第2話 その微笑みは黒銀色
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第2話更新です!
「…ん」
ぼやける視界の中で銀色の光が見える。優しく大地を照らす、満月のような瞳。
体を起こして、回りを見渡す。まだ森の中だった。
(夢の続きを見ている?)
そして、頭の上にある違和感の正体は、銀色の瞳を持つ人の、大きな手だった。熱でも測っていたのだろうか。頭を撫でられているような感覚になり、心地よくてつい目を細めてしまった。
しかし身体を起こしたからか、すぐに手は退けられ、少し寂しさを感じる。
どうやらこの人は、枯れた大木の幹に腰かけ、見守ってくれていたようだ。
私は近くの土の上に、落ち葉を薄く敷いた上に寝かされていたらしい。身体からぱらぱらっと落ち葉がはがれ落ちる。
「えっと、ありがとうございます、何度も助けてくれて。
そういえばこの布って貴方がくれたの?」
「…あぁ」
一瞬首をかしげるも頷く姿をみて、ああ、やっぱり、春ちゃんじゃなかったんだな、と心の中で落胆するも、
私の中でかなりの死活問題となっていることについて問う。
「それなら、私の服を知らない?」
この布をくれたのがこの人なら、必然的に服を脱がせたのもこの人、ということになるのでは?
裸見られた? この人に? このよくわからないけど見知らぬ綺麗な男の人に?
「ーっ!!!」
声にならない悲鳴が頭の中を駆け巡った。カァッと顔も熱くなる。
この人はどう思っているのだろうか?先ほどから常に無表情で、何を考えているのか読み取ることは出来ない、どころか、じっと見つめられ、観察されているような雰囲気に、余計羞恥心が煽られる。
重要なのは見たのか、見てないのか。この究極の二択。
「?」
「…」
首をかしげられるが、聞けない。
少し黙っていると、急に額を近づけてきた。ひっ、と上ずった声を上げてしまった私は悪くは無い。熱を測ろうとしてくれたのだろうか。反射的に少し頭を引いて避けてしまった。
とりあえず話を元に戻すことで気持ちを落ち着かせることにする。
どうせなら違う話題にすれば済むことなのだが、初対面の人にどんな話題を振ったらよいのか私には分からない。話すのが苦手というわけではない。だけど、他人に自分から話しかけるのは得意なほうではないのだ。
「…服なら“此処”にある。今必要か?」
「…ここ?」
(どこ?)
銀色の瞳が地面に向けられるが、その先には枯れ葉しかない。
わけが分からずに首を傾げる。
「“此処”にしまってある。不要なら消滅させる」
相変わらず視線が向けられる先は土と落ち葉しかない。地面の下に空間があって、その中に放り込んだとでも言うのだろうか。言っていることがやはりよく分からない。
しかし変わらず無表情なため、こちらをからかっていたり嘘をついているようには見えない。とりあえずしまってあるのだろうと仮定して、消されないように首を横に振った。
「とりあえず服がほしいのだけど」
「…」
静かに頷いてくれ、気がついたら横に見慣れた制服が置かれていた。ただし水に濡れていて、すぐに着られる状態ではないようだ。
やっぱりしまってください、と掠れた声で言うと、瞬きしたら服がどこかに消えていた。
それにしても、これからどうしたら良いのか。とりあえずこの布は借りているとして、早く春ちゃんを探しに行きたかった。
もしかしたらこの近くに春ちゃんはいないのかもしれない。でも探しにいかなくてはいけない。逸る心を抑えられずに立ち上がる。
前のようにふらつくことはなかった。眠ったおかげか、普通に歩けるくらいにまでは回復しているようだ。
おかげで、遠くに探しにいく決心がつく。
「そういえば貴方のお名前は?」
何の気もなしに、強いて言えば、何度も助けてくれた恩人の名前を知らないのはどうなのか、と思っただけ。
沈黙が場を覆う。なかなか返事が帰ってこないので、もしかしたら聞いてはいけないことだったのかと、ドキドキしながら返事を待つ。
しかし、待って返ってきたのは、よくわからない返事だった。
「…闇の精霊、と呼ばれている」
(ん?)
ぽかん。と口が思わず開く。
一瞬今なんの話をしていたのか忘れてしまうところだった。真意を確かめようと綺麗な銀色の瞳を見つめる。
「えっと…私の聞き間違いじゃなければ今、闇の精霊って…」
いってたよね?と尻すぼみに聞き返す。わけがわからない。
ヤミノセイレイって、あの闇の精霊?漫画やゲームに登場する黒っぽいもやみたいなの?それのコスプレ?まっくろくろすけ?
混乱している私を尻目に、一見無表情だが、銀色の目を細めていて、高圧的な笑みを浮かべているうに見えた。
「私が恐ろしいか」
問うているはずなのに、返事を確信しているような響きが含まれていることに気づく。
だが、不思議と怖いとは会ってから一度も思っていないことにも気づく。その暇がなかっただけかもしれないけど。事実として、この人は私を助けてくれたし、害を加えてきたわけでもない。起きるまで面倒を見てくれていたみたいだった。
「怖いと思ってないよ」
心からそのまま思っていることを伝えただけだったが、それを聞いてこの人の息を呑む音が、やけに静かなこの森に響いたのを聞いた。
何をそんなに驚いているのだろうか。不思議に思って首を傾げる。
無表情だったのが崩れて、どんな表情になったのかみる前に、その人はぱっと涼やかな黒髪を揺らしながら明後日の方向に向いて、顔を私から隠すように背けた。
そのとき、涼しげな音がなり、耳元に瞳のいろと同じ、三日月形の銀色のピアスが目に入り、はっと先ほどの言葉を思い出す。
「あの…闇の精霊って、何のこと? なんかのあだ名?」
「……は」
ぽつりと呟いた疑問の言葉が、それよりも小さく呟かれた声によって時が止まったように感じた。私ではなくこの人の時間だが。
ついさっきまで無表情しかなかったが、唖然としてこちらを見つめ…いや凝視している。何か信じられないものでも見ているかのように。
この場合、信じられないもの=私になるのだけど。
「…なんか変なこと言った…?」
全く身に覚えが無い。私としては、この人の方が変なことをいったように聞こえるのだけど。何故この人が固まってしまったのか。
「…お前は私のことを耳にしたことはないのか?」
「? だって、貴方と私、初対面、ですよね?」
「いや、そういう知ってるじゃなくてだな…」
「んん?」
何を言いたいのか分からず、たくさんのハテナが頭をよぎる。
そんな様子を見たからか、この人は深いため息をつき、諦めたような顔で
「何でもない」と呟いた。
どう見ても何でもなさそうには見えないけど。
それに先ほどより疲れが色濃く出ているように見えるのは、どうしてなのだろう。
「…話を戻すけれど、貴方の名前は? 闇の精霊って、名前じゃないよね…?」
名前というよりか、中二病っぽいけど、呼び名、みたいなものだと思う。
そして呟くように返ってきた答えは想定外のものだった。
「…個体を識別するものが名前であるならば、私に名はない」
「?」
名がないとは、どういう状態?個体を識別するって、何を言っているのか。
私はこれまで名前がないという人を知らないし、聞いたこともなかった。世界は広いから色々なことがあって当たり前なのだろうけど、予想外すぎて頭が回らない。
からかわれているのだろうか。
「…名前が無ければ、結構不便なことがあると思うけど」
回らない頭で必死に引っ張り出した言葉は、さも当然のことのように「必要が無い」と即座に返される。
「呼ぶときはどうすれば?」
「私を呼ぶものはまず居ない」
特になにも疑問を持っていない冷静な表情からみるに、本当に困ってなさそうだった。
でも、今はわたしが困るんだけど!
「私が貴方を呼びたいんだけど」
双方黙ってお互いを見つめ合う。息を吸う。
「お願い。貴方の名前を教えてくれる?」
名前は自分の存在を確かなものにしてくれる大事なもの。それが欠けているのなら、その欠けた部分は埋める方が良いと私は考えた。
沈黙を先に破ったのは意外にもこの人のほうからだった。
大きなため息をつかれる。もういい加減しつこいとでも思われただろうか、と少しビクビクして次の言葉を待っていると、
「お前は、なんと言うか…よくわからない奴だ」
と、わたしがそのままこの人に思っていることをそのまま返された。
私もわからないよ!と叫びたいが、この人の表情が少し和らいできるような?気がして、自然と叫ぶ前に心の中で消えた。
ふと、思い出す。自分も名乗ってなかったな、と。
以前読んだ漫画かなにかで、気難しいキャラに主人公が名前を聞いたときに、“相手の名前を聞く前に先ず自分から名乗らないと失礼”と、返されてたのを思い出す。
「ごめんなさい、私も名乗ってなかった。私は葉通 昼」
名乗ったはいいが、また、沈黙がその場を覆う。
(もしかして…迷惑、だった? 気がする…いきなり名前教えてって言って、勝手に騒いで)
不安が頭を過ぎる。しかしその不安はあっさりと杞憂に終わる。
「いや、迷惑、とは違う。寧ろ…」
どうやら迷惑ではなかったようだ。知らずに息をつく。
寧ろ、のあとにも何かを呟いていたようだが、小さすぎて聞き取ることが出来なかった。
「先ほどから言うように、私には元から名がない。人間のように群れて生きる種族ではないため、名は必要ないからだ」
種族、という言葉で、ようやく名がない意味に納得できた。
自然と自分と同じ人間だと考えていて、その人個人のことを見ておらず、思考が狭くなっていたことに気づく。
私は馬鹿だな、と思った。
今が訳のわからない状況であることと、色々と考えていたことがあふれ、
じわりと目じりが熱くなっていくのが、自分でもわかった。
もう我慢の限界みたいだった。もう自分でも止められず、涙があふれる。
「? …なぜ泣く?」
言葉上は冷静に聞こえるが、素早くしゃがみこみ目線を合わせてくれた。
そして大人が子供を宥めるように、これまでで一番強い力で、ぐりぐりと撫で回される。何故だか心地良かった。でもこのままでは鳥の巣になってしまうことだろう。
「…うっ、ご、ごめんなさい…」
「…泣くな」
嗚咽が混じってしまって上手く声が出せなかったため、首を縦にふるが、
相手を困惑させているのはわかっていても、ピタッと泣き止めるほど器用ではない。それにしてもここまで泣いたのはいつ以来の事だったろう。物心ついた頃にはあまり泣かなくなっていたものだから、今回のことで涙腺が外れたのかもしれない。
「…なら、お前が好きに呼んでみるか?」
「え?」
あまりに唐突なこと過ぎて、出掛かっていた涙も奥に引っ込む。
俯かせていた顔を上げると、初めて会ったときのように、美しい顔が近距離にあった。
「お前が好きに、私の名を呼べばよい」
「…私が? …いいの?」
無言で頷いてくれる。
銀色の瞳を細めた微笑は、とても神秘的で、とても綺麗だった。
月のような瞳を見て、最近調べた言葉を思い出す。調べた動機は、好きなキャラの名前の語源を知りたかった、という私欲であったが、このときばかりは調べておいてよかった、と思う。
「………リュノワール、はどうかな。
リュヌは月、ノワールは黒って意味なんだけど。」
銀色の瞳と私の瞳が重なる。
その途端、体中に何か温かいものを感じた。その温かいものが何かは分からないけど、これを感じていると安心できた。
数秒間お互いに見詰め合っていると、彼はふわっと今までにない笑みを浮かべた。
一瞬、なぜかその笑みにドキッとした。
「…知らぬ語源だが、不思議と違和感がない。リュノワール、よい名だ」
「あ、でも呼ぶにはリュノワールってちょっと呼びにくいかなぁ…。略してリュノとか?」
私的には普通に呼ぶより、ニックネームで呼び合うと相手に親近感が沸く。それだけの動作でその相手と仲が良いんだって思える気がして私はニックネームが好きだ。
「…その方が都合がよい。真名は、あまり他人に知られてよいものではないのでな。」
「わかったよ。じゃあ、リュノって呼ぶね!」
とは言っても、私は探しにいかなければならない、と自分に言い聞かせるように呟く。
こうしていると忘れてしまいそうになるが、春ちゃんを探しにいくという使命が私にはある。ずっと此処に居るわけにはいかないし、お父さんやお母さんも帰りが遅いと心配しているに違いないのだから。
リュノワールは疑問を浮かべて見つめてくる。説明を要求されているように見えたので、説明することにする。
「私、探しにいかないといけない人がいて、だからリュノとは此処でお別れかなって。あ、でも最後にこの森のことを知ってるのなら、外に出られる道を教えてくれると助かるかな」
説明したはずなのに、なぜかもっと訳のわからない顔をされた。解せぬ。
くっと眉を寄せていると、なぜがリュノの手がこちらに伸びてくる。
「…何を言っているんだ? お前はわからない奴だな」
「え? うわっ…!?」
視界がぶれたかと思うと、いつの間にか私の目線が高くなり、腕の中に居た。
数秒経って自分が抱っこされていることに気がつく。
なぜ抱き上げられているのかわからず、疑問を浮かべて銀色の目を覗き込む。瞳は相変わらず綺麗な色をしていたが、その奥深くに静かな怒りが見えた。
この短時間で、無表情から感情を読めるようになってきたことに、少し誇りを感じ、心の中でどや顔していると、また予想外の言葉をかけられる。
「私とお前は一心同体だ。」
「ど、どういうこと…? 急にそんなこと言われても…」
口説かれている?また頭が混乱してきた。
言っている意味がよく分からない。言葉は理解できるけど、何故彼がそんなことを言うのかさっぱりだ。一心同体って?どういう意味なの?
「精霊という種族は、名をつけた者と“契約”することで、初めて現世に実在した姿を得るしたことになる。姿を得た代償として、契約したものと一心同体となる。その証拠にお前の首筋に闇の契約印がついている」
「へ?」
なんか、よくわからないけど、まるでファンタジーな世界にいるみたいだ。
契約印、というものがどういうものかわからないが、夢心地なりながら、右首筋に手をふれる。
「…ついているのは、左の方だ」
眉を潜めて、呆れているようだ。
「…人間の中心部にある心臓は左側にある。そこと私の魂が繋がれているから、一心同体と言っている」
なぜ当たり前のように、よくわからないことを言っているのだろうか。
魂がつながれる?心臓の位置?あ、心臓の位置はさすがにわかるけど。
「こんなこと、人間の幼子でも知っているルールだぞ」
「心を読まれた!?」
「契約したもの同士心が通じ合うのもルールのうちだ。…お前は本当に何も知らないのだな」
地味に心を読まれるのはショックだった。
心が読まれるということは考えていることは全てお見通しされるということだ。プライバシーなんてくそくらえ。隠す? 何それ、おいしいの? といった状態だ。
「落ち着け。必要以上に読まないから安心しろ」
「…本当?」
「あぁ」
少しだけ安心する。
それと同時に、今まで気づかないふりをしていたのに、常識に辻褄が合わないことに気がつき、ふとそれを口に出してしまう。出さなければよかったのに。
「…精霊、なんて地球に存在してた…?」
少なくとも私は今までそんなファンタジーなモノを見たことも感じたこともない。ツチノコとかUFOとかUMAとかの噂なら聞いたことがあるが、明らかに現実に起きないようなことを噂されても記憶には残らない。それが起こり得るはずのないことだと知っているからだ。
「…チキュウ? 聞いたことがないが」
一瞬で、非常に嫌な予感が背中を過ぎる。
これ以上聞いちゃいけねぇーぜねぇちゃん、とイケメンの第六感がそう言っている。でも、もう見知らぬふりはできぬと、意思に反して口は止まらない。
「この世界の名前だけど」
「…? この世界はチキュウという名前ではない」
…今何て言った?
これ以上聞くな聞いたらいけない聞いたらあかん!!
いくら第六感がそう告げても、もうここまできたら聞かないわけにはいかない。
たとえわかっているとしても。
「ヴェルトシリア、だろう? …? どうかしたか?」
嘘をついているようには見えない、ということはそういうことなんだろう。
茫然自失になる、とはこういうことなんだ、と私は身をもってこのとき知った。
おとーさん、おかーさん。
私はしばらく帰れなそうです。夕ご飯は残しておいてくれると嬉しいです。
どうか…春ちゃん、無事でいてください。
第2話 終わり
2013/1/17改訂