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第19話 幸せ色ってどんな色?


図書館通い2日目、昼時。


―ぱたんっ


ちょうどお昼を知らせる鐘が鳴ると同時に本を読み終えた。凝り固まった身体をほぐすために伸びをする。

今回は前回の反省を踏まえて一冊ずつ読むことにしたので、今手元にある本を棚に戻せばそれで済む。因みに読んでいた本の題名は『金と流通』だ。この本の最初の導入部分にこの世界の貨幣について載っていたのでその部分だけ読んで、本題の流通の部分は全く読んでいない。たとえ読破したとしてもほとんど理解できないまま、頭の中で文字がぐるぐると燻っておしまいのオチだ。今私が欲しいのはこの世界の基本知識のみ。他の余計なものまで詰め込んでしまったら確実にキャパオーバーだ。

見かけ通りの重い扉を押して外に出る。今日は晴天でとても気持ちがいい。

脇に立っている衛兵にちらっと視線を向け、軽く息をついてから宿に戻るための道を歩き出す。



結局青年には会えなかった。



実は会うのが少しだけ楽しみだった。そんなふわふわした気分で図書館に朝一で向かってみたは良いものの、扉の番をしているのは昨日会ったあの青年ではなかった。確かに同じ服装で同じ長槍を手にしていたが、髪色も目の色も違う。そして何より今日の衛兵はしゃきっとしていて昨日の彼とは正反対の人物であった。もしかしたら番は交代制なのかもしれない。いや、きっとそうだろう。こんなところに一日中立っていたら足が棒のようになってしまうに違いない。それなのに今日もきっとここに青年は来る、なんて自分勝手に思い込んで落胆してしまったのは仕方がないことなのか。


(お礼、言えなかったなぁ・・・結局。こんな広い首都の中じゃあもしかしたらもう会うことは出来ないのかもしれない・・・。)







「おかえりっ!アキ」

「お帰り。・・・疲れてはいないか?」

「ただいま、リュノ、イル。うん、大丈夫だよ。」


宿の中に入ると昨夜と全く同じ位置で出迎えてくれた二人。リュノワールは微笑みながら頭をさらっと撫でてくれる。リュミイルは私の腕にぎゅっと抱きついて嬉しそうに笑顔を浮かべる。

今日はこんなもので済んで良かった、と言うべきか。昨夜はすごかった。少し離れていただけなのに宿に足を踏み入れた瞬間、何故か二人して泣きそうな顔で抱きついてきて長い時間ずっと放してくれなかったのだ。それもきちんとした(?)理由があって、リュノワールは身体が冷えてしまったから温めると言って、リュミイルは何処か怪我していないか確かめると言って数十分間、私が恥ずかしいからやめてと声を上げるまでずっとそのままであった。夕飯時であったため食堂は人でほとんどの席は埋め尽くされていて注目の的となってしまったのは言うまでもない。きっと肴にされたに違いない。


「あら、お帰りなさいアキ。もう調べ物はいいの?」


サラッとした艶やかな髪の毛が目の前を通り過ぎる。お客さんの昼食を運びながら聞いてくるのはこの宿の看板娘サラだ。忙しそうに厨房と行き来しているが、今日はお手伝いさんが一人いるらしく片手で二枚の皿、合計四枚乗せながらも余裕の表情でにっこりと笑う。あの細い腕の何処にそんな力が隠されているのか。軽く人体の神秘を目の当たりにした気がした。


「あ、うん。午後からは早速ギルドに行ってみようかと思って。」

「そんなところ行かないでうちで働いてくれてもいいのに。人手はいくらあっても足りないのよ。それにギルドっていったら腕に自信のある人がいくようなところよ?」


彼女は言外に私に向いてないんじゃないのと心配してくれているようだ。その気持ちは嬉しいけれど、長い間此処に留まるつもりがない。だから出来るだけ手早く稼げる方法でないと駄目なのだ。こうしている間にも春ちゃんとの距離がどんどん開いてしまっているような気がする。早く見つけないと何かが手遅れになってしまうかもしれない。一緒に帰れなくなってしまうかもしれない。

暗いところに落ちてしまいそうな思考を持ち直すために首を横に振る。


「ふふっ、ありがとう!でも出来るだけ頑張ってみる。それでもし駄目だったらまた次の手を考えなくちゃいけないから、そのときはサラのこと頼ってもいい、かな?」


首を傾げて聞いてみるとどうしてかサラは黙り込んでしまった。すると突然肩がぷるぷると震えだす。もしかして料理が重いのを無理していたのかもしれない。手伝おうかと思って手を差し出そうとすると、いきなりバッと顔を上げた彼女は目をきらきらさせて、頬を桃色に染めながらどこか危険な香りが漂う台詞を口走った。


「良いに決まってるじゃないっ!!もうっ、なんて可愛いの!?今料理を運んでなかったら即座に抱きしめてたわ!アキ、何か困ったことがあったらなんでもいいから言って?お姉さんが出来る限りのことだったらなんでもしてあげるから。ううん、出来ないことでもきっとやってみせるわ!!アキ、これからサラお姉さんって呼んで頂戴。」


あ、やっぱり『さん』じゃなくて『ちゃん』のほうが・・・とかなんとか呟いているサラ。

首の傾きが深くなる。

どこかで何かのスイッチを私が押してしまったのか。サラと私は同じ年の仲がいい友達じゃ・・・?いつの間にサラの妹になってしまったのやら。どうしたらいいか分からずに彼女の顔を見つめていると、可愛いウィンクをして料理を置きにいってしまう。そういう仕草を異性の人にすれば一発で落とせると思う。


「あいつ、危険。」


耳元でぼそっと呟いたのはリュミイルだ。それに続いてこれまたしかめっ面のリュノワールにいつもの定位置に座るために手を引かれる。


「イル?危険って?」

「あ、ううん、なんでもないよ!それより早くおひるたべよう。」

「う、うん。」


右にリュミイル、左にリュノワール。

とてもいい匂いが漂ってくる。料理を持ってきてくれたのはサラではなく臨時のお手伝いさんだった。紺色の真新しいエプロンをしているまだあどけない顔立ちの少年。慣れない手つきで「はい、お待ちどうさまっ」と目の前にランチを置いてくれる。


「それじゃあ、いただきます。」

「いただきまーす。」

「・・・頂きます。」






今日の昼食もとってもおいしかった。今は食後のデザートである苺のババロアを食べている。リュミイルはこれがとても気に入ったようで幸せそうに目を細めながら食している。とても微笑ましい光景だなぁとのほほんと眺めていると、リュノワールから声がかかる。


「・・・アキ、この後はどうするんだ?」

「あ、うん。取りあえずは洋服屋にいって動きやすそうな服を買おうと思ってるよ。そのときはイルの服も買うから一緒についてきてね。」

「うん!」


その後の具体的な予定は、買った服に着替えてギルドに行く。それから夕食までに間に合う簡単な依頼をひとつ受けられたら今日のところは上出来だと思う。予定通りに上手くいくかどうかは分からないけれど、出来るだけ努力するつもりだ。


(ギルドの依頼って言ったら危険な魔物討伐とかが一般的だけど、薬草摘みとか簡単なものだったら私でもできそうだし。・・・簡単な依頼がありますように。)


ぽんっと右肩を叩かれた。後ろを振り向くと一段落ついたのかサラがそこに立っている。どうやらピークは乗り切ったようだ。お手伝いさんも疲れてテーブルに突っ伏している。


「服を買うのだったらうちから見て二軒左先のお店『フェザーウィンヅ』がおすすめよ。私とお母さんもよくそのお店を利用しているの。」

「ありがとう。じゃあせっかくだからそこに行ってみるね。」

「うふふ、着替えたらわたしにも見せてね?」


小悪魔な笑みを浮かべるサラ。だからそれを異性にしたら即落ちると思うのに、なんだか勿体ないなぁ。







所変わって、私たち三人はサラに紹介された『フェザーウィンヅ』に来ている。こじんまりとしたお店で雰囲気は悪くないと思う。中にはサラと同い年くらいのこれまた可愛らしい少女が居た。


「いらっしゃいませっ。どのような服をお探しですか?」

「あ、えと、イルに合いそうな服と私用に動きやすい服を全体的に見立てて欲しいです。」

「ご予算はどのくらいですか?」

「とりあえずは金貨一枚以内で二人分をお願いします。」


今一瞬彼女の目がキランと光った気がした。少々お待ちください、と言うと少女はツインテールをぴょこんと揺らしながら店の奥へ引っ込んでしまう。何か急用でも思い出したのだろうか。


「リュノ。」

「・・・なんだ?」

「金貨一枚も使っちゃ多すぎるんじゃないかな?」


手元にある一枚の硬貨。それは透明の四角く薄い板で中央に金色の紋章が彫ってある。大きさは手のひらに軽く収まる大きさでも重さは思った以上に重たい。価値は日本円でいう百万に相当する。因みに銀貨は金貨に比べて大きさと重さが少し減って紋章は銀色、価値は一万。銅貨は銀貨の半分の大きさと重さで赤銅色の紋章がある。価値は百円。そして最後に鉄貨。銅貨の半分の大きさと重さで中央には鉄色の紋章で、価値は一円である。金貨一枚だけでここまでの重さを感じる貨幣故一般的にあまり大量の貨幣は持ち歩かないようで、ギルド経由で保管することができる貨幣銀行に預けてある人がほとんどだ。(金と流通より)

つまりはだ、何が言いたかったかというと、二人分の服で百万はあまりにも高すぎるのではないかということである。しかしリュノワールは不思議そうにこちらを見つめるばかりで分かっていないようだ。


「金なら沢山あるから気にすることはない。・・・それに出来るなら魔術加工(エンチャント)がしてある防護服を着たほうがいいだろう。」


防護服とは、リュノワール曰く、普通の服にこういったお店の人が魔術加工を施した防具の役割を果たす服のことらしい。魔術加工はある程度魔術を極めれば大抵の人が出来るようになるが、効果は生まれ持ったセンスが問われるためその人となりに影響されるんだとか。例えば攻撃的な性格の人が服に魔術加工をした場合、その服を着た人の攻撃力が上がったり筋力がアップしたりする。この魔術加工は何も服だけに使われているだけではなく、武器やアクセサリーなどと幅広い範囲で付加可能だ。だから付加能力の高い武器や防具は高値で取引されるし、普通の服よりこういった防護服のほうが値段は張るそうだ。


「ねぇアキ。このあと僕もいっしょに“ぎるど”ってところに行ってみたいなぁ~。」


高い声がこちらに向けて放たれた。リュミイルだ。彼はおねだりするときのように首を傾げて見つめてくる。こういうときだけでなくリュミイルって本当にかわいすぎると思う。下手したら特殊な趣味の人とかにあっさり攫われてしまったりするんじゃないかと心配になってきさえする。こんな華奢な体つきだし抵抗も出来ずにさらっと連れて行かれそうだ。


「・・・アキ、俺もお前と一緒に行きたい。」


リュノワールはリュノワールで輝く美系だ。此処に来るまで、彼が通った道程で振り返らなかった女性は多分いなかったと思う。リュノワールの場合そこにいるだけで存在が一般人を超越しているから他の人が霞んで見える。


(・・・なんか私、場違いな気がしてきたかもしれない・・・。)


「アキ?」

「ふぁ?あ、えっと・・・。」

「・・・お前と一緒にギルドに行くという話だ。」


いつの間にか俯いていた顔を上げると苦笑しているリュノワールと目が合う。助け舟を出してくれて助かった。考え事をしていたので先程話したことをド忘れしてしまっていたようだ。


「あ、そうそう。二人が迷惑じゃなければ一緒に来てもらえるのはすごく心強いけど・・・ここまで頑張ってきてくれた二人にはゆっくり休んでいてもらいたいから。それに今回は私が頑張る番じゃないかなって。」


結構な勇気を絞って言葉にしたのだけど、何故かリュノワールは優しい笑みを浮かべて私の頭を撫でていた。リュミイルも嬉しそうにして抱きついてくる。いきなりで訳が分からなくなりそうだ。何故にこうなった?

リュノワールの笑い声が心地よく響く。彼に見つめられているとなんだかとても温かい気分になってくる。


「・・・お前は・・・そんなことを考えていたのか?アキが気にするようなことでもないだろう?・・・こうしてずっと一緒にいる、と契約したときにそう言ったはずだ。俺が好きでアキと一緒に居るだけだ。・・・俺はお前さえここに居てくれれば他には何も要らない。」

「僕もだよ、アキ。アキが居れば僕の世界はそれで完結する。親も兄弟も親戚も神様も要らないし必要ない。僕に必要なのはアキだけ。アキといられればもうそれだけで幸せなんだよ。」


―ぎゅうっ


力強く抱きしめられる。こうしているとリュミイルと初めて会ったときを思い出す。


「だから僕、アキと一秒でも離れてたら死んじゃうかもしれないなぁ~・・・」

「えぇっ!?」


ウサギみたいなことを言う、悪戯に笑みを浮かべているリュミイルを見つめる。すると何を思ったのかいきなり頬を柔らかな桃色の舌で舐められた。突然のことで驚いて変な声を上げてしまって、それがさらに恥ずかしさを倍増させる。その反応がリュミイルには良かったようで、これまた嬉しそうに笑うのだった。


「ふふっ、かっわいいなぁ♪」


(イル、性格が素に戻ってるよ~////)


半泣き状態で視線を何処となく彷徨わせていると視界に眩い銀色が舞い込んでくる。そして気がつけば今度は反対の頬にリュノワールが艶やかな唇を当てていた。


「―ッ/////」

「・・・消毒だ。」

「・・・え?」


何の?と聞く前に二人同時に放される。えらく息ぴったりの行動に、いつの間に二人は仲良くなったのだろうかと疑問に思っていると、背後から至極申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


「あのぅ・・・よろしいでしょうか?」


顔を真っ赤にしながらこちらに声をかけてきたのは、一旦奥に引っ込んでいった服屋の少女だった。いつから見てました?なんて聞きそうになるのを必死で堪えて、


「・・・はい。」


羞恥の真っ只中で喉の奥から絞り出した小さな声で返事をした。






                           第19話 終わり


幸せの再確認。

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