするのには閉口した。けれど、ただひたすら迷惑をかけないようにと甘えないタルデは確かに姉のようだったし、少なくとも表面上は人懐こいマーニャは妹じみていたから、まぁいいか、とタルデもその役割を受け入れた。そしてそれは、今も続いている。


 10年程が過ぎて、年老いていたエスタ夫妻はさらに年老いて、まずエスタ氏が亡くなり、追いかけるようにエスタ婦人が亡くなった。居場所をなくした2人は、半ば自主的に半ば追い出されるように旅に出た。


 売られた故郷を捜す旅。


 正直故郷なんてどこでもいいし、戻ってもいいことなんてないだろうとは思っているが、それでも飽きるまでは旅すればいいだろうとタルデは思っている。自分はただひたすらに、妹マーニャを守れればいい。タルデが望むのはそれだけだった。

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