第5話 魔法の効果は毒色風味!?
魔法と言えば?
例えば火。手から火の玉が相手に向かって飛んでいく。ファイヤーボール!…みたいな。
例えば風。かまいたちが出て、大木なんかもあっさりすっぱりさっぱり切れてしまったり。
例えば回復。何の属性か特定できないが風か水か…。光属性が一番それっぽい気がする。手から癒しの光的な靄が出てきて怪我を治せる。すごい。
例えば土。地面から自分を守る盾を出現させたり、ゴーレム召喚してみたり。
私だったらこんなことを連想する。いや、私だけではない。恐らく殆どの人が、魔法といえばこのようなことを連想するのではないのだろうか。
「……」
「……」
――しゅうぅぅううう
目の前には鶏の形をした魔物が居る。
更に細かく言えば、体長が大人のからだ程ある巨体を草原に横たわらせている。
そして更に正確に状況を説明すれば、この鶏もどきはつい先ほどまで元気にこの広大な草原を駆け回っていた。天国に旅立たれてまだ間もない。
――しゅうぅぅううううう
私の視線は魔物の死骸に釘付けだ。そしてリュノの視線も死骸に釘付けだ。
「やった! もしかして私皆の注目浴びてる!? 超嬉しいぃ」なんて既に天国に旅立たれている鶏もどきが嬉々として喋るはずも無く。その場は私にとって精神的に辛い沈黙に支配されていた。
何故このような状態に陥ったのか。それは今から約30分前の私と彼の会話から始まる。
♪
「ねぇ、リュノ、そういえば私って魔法が使えたりするのかな」
唐突な質問に対して眉根をぎゅっと寄せるリュノ。少し可愛い雰囲気がしたのは内緒だ。
「…あぁ、そういうことか」
一人で納得したように頷いているが、何がそういうこと、なのだろうか。
今度は私が、ぐぬぬ、と眉を寄せる。
「…私と契約したことによって、必然的にアキも闇属性が使えるようになる。…はず、だが…」
歯切れ悪い。何が言いたいのか。
すぐ真上にあるその物言いたげな表情。なんとも言えない表情で見つめてくる彼の姿は、普段とちぐはぐなで見ていて面白い。
「…異世界人が魔法を使えるかどうかは、分からない」
(あぁ、そういうことかあー)
彼と同じような微妙な表情になることしかできない。
先ほどみたいに魔物と遭遇した場合、対抗できる手段として魔法が一番有力であると考えている。
異世界トリップすると、体力が上がっていたり何かしら能力がついていたり、というのを小説で読んだことがある。最近ではその手の流れは異世界トリップ小説でデフォルトと化している。だから自然と異世界に行ったらなんか強くなれる!と思い込んでいたが、実際はそんな甘くなさそうだ。
私の体力が増えたり、何か便利な能力がついている気配はない。
移動中こっそり、それらしい呪文とか、力こぶを作ってみたりと試してみたが、すんともいわなかった。(がっかりしたのは言うまでもない。) 今後、何かの衝撃で眠れる力が開花!という展開に期待するしかないらしい。
現実問題そう簡単にいかないものだと痛感したわけだが、せめて魔法だけでも使いたい。
これでもし異世界人だから魔法は使えません、なんてことになったら私は一体何を拠り所にすればよいのか。
「…アキならきっと使える。」
考えていることがまた伝わってしまったらしい。
「ありがとう。リュノがそう言ってくれると何でも出来る気がしてきた!」
彼は目を大きく見開く。すると急に真っ白だけど男らしさがある大きな手がこちらに近づいてきて、気づいたときには抱き締められていた。
「え? ちょ、リュ、リュノ?」
黒が視界を支配する。彼の美しい髪が頬を優しく撫でる。
「えっと…リュノワール?」
「…大丈夫だ。アキは魔法を使える」
そう耳元で呟かれる。妙に耳元が熱くなっているように感じるのは決して気のせいではないのだろう。吐息が耳元にかかったとき、何かが背筋をは這い回る感覚は初めてだった。
春ちゃんにこういうことをされてもこんな感覚は味わったことはなかった。それなのにどうして?
(…。このことは忘れることにしよう。それより魔法だ!)
「どうすれば魔法を使えるの?」
「闇に対するイメージを膨らませて、それを体の外に出す…ような」
「ような…?」
「そんなかんじだ。息をするのと同じだ」
「そ、そんなかんじ…?」
ダメだ。言っていることが全然理解できない。
抽象的すぎてどうやればいいか説明になってないことに恐らく、というか絶対気づいていない。定番のRPGでは手の平から火の玉を出しているイメージで定着していたりするが、形を持たない闇に対してもそんなイメージで通じるのだろうか。
「こんなかんじで、こうだ。…そしたらここら辺がこんなかんじになるからそれをこう外に出せばいい」
指示語のオンパレード。正に今の状況を表すわけだが。
うん、わからないどうしよう。
「…あの魔物に向かってやってみたらどうだ? あれはこちらが攻撃しない限り攻撃してこないから安全だ」
彼の指差す先には鶏をでかくしたような何かがのっしのっしと我が物顔で草原の上を歩いている。あれも魔物の一種…鶏が異常に大きくなった姿にしか見えない。あの狼の魔物に比べると断然こちらのほうが可愛いから良しとする。
たとえ、大人の背の大きさの鶏だったとしても。
「…う、うん」
(とは言うものの、鶏に一体何をすれば…? そもそも闇の魔法ってどういうもの? )
リュノワールがやっていたような影を操作するなんて私が出来るとは思えない。しかし闇属性の魔法といったら先ほど彼が使っていた魔法しか思い浮かばなくなっていた。先入観というものはなかなか抜けないらしい。
闇と言えば黒っぽいイメージがある。マイナスイメージとしては禍々しい、陰鬱、暗い等。プラスイメージとしては神秘的、静穏、力等。
(…わからない。もうやってみる!実践あるのみ!)
彼の言葉になるべく沿うよう、体の中に感じる温かいものを体の外に出すようなイメージでやってみる。それは思ったより簡単にできる。
その瞬間、その温かいものがごっそりと削られていく感覚とともに、鶏もどきの体の周りにゆるく半透明の鎖が巻きつけられる。そしてそれはフワッと溶け込むように鶏もどきの体の中に入っていった。
それ以降何も起こらない。
(…え? これだけ?)
一瞬はねても何も起こらない技が頭の中を過り、たらっと汗が出てくる。
遠い目をしながなら、リュノの方を振り返ろうとしたときだった。
鶏もどきの体は大きく痙攣する。
それ以降ピクリとも動かなくなってしまい、草原の上に横たわった。恰も石化してしまったかのように。
「え…?」
「…ほう。鎖呪縛【チェインバインド】か。…ん? それに薔薇毒【ローズポイズン】も付加されているようだ。いきなり素人が二つの魔術を同時に展開するとは…」
感嘆の声が背後から聞こえてくる。
私には魔法が失敗したようにしか見えなかったのだが、どうやらその反応を見るに成功していたようだ。ここは喜ぶところのはずなのだが、どうにも実感が湧かずに素直に喜べない。
「えっと…あれで魔法がかかっているの?」
「あぁ。…しかしここまでだとは。…これも異世界人故、か?」
「え?」
――ズドーンッ
先ほどまで石像の如く固まっていた鶏もどきが嘴から泡を吹き出して倒れた。巨体が倒れたので辺りから土煙が舞っている。嘴から泡を出している姿を見ると、今まで可愛いと思っていた気持ちがウソのようにすっとなくなっていくのが自分でも分かった。
あれはグロい。グロすぎる。
「毒が回ったのだろう。…なんていうべきか…。どんな想像をしたらこんな魔術になったんだ?」
なぜこうなったのだろう。なんでこんなことになったのだろう。
そして冒頭に戻る。
心なしか彼の声が震えているような気がする。それに見間違いでなければ顔も青くなっているような…。珍しいこともあるものだ。彼がここまで表情を面に出すなんて。その原因は一体…。
彼が言うに、私が展開した魔法は鎖呪縛というもので、相手の動きを一切封じる魔法のようだ。それに加えて知らず知らずのうちに薔薇毒という神経に作用する毒を付与する魔法を施行した。毒の量が鶏もどきの致死量を軽く上回って殺してしまった。付与した魔法は本来こういう使い方をするための魔法ではなく、相手を痺れさせるための魔法らしい。しかしどういうわけか効果が変化して相手に作用した。
こんな毒々しい想像をした覚えはないのだけど。そもそもこの魔法は…
「闇、なのかな…」
「完全に闇属性だ。…こんな強かな魔術、闇以外に何が?」
真顔で聞き返された。
それに対して何も言えず、鶏もどきに改めて視線を向ける。
「…本来、お前が使った魔術はどちらとも援護系の闇魔術のはず、なんだが」
「…うん…」
褒められているのか、貶されているのか。どちらか分からないその曖昧な彼の台詞に項垂れるしかなかった。何だろう。このなんとも言えない微妙な気持ち。感無量というかなんというか…。
これから使う魔法がこんなものばかりだったら。想像してみたらマシな人生が送れない気がしてきた。
むやみに魔法を使わないことを心に決めた。
第5話 終わり
その後。
――ぐぅぅううう…
「ねぇリュノワール、これって食べられる?」
「悪いことは言わんからやめておけ。というか頼むからやめてくれ」
――しゅうぅぅぅううううう
「…そっか。…お腹すいたなぁ」
これを見てまだ食欲がある彼女の神経の太さに感心するように背後で頷いているリュノワールだった。