2.
何もない山だった。
何の変哲もない。活火山でないから温泉の一つも湧かず、どころか普通の湧水もない。だから川もない。ただ、雨は程よく降る土地柄だから植物は豊かだ。かといって珍しいあるいは人間にとって利益のある植物が生えるわけでもなく、植生はいたって普通。それ相応に木の実など食す動物も住み着き、それ相応に肉食の動物もいるが、武装した人間にとっては恐れるほどでもない。一か所崖があるが特色などそれくらいで、その崖にしても、落ちて打ち所が悪ければ死ぬかもしれないが余程運が悪くなければそんなこともない。特に危険でも安全でもない、ただの山だった。
故郷らしき廃村を後に、あてどなく歩き始めたタルデが、この地で足を止めたのは、特に理由があったわけではない。まして山を登り始めたことにも理由はなかった。ただ何となく足が向いて、その方向に山があったのなら登らなければならなかったというだけだ。
だからその出会いは偶然でしかないのだけれど、けれどある意味、呼ばれたのかもしれない。そう粛々と思う程度には、タルデにも信心めいたものは残っていた。
「――おぅ。いいもん持ってんじゃねぇか」
山の中腹にあった祠から、山の頂上へ向かったタルデを出迎えたのは、そんな野太い声だった。
「‥‥そう思うのならご自分で受け取りに行かれたらどうなんですか」
平淡な声でそう返し、
「――カミサマ」
少しばかりの皮肉を込めて付け加えた。
山の頂上、よりもわずかに下ったところに、粗末な小屋が建っていた。
それはもともと、信心深い麓の人間が苦労して立てた神の社で、けれども普通の人間がここまで登るのは大変だからと中腹に祠が建てられたのだが、そこを我が物顔に使っているのは彼らが崇めた神などではなかった。
ひと言でいえば粗野なおっさんだった。
「まぁそう言うなよ。どうせお前さんは呑まないんだろ、なぁ」
天使サンよ、とおっさんは言った。無遠慮に伸ばされた手に、渋るでもなくタルデは徳利を乗せた。
「大体、酔いもしない癖に美味いものですか」
「まぁそう言うなよ」
言いつつすでに飲んでいる。捧げものであるから蓋などもなく、本来は盃もついていたがタルデがそれを置いてきたために直に口をつけて。不潔を嫌う割に不精な神もいたものである。神ではないが。
美味そうに飲む様子を、不思議なものを見るようにタルデは見ていた。




