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第4話 紫色の狼来襲

春ちゃんは必ずこの世界の何処かにいる。

確信はないが、予感がする。もしこの世界からもとの世界に帰れる方法がわかっても、春ちゃんを置いていくわけには行かない。



まずは春ちゃんを探す為に、森から一番近い町に向かうことにした。

この森に他の人間の気配はないとリュノワールが断言したからだ。

何はともあれ、春ちゃん探しが難航する気配もしているため、長期戦を覚悟するにも、服やら食料やら最低限必要なものを確保するためにも、少なくとも人が住んでいるところに行かなければ始まらない。



(…と移動しようと言い出してみたものの…)



「あの、リュノさん?」

「…なんだ?」

「重いと思うから下ろして…。大変でしょ、私を抱っこしたまま走るのは」



森の中を移動し始めて約二時間。

自分でもどんな状況か理解しかねているが、リュノに抱きかかえられ移動している。長時間一人を抱きかかえたまま走るのは、とっても辛いはず。


それに、未だ一筋の光も差し込んでこない上に、景色もずっと緑一色。この方向で合っているのかとそろそろ不安になってきたため、不安を和らげるために話しかけた。



「…平気だ。このようなことで疲弊することはない。…ああ、方向は間違いないから安心しろ」



しっかり、心の中で考えていたことにも返事があった。そういえば本音駄々漏れでした。

契約した精霊は、契約者の心を読めるらしい!原理はよくわからないけど。私もリュノが何を思っているか知ることができるかもしれない。

どうやるかわからないが、むむっと眉間にシワを寄せ、力を入れてみるが、リュノの思いは全く伝わってこない。一方通行なのだろうか?



「…お前の走る速度だと、此処から出るのに恐らく一ヶ月以上はかかるだろう」

「…このままでお願いします…」



そういえば体に巻きつけてあった黒い布のことで分かったことがある。

これはリュノがヤミを物質化?してたもの、と言っていた。ヤミが、RPGで出てくる属性というものなのなら、闇ということになるがこれが何かモノになるのが不思議だ。私が眉間にシワを寄せていると、「闇は私の全だ」と補足されたが、更に謎が深まったのは言うまでもない。




アキは、真・闇のマントを手に入れた!













                       ♪













「あ、光だ…!」



あれからどのくらい経っただろう。

もう時間を数えるのも面倒になってきた頃、真上から暖かな光が差し込んできた。ようやく森を抜け出せた。

詰まっていた息を吐く。


広大な草原が目の前にあった。

吹き抜ける風をその身に浴びると共に、草原が果てしなく広がっている。久々に光を見た所為か眩しく感じ目を閉じてしまったが、目蓋を通り越して目に映る淡い光は暖かくてつい笑みを零してしまう。

…あったかい。気持ちいい。自然とそんな言葉が口から出るほどに、この景色に感動している自分がいる。


段階的に減速していき立ち止まり、そっと草原の上に下ろしてくれる。

ありがとう、とお礼を言うと、消え入りそうな声で囁かれた。



「…光の方が、好きなのか?」



広大な景色に視点を合わせたまま首を縦に振る。



「うん、好きだよ」

「…そうか」



少し間があいて返事が返ってくる。

その声音からは寂しさと、どこか拗ねているような雰囲気があるように感じた。意外だが子供っぽい反応に思わず笑ってしまいそうになる。



「暗い所も好きだよ。夜とか、星が輝いていてとても綺麗だし」



振り返ってリュノを見上げる。

急な光で目が慣れておらず、どんな表情をしているのかは見ることができないが、照れ臭そうな顔をしているように感じた。



「…そうか」

「ここからは一緒に歩こっか」

「あぁ」



歩くたびにふわりと当たる草が少々くすぐったい。

靴が片方川に流されてしまったらしく、今現在素足で歩いているためだ。片方の靴は制服と同じく保管していると言っていたが、移動している間に腐るほど時間があったので何回も問答してなんとかフワッと理解できた。


リュノは闇を司る精霊だそうで、(この際現実的でないとかそういうことはもう無視するとして)闇に関係するものは物質非物質関係なく、自由自在に操ることが出来るそうだ。

影も手足みたいなもので、自分の影に空間を造り(?)収納空間として利用している、ということだそうで。そんな夢のようなことができるなら私も使ってみたい。改めてファンタジーを身近に感じた瞬間だった。



「それにしても…ん~、空気がおいしい!」



流石異世界と言うべきか。日本と違って空気が軽い。森の中でも感じたが、草原の場合、開けている分特に感じる。

リュノは不思議そうな表情をする。



「…空気がおいしい? 空気は無味だ」

「…私の住んでた場所は、人や物が溢れかえっていて空気が汚れてるように感じることが多くて。だけど此処の空気はすごく綺麗だから驚いて」

「そういうものなのか?」

「うん。とっても軽いよ」



私が住んでいたのはどちらかといえば田舎のほうで、そんなに息苦しさを感じることは無かったかもしれない。だが此処の空気はそれと比べ物にならないくらい格別。重さを感じない。気分だけなら空を飛んでいるような、という表現は少し大げさだろうか。

リュノワールはよく分からないみたいだ。



「…アキ。お前の住んでいた世界はどういうところなんだ?」

「えっとね、説明が難しいけど…魔法の代わりに、技術が発展した世界、かな? 魔法は私の世界に存在してないよ」


「魔法がない? そんなことあり得るのか?」


(ついでに言うと、精霊もね)



私としては、こうして立っている世界が存在していることのほうがあり得ない、と思う。まるで童話や小説の話の中にいる夢を見ているような、そんな曖昧さを感じている。



(だから、いつか目が覚めるんじゃないかって、思いたいけど…)




私は朝の某ニュースの占いを信じるほうだが、現実にないものはないときちんと割り切っている。小さい頃でこそ姫だ魔法だドラゴンだとおとぎ話を信じていた時代もあったが、年齢が上がるにつれて自然とそういうことも考えなくなった。

それなのに、今自分がいる世界はその「おとぎ話のような世界」だという。一体何の因果でこんなことになってしまったのだろうか。どうして私はここにいるのだろうか。



――ぽふっ


急に頭を撫でられて、はっとする。なぜ撫でられているのか訳が分からず首を傾げていると、彼は優しい笑みを浮かべている。

なんだかわからない状況だが、その笑みを視界に捉えた途端、自然と嬉しくなって頬が緩む。


そんな時だった。




ーグルルルルルルッ




目の前に大きな犬…いや狼が現れたのは。

リュノは銀色に鋭く光る剣呑な瞳を向けていて、彼の足元では影がうぞうぞと動いている。まるで自我を持っているようだ。

守るように私の前に一歩出たリュノの服を掴む手に、ぎゅっと力がこもる。


私は動物が好きだ。

その動物の括りの中に入っているものだったら何でも。勿論狼も実際に触ったことはないけれど好きの対象に入っている。そのはずなのに、あのぎらついた獣の目を見たときから体中の震えが止まらない。こんなにわけのわからない怖さを感じたのは初めてだった。



「あれは、狼なの?」

「違う、魔物だ。…お前の世界の狼は、あんな毒々しい紫色をしているのか?」



興味深そうに聞いてくるが、残念ながらそんな色はしていません。

何処からやってきたのかどんどん数が増えていき、数えてみたら8匹いた。最初の狼が仲間を呼び寄せたのだろうか。それにしても何のために…?



「…雑魚が鬱陶しい。人間の匂いに釣られて出てきたのか」



(人間の匂い…つまり私の匂いを嗅ぎ付けてこの狼たちはこんなに集まってきた、ということ?)



背筋がぞわっとする。

たしか“まもの”と言っていた。やはり“まもの”というと、RPGに出てくる魔物のことで間違いないだろう。外見が魔物っぽく思えるくらい毒々しい色をしている、という判断基準で良ければ。


狼の魔物の剛毛は目に優しくない毒々しい紫色で、口からは鋭い牙と余程飢えているのか涎が絶えず垂れている。体長は軽く私の背を越している。



(これは、動物じゃない…)



黄色い爪で引き裂かれたらひとたまりもないが、草原ゆえに隠れる場所もなく

この場合、私はどうすれば良いのか。戦うなんてもっての外。何が良くて、何がダメなのか。その判断ができない。混乱する。



「リュノワール…」



またこうして人に縋ってばかりなのか。服を掴んでいる手の力が強まる。

リュノは微笑しながら大丈夫だと言ってくれて、頭を撫でてくれる。心なしか落ち着いた気がした。



―トンッ




魔物の方を向いたリュノの雰囲気がピリッと感じる。同時に左足で何かの合図のように地面を鳴らした。



(わ!?)




その瞬間、ゾワァァっと彼の影から無数の蛇みたいな形をしたものが出現する。再度本能的に背筋がぞわっとする。

逃げる隙を与えることなく一斉にとびかかり、魔物たちに巻きつき始め、締め付けながら、魔物たち自身の影に引きずり込み始める。


――ゴキャッ、メキメキッ、メキッ


少し離れたこの場所からでも、きつく巻かれた蛇が魔物たちを押しつぶそうとする骨が軋んで折れる音が生々しく響く。その場面を頭の中でつい想像してしまい気分が悪くなりそうになる。首を振って無理やり頭の中から振り落とした。



「――ッ」



魔物は悲鳴とも似つかない声を上げながら一匹残らず影の中に引きずり込まれていく。そして最後の一匹を引きずり込むと、蛇の形をした影も地面に溶け込むように消え、それと入れ替わりに黒い靄みたいなものが空中に霧散していった。








「?…どうかしたか?」

「…え? あっ、終わったの…?」



気がつけばもう魔物は何処にもいない。

唯広大な草原がそこに何事もなかったかのようにあるだけだ。

声が聞こえてきて現実に引き戻された。



「…怖かったか?」

「…え」



服を掴んでいる手が小刻みに震えていたことに気づく。

その場に座り込みたくなる。



「あっ…ちがっ。…違、う…よ。リュノが怖かったわけじゃなくて…えっと……」



言葉が全く出てこない。

その悲しげな表情を見ていたら何かが心の中から込み上がってくる。

ぼーっと顔が熱くなって、頭の中では先ほどの光景が映し出される。口がパクパク金魚みたいに動くだけで、肝心の声が全然出ない。


目の前が陰ったかと思うと、銀色が煌めく。



「…アキ…大丈夫だ。もう、怖くないから」



目線を合わせ、優しく頭を撫でてくれていた。体の力が自然とスッと抜けていく。

無表情の中に見せる表情。分かりずらいけど、よく見ればどんな表情をしているのか大体わかるようになってきた。



(これは、笑ってる顔だ)



「…うん。ごめんねっ…て、ほわっ!?」



ホワッツと言いたかったわけではない。と一応言っておく。

視界が黒で染まる。ふわっと優しく抱きつかれたかと思うと、その勢いでお姫様抱っこされていた。



「な、何で…?」

「…? 特に意味はないが」



よくわからない状態だが、今はこのぬくもりに触れていられるのならこれでもいいかなと思ってしまう。もう既に何回もお姫様抱っこされているため羞恥心がなくなってきてしまったのも原因のひとつである。

慣れとはある意味で恐ろしいものである。





第4話 終わり


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